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原理論の中核理論としての国際価値
2015.1.31 独占研究会 第500回、明治大学
塩沢由典(大阪市立大学名誉教授、前中央大学教授)
ピケティの『21世紀の資本』が世界的な現象となった。日本語版刊行に合わせて、著者がいまちょうど日本に来ている。新聞やテレビでも、あちこちで解説を見かける。資産や所得の格差、資本収益率や経済成長率にこれほどの関心が集まったことは、経済学の世界でも珍しい。『21世紀の資本』の最大の貢献は、長いものでは1700年から2010年までの時系列を提示し、長期の動向を分かりやすく示したことにある(マディソンの超長期推計を用いた部分を除く)。
他方、ピケティほど有名ではないが、世界の経済構造の大きな変化を示しつつある人としてボールドウィンがいる。かれは、蒸気機関革命の結果おきた第1の大解束(unbundling)とげんざい進行しつつある第2の大解束とを比較し、第1の大解束では世界経済に占める豊かな国の生産額比率が増大したのに対し、第2の大解束ではその傾向が急速に逆転していることを示した。
このような長期の経済変化について、理論はどう説明できるだろうか。長期の具体的な変化については計測するしか分からないことは多いが、すくなくともこのような長期の動向が明らかになったとき、それを原理的に分析できる理論が用意されていなければならない。現状はどうであろうか。第2の大解束についていえば、それは国際間の特殊な分業の進行である。たとえば宇野原理論は、原理論の成立基盤を資本主義の純粋化傾向に求め、国際経済関係については、段階論ないし現状分析で対応するとしてきた。それは裏返せば貿易を含む諸現象については、原理論なき分析を容認することに当たる。それで良いであろうか。
21世紀の資本主義は、19世紀の資本主義とは異なる。21世紀固有の現象を理論的に説明するのに必要な理論枠組みはどのようなものであろうか。報告では、そのような枠組み構築への一構想を示した。
新しい原理論は、国際価値論を含むものでなければならない。第2節では、『リカード貿易問題の最終解決』の骨子を簡単に紹介した。国際価値論は、それと対になるべき国内価値論がある。それはリカード・マルクスの労働価値論を基礎にするが、主流の価格理論に対抗できる整合性と分析力とを備えたものでなければならない。そのような価値論として、『経済学を再建する』提案編では、古典派価値論の構想を示した。あたらしい古典派価値論は、スラッファ(1960)とオクスフォード経済調査の知見を取り入れた価値論と、設定価格の上で、販売量・生産量を調節する数量調節機構とを備えたものとなる(第3節)。
第4節では、古典派価値論の適用事例として、主としてボールドウィンの第2の大解束論についてあたらしい国際価値論がどのように切り込めるかを示した(52枚目)。その要点は、2国間の大きな賃金率格差がどのよう工程分離を可能にするかであり、基本の論理は雁行形態論の説明(『再建』第5章第6節)と同一である。
あたらしい国際価値論を含む古典派価値論の進展により、新古典派にじゅうぶん対抗できる理論枠組みが容易されたと報告者は考えているが、理論の完成にはほど遠い。第5節では、古典派価値論の未解決領域として(1)労働市場論(異種労働力の存在における賃金理論)と(2)金融経済とがあり、新しいブレークスルが必要とされているとした。
参考文献
塩沢(2014)『リカード貿易問題の最終解決』岩波書店。
塩沢・有賀(2014)『経済学を再建する』中央大学出版部。
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