ベンチャー概論/いま、なぜベンチャーなのか
塩沢由典
(1)いま、なぜベンチャーなのか
1−1.現在/第3次ベンチャー・ブーム
第1次 1970年代前半 清成忠男・中村秀一郎・平尾光司『ベンチャー・ビジネス』1971。
第2次 1980年代前半
1987年「ニュービジネス協議会」→90年社団法人化
経済学部「企画講座 ベンチャー・ビジネス論」1989年前期。 第3次
バブルの崩壊、経済低迷、アジアの追い上げ→1992年以降
中小企業基本法の改定→弱者救済から新産業創造の担い手へ
宮城県立大学「事業構想学部」(中村秀一郎)
新聞にも「ベンチャー」欄
1−2.ベンチャーってなに?
ベンチャー=venture (ex: a new business venture) 危険(risk)を伴う事業
高い失敗確率があるが、成功したときには高い収益が期待できる事業
(企業内の新規事業でも、最初からの立ちあげ企業start-up企業でもよい。)
アメリカ合衆国の例
投資先10件(4・5年後)
1~2社(成功=株価20倍)、2~3社(倒産)、残り(泣かず飛ばず)
ベンチャーに乗り出すにも、投資するにも、(失敗する)倒産の可能性の高いことを覚悟。
@倒産しないよう、手を講ずる。→良いパートナー、VCの経営指導
A倒産しても立ち直れる社会
借金(融資、債務保証)でベンチャーをやってはいけない。/失敗が勲章。
1−3.なぜ、(他ではなく)ベンチャーか
20世紀は特異な時代
20世紀=大企業・巨大組織の時代
19世紀半ば
1860年の米 製造業の平均1社10人程度 200人を超える企業はまれ
『第二の産業分水嶺』(M.ピオリ、C.セーブル)
大企業化は今後進まないばかりか、却って小さな企業の比重が大きくなる。
IT革命とはなにか
取引費用(売買・条件交渉・計算などにかかる費用)を劇的に減少させる。
→多くが市場取引でより効率的に済ませられる。
R.コース(1991年ノーベル経済学賞) 組織=取引費用を軽減するため
21世紀は、「万人起業家時代」(小野暸)?
(2)ベンチャー育成の重要さ
2−1.ベンチャー:経済発展の主要な担い手のひとつ。
シュンペーター
(20世紀の経済学者として、ケインズより偉大かもしれない。)
『経済発展の理論』(1912:26、岩波文庫、上下)
新結合/イノベーション
@新商品の開発 A新しい生産方法の導入 B新しい販路の開拓
C原材料の新しい供給源の獲得 D新しい組織の実現
現在
National Systems of Innovation Theory モデル
ベンチャー支援は、NSIの主要な構成項目
2−2.日本における特別な必要/せっぱ詰まった理由
熾烈な国際競争・追い上げ
日本が世界最高の賃金水準の国(日本 29,220ドル/人 1992GNP)
中国・インド・アセアン・4匹の虎(中国380ドル/人、インド310ドル/人)
国際的な競争条件の悪化
国内:富裕化、高賃金、高齢化、挑戦しない気風、生産現場の技能低下、制度疲労
国際:アジア諸国の工業化、技術水準の向上、低賃金(1:70)、生産基地移転
産業転換を計る以外に、長期の展望なし。
大企業の多角化政策の失敗(例:カネボー)
多数の中小企業/各地の地場産業(転換の成功例:燕)
解決策
標準品 インド・中国に対して70倍以上の生産性を達成する。
新技術
インド・中国が追いついてくるまでに、新しい技術・商品に乗り換える。
新製品 新しい市場を開拓する。豊かな国の有利な点(バーノンのProduct
Cycle論)
これらの担い手がベンチャー・ビジネス(社内・社外)
2−3.期待できる方向
先端技術(後追いでは間に合わない、バイオ・情報より材料が有望か)
サービス(対人サービスでは国際競争圧力が弱い)
新時間産業(楽しみ[会合、旅行、ダンス]、社会貢献、知的活動、創作活動)
この方向にGDPを振り向けることで、経済成長と環境保全とを両立できる。
コンテンツ産業
関西の弱み/強み → 後出
(3)ベンチャー経営の特異性
3−1.3拍子は揃わない。
ベンチャーの3要素 商品、資金、BM(ビジネス・モデル)
商品 アイデア(@新商品、A技術、B販路) より安く(A技術、C供給源)
資金 自己資金(原資、利益)、他人資金(借り入れ、投資資金)
BM
真に新しい商品には、新しいBMが必要。(D新組織)
BMは、他分野への応用が効く。
なにかを武器に
