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関西ベンチャー学会第6回大会の開会あいさつ
関西ベンチャー学会のこれからに期待する
塩沢由典
これは2007年2月18日大阪・産業創造館において開催された関西ベンチャー学会年大会の冒頭に挨拶したものです。この大会で3期6年務めた会長を退くことになり、退任の挨拶もかねています。
関西ベンチャー学会は、2001年2月に設立され、今年で満6年を迎えます。その前にも2年ほどの準備期間がありますので、かれこれ8年ほどの歴史があります。その間、会長職を3期6年務めさせていただきました。振り返ってみて、「どれだけのことができたか」となると、なかなか思う通りにならなかったというのが実情です。
関西ベンチャー学会を作ろうという話は、1997年に日本ベンチャー学会が設立されたときにさかのぼります。設立大会の冒頭で日本ベンチャー学会初代会長の清成忠男先生が、ベンチャー学会には二つの柱がある、ひとつはベンチャーを研究すること、もうひとつはベンチャーを盛んにすることだ、といわれました。そのとき、わたしが思ったのは、こういうことです。
もし学会が「ベンチャーを盛んにする」ことにも貢献できるなら、これは大変だ。これまで学者として関西経済についていろいろ発言してきたが、それは批評家としての発言だった。もし学会がベンチャーを盛んにすることに貢献できるなら、関西がベンチャーで遅れをとることは、一部は学者としての自分の責任ということになる。その責任をどう取ったらよいのか。
これがそもそもの発端でした。まず考えられるのは、関西支部を作ることでした。その可能性を含めて、関西在住の日本ベンチャー学会会員に呼びかけて、何度か相談会をもちました。いろいろ議論しましたが、結論は「独立した学会を作ろう」ということになりました。支部なら苦労は少ないが、思うとおりの活動はできない。規模としても小さなものに終わってしまい、結局、関西にベンチャーを盛んにするという当初の目的にも沿わない、という考えでした。
地域の学会を作るという考えは、あまりないことです。県と大学とが提携して地域学会を作るということが最近ではしばしば見られます。これは昔からある大学ごとの学会と似たようなものです。組織が最初にあり、その研究組織として学会が作られる。これに対して、関西ベンチャー学会は、目的をもって関係者が集まる学会です。これ自体がひとつのベンチャーであったと思います。
関西ベンチャー学会の活動の二つの柱は、ベンチャー研究することとベンチャーを盛んにする運動をすることです。これは日本ベンチャー学会と同じです。違いは、対象を関西に絞って考えていこう、働きかけていこうということです。このように地域にこだわるのは、私たちがただ「関西に住んでいるから」ではありません。地域からでなければ見えてこないものがあると私は考えます。そういう対象として、私たちは関西という地域を選んでいるわけです。
「地域」という言葉は、広くも狭くも使われます。町内会規模の広がりも地域、アジア全域も地域です。ここで「地域」といっているのは、一日交流圏と言い換えることができます。われわれが普通に「関西」というとき、頭の中にあるのは京阪神を中心として毎日通勤できる圏内です。こうした都市交流圏の中にこそ、新しい産業を育てる機能がある、経済発展の単位がある。こう言いきったのが昨年4月に亡くなりましたジェーン・ジェイコブズです。ジェイコブズは、現在、盛んな「創造都市」論の生みの親の一人です。
東京で考えていたのでは分からないが、関西という地域から見ることにより分かってくることがたくさんあります。経済という観点から見ると、関西は、残念ながら、多くの問題を抱えています。もう半世紀以上も相対的地盤沈下を続けています。だからこそ見てくるものがあるわけです。
ひとつ例を取りましょう。今後のサービス産業化、文化産業化の流れの中で重要な分野の一つがコンテンツ産業です。関西は、豊富な歴史と文化資産を抱えています。しかし、それをコンテンツ産業に結びつけるのは、大変難しい。なぜなら、コンテンツ産業は強い一極集中型の産業だからです。もうすこし正確にいうと、一つの文化圏の中で一つの極しか成立しない性格の強い産業です。
たとえば、西日本と韓国。人口は、二つともほぼ同じです。韓国は、ご承知のように、最近は韓流文化が輸出産業になっています。映画・テレビ番組・対戦型ゲームなどです。京都・大阪には、映画・テレビ番組・コンピュータゲームで、それなりのシェアがあります。福岡や名古屋、札幌と比べたら大変がんばっています。しかし、日本全体を見たとき、東京一極集中は紛れもない事実です。ひとつの文化圏の中に二つの極を形成するのは、コンテンツ産業では非常に難しいのです。
そこでどうしたらよいか。コンテンツ産業はあきらめよう。こういう話にはなりません。それは関西が文化遺産だけで生きていく地域になることです。観光は、21世紀の重要な産業ですが、それだけに頼ることはできません。いま日本は産業構造の大きな変化を迫られています。製造業で生きていける人口は、将来、減り続けます。中国・インド・東南アジアからの追い上げに対処するには、労働生産性を上げざるを得ないからです。関西がコンテンツ産業を育てることができるかどうか。これは他のさまざまなサービス産業・文化産業を育てられるかどうかのモデル・ケースになります。
大阪府にも経済界にも、コンテンツ産業は重要だという認識はあります。しかし、この産業の特性を見極めて、育成に取り組んでいるかというと、そうではありません。相応の予算を付けている、提言しているというところで終わっています。平べったく予算を配分しても、結局は、少数の企業を育てるに終わります。ある程度育った段階で、それらの企業は東京・横浜に転出するというルートをたどらざるを得ません。関西にいることが大きなハンディになる状況で関西に残れといっても、企業にとっては酷な話です。
それでははじめからあきらめた方がよいのか。そうではありません。コンテンツ産業には、多数のジャンルがあります。そのいくつかについては、関西がメッカであるという状況を作りだせばよいのです。そのような可能性のあるジャンルの一つとして、パーソナルCGアニメがあります。東京では、まだスタジオ方式によるセル・アニメが主流です。パーソナルCGアニメは、東京でもまだ産業化していません。他方、大阪には、「日本橋CGアニメ村」に象徴されるような、東京に劣らない集積があり、リーダーもいます。いまがチャンスです。いまなら、これを全国・全世界を相手にする産業集積に伸ばせる可能性があります。しかし、これは時間の問題です。東京にある程度の集積ができてしまえば、それで大阪・関西にとってこのジャンルの可能性は永久になくなります。
この話をしたのは、これが今、緊急・重要な問題であるということもありますが、関西という地域で考えることで、東京では気づかないさまざまなことが分かってくる、また分からなければ関西の課題が解けないということの例証としてです。
冒頭で申し上げましたように、関西ベンチャー学会は、ベンチャー研究することとベンチャーを盛んにすることを活動目標の2本の柱にしています。ベンチャーを研究することには、対象としてベンチャー企業、ベンチャー起業家を研究することとともに、ベンチャーを盛んする政策を研究することも含まれます。この政策は、政府の施策だけをいうものではありません。われわれ自身が社会に働きかけて、社会の考え方や気風をいくらかでも変えることができれば、それは立派な政策です。教育の現場で、学生たちにベンチャー精神を注ぎ込むというのも、政策です。正確にいうなら、「政策的働きかけ」です。そういう広い意味の政策を含めて、大いに政策を提起してほしいと思います。
政策は、政府が行う施策だけでないということは、経済界でもあまり理解されていません。経済団体の活動が中央政府・地方政府への要望に偏りすぎているのは、その反映ともいえます。自分たちが共同して行動を変えれば、社会によい効果をもたらすことができる。それも、政策だと考えるべきなのです。「税金は減らせ、支援は増やせ」というのは矛盾しています。
政策は、よく研究された、良いものでなければなりません。残念ながら誤った方向への政策がよく提案されています。例をあげれば、三重県を見習えというものがあります。三重県はシャープの液晶パネル工場新設に当たって、知事がトップセールスに当たり、135億円の支援を約束して誘致に成功しました。こうした誘致を大阪府ももっと積極的に行うべきだということをいう経済人が結構います。そうでしょうか。大阪に適地があるとしても、わたしには疑問です。
亀山工場は世界に誇る最新工場ですが、従業員は関連協力会社を含めて2800人です。135億円もかければ、大阪・京都・神戸なら、100社程度のベンチャー企業を孵化させることは容易にできます。三重県の亀山のようなところでベンチャーを輩出させるのは至難のことですが、大阪・京都・神戸ではできます。それでも1社1億以上の経費ですから、決して効率のよいアウトカムとはいえません。しかし、この100社が平均50人を雇用するとすると、それだけで5000人の雇用を生み出します。目には見えませんが、雇用だけでなく、付加価値や税収の面でも、たぶんその方が大きいでしょう。亀山が勝てるのは投資金額と出荷規模だけです。しかし、それはその地元が潤うものではありません。こう考えてみると、大阪・京都・神戸にとっての政策は、工場誘致ではないはずです。
関西ベンチャー学会が正しい政策を提案し、社会がその認識を共有するようになれば、それは大きな効果を生みます。ベンチャー研究とベンチャーを盛んにする運動とは結びついています。これがベンチャーを主題とする学会の強みです。わたしは、今大会をもって会長をおろさせていただきますが、関西ベンチャー学会の利点は、いろいろあります。これをぜひ生かしてほしいと思います。それを生かすことが、関西を基盤とする研究者として、職業人として、自分自身の発展にもつながると思います。
そういう観点から、これからの考えるべき議題をいくつか取り上げてみます。
まず、研究成果によって関西ベンチャー学会が社会に貢献する道があります。一年ちょっと前、宮田由紀夫先生他の尽力で関西ベンチャー学会編の『ベンチャー・ハンドブック』が出版されました。これは日本ベンチャー学会もできていないことです。こういう出版活動を通して、学会の成果を世に問うとことで、ベンチャーに関する正しい認識を社会に広めることが、長い目で見たベンチャー振興です。その方向では、昨年は、学生の意識調査を行い、その報告をもとに理事会や特別例会で数回にわたり議論して、学会としての提言をまとめました。本日、配布されている資料の中にそれがありますので、ぜひご熟読ください。
提言を取りまとめるあたって行われた討論も、学会にとって重要でした。上場審査が厳しくなったというが、実態はどうなのか。企業の不正や不祥事を防止するのに、どうしたらよいか。企業一般に適用すべき規制強化を新規上場企業にのみに押し付けているのではないか。規制を強化するとしても、事前規制によるべきか、事後規制によるべきか。公開後の株価が低迷することが多いのはなぜか。そのことをどう考えるべきなのか。投資家のベンチャー離れをどう考えるべきか。こうしたことは、声明を用意するといったことがなければあまり議論されないことです。議論してみて、いろいろな考えがあることが分かりました。どう考えるべきかについて議論を深めることもできました。学会としての声明は、関西ベンチャー学会としてはじめてのことですが、これからも積極的に取りくんでほしいと思います。それが会員間の議論を促し、引いては会員の認識を深める効果をもたらします。
今回は、ライブドア事件などに触発され、ベンチャーに対する逆風が心配されたことから始まったことですが、関西活性化のための戦略提言、初等教育から大学院に至る経済教育・ベンチャー教育のあり方についての提言、地方政府の政策のあり方についての調査や提言、文化資産の生かし方についての提言、先に取り上げたコンテンツ産業振興政策についての提言、起業に失敗した人の再チャレンジに道を開く政策など、さまざまな課題・議題があります。
ただ、こういう提言・声明は、他の経済団体も盛んに行っています。学会らしい研究に裏打ちされた、深い認識・見通しに基づく提言・声明であってほしいと考えます。
この学会はベンチャー学会ですので、ベンチャー起業の重要性については改めて申しません。ただ、通常のベンチャー起業のほかにも、ベンチャー精神が必要とされる方面・領域はたくさんあります。ふたつだけ申し上げます。
ひとつは「ベンチャー学」の創造です。ベンチャー学会を作っておきながら、わたしは不明にも「ベンチャー学」というものが必要であり、可能であることに気づきませんでした。それに気づかせてくれたのは、今田哲先生です。たしかに、ベンチャー学があってはじめて正式のベンチャー学会です。ただ、現状、ベンチャー学が存在するとはいえません。『ハンドブック』はその方向にむけての第一歩ですが、ほんの一歩に過ぎません。これは研究者が生涯をかけて可能になるものでしょうが、個人だけでできるものでもありません。熾烈な討論の場があって初めて可能になるものです。関西ベンチャー学会は、ぜひそうした熱い議論の場であってほしいと考えます。日本ベンチャー学会ほど大きな学会でないからこそ、これは可能であるともいえます。ベンチャー学を創造すること。これを、ぜひ今後の大きな目標にしていたたけたら幸いです。
もうひとつベンチャー精神を発揮すべき領域は、社会そのものです。この社会をよりよいもの、暮らしやすいものにするために、社会は多くのイノベーションを必要としています。日本は、明治維新以来、追いつき追い越せでやってきて大成功しました。その中心的手法は、外国の良い制度や成功事例を導入することでした。しかし、いまや日本は世界の先頭を走る国の一つです。外国や他地域の成功事例を導入するだけでは済みません。自分たちが冒険して新しい成功事例を作っていかなければなりません。そのための手法の一つが「社会実験」です。成功するかどうか分からない、しかし果敢に取り組んでみる。これが必要です。これにはベンチャー精神が必要です。個人のベンチャー精神ではなく、社会全体のベンチャー精神が必要です。「実験する社会」という概念をいち早く関西に根付かせることができれば、関西はもう一度、先進的な地域に生まれ変わることができます。ベンチャー学会の目指すべき政策は、個々のイノベーションだけでなく、イノベーションを活発にする構造を作りだすところにも向けられるべきでしょう。
関西ベンチャー学会は、こうしたことにも貢献できる、そういう貢献を期待したいということを申し上げて、大会のはじめにあたってのわたしの挨拶とさせていただきます。
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