商品が武器→資金を集める。(通常のベンチャー)
資金が武器→企業を集める。(孫氏の商法)
BMが武器→他分野進出・買収
3−2.資金は、投資で。
新しいBMの初期、有望な技術開発・商品開発の初期は、資金収支は赤。
これを借り入れで賄おうとしても、初期を乗り越えられない。
Cf.投資受け入れは、経営者にとっても有利。(リスク分散、スピード確保)
スピードが大切
商品、BMには、旬がある。旬の内にシェアを獲得しないと、他に追い抜かされる。
しかし、よい商品・よいBMには、資金はついてくる。
ある程度のシェアを取ることは、他社(とくに近接大企業)の参入の防止策。
将来は公開・上場
しかし、略奪的上場は望ましくない。
スタート・アップ、未公開期こそ投資が重要
3−3.商品・事業にふさわしいBMを
BMとは
特許を取れるものとはかぎらない。
インターネット利用の商品販売の例
BM 狭い商品分野、強い商品知識・メンテ、メーカーと需要家を直で結ぶ
対メーカー 直接消費者に対面、商品知識をメーカーに、共同開発
対需要家
信頼できるライン・アップ、最新、妥当な価格、迅速
強い商品知識をもった他分野の小会社を買収、新しいBMで経営
水平展開
自社のBMを明確に自覚すること
それにより、将来像が描ける。
勝ち残れる1・2社に入ること
小売e-shop 傘屋.com
鞄屋.com
卸売り 直接取引が増大、問屋機能の本質を自覚しないと生き残れない。
例: e-trade market の信用問題
(4)ベンチャー支援の特異性
4−1.高リスク・高リターン
日本の支援政策は、ベンチャーの特殊な性格に適応していない。
行政の支援 貸し付け保証(VEC)、低利融資(大阪市)など
VCの支援 投資以外に融資も
ベンチャー支援は投資(ないしその類似形態)でなければ、成功しない。
アメリカのVB(10の内、5~6年で2つが成功20倍、3~4は倒産、残りは可・不可なし)
融資では、年利7%、10年で資金2倍。半数が生き残って、ようやく元本維持。
現在の利率(年利4%)では、7割が残らないと資金減少。
行政支援 現行制度は、損失計上を予定していない。しかし、損失確実(石油公団方式)。
投資は、創業者にも有利
創業者が投資を嫌い、融資を好む傾向が見られる。
企業支配を嫌う。インフレで借り入れ費用極小。
失敗したときのことを考えていない。
個人的債務保証、倒産後も未払い負債、再起不能。
投資なら、清算して、再出発可能。
創業者や援助者にストック・オプションを
資金提供者だけが有利になるシステムは、問題。
4−2.評価の難しさ
創業支援は競馬と一緒
10の内2つが成功して資金が10年で4倍になれば、他を償却しても年利15%の収益。
いくら目利きでも、確実には予見できない。
評価の精度は上げなければならないが、限度がある。
→分散投資の必要
「リスクの経済学」の不十分さ リスク回避かリスク指向かですまない。
期待水準を7割以上の確率で確保する。(一件でこの条件を満たすものはない)
事後の支援
経営指導、技術指導、業務提携、販路確保、人材紹介、コンサルティング
資金繰りの苦しい企業に融資は疑問
無料ではなく、有償で行えるように(行政・投資家の場合を除く)
(5)ベンチャー投資家の重要性
5−1.VCが産業革命をリードする。
ヒトゲノム計画
政府系15の研究所による国際コンソーシアム、15年計画(1990-2005)
ベンター(セレラ・ジエノミックス社、1998年創業)が計画を5年短縮して、ほぼ完了
アメリカのバイオ・インフォマティックス
西海岸にバイオ・ベンチャー族生
500社以上という話も。伝統も、政府援助もない。
シリコン・バレーには、有力バイオ・ベンチャー50社
次はプロテオーム
ゲノームだけでは、薬にならない。
ベンチャー企業家が説き、ベンチャー投資家が育てる。
5−2.日本の問題
VCの勉強たらず
銀行・証券系がいまだ多数派
技術の動向と育て方を知らない
例:日本のIT産業投資
光通信
高値の1/50以下に
クレイフィッシュ
高値の1/10以下に
ブームに踊り、クラッシュに泣く
専門家の不足/健全な投資家育成の必要性
NBKベンチャー大学 → 投資家養成講座
5−3.五代友厚方式
関西の問題点
調査・提言は多数なされる。実行が遅い、取り掛かれない。
五代友厚(1835-85)
明治初めの事業家、政商
大阪株式取引所・大阪商法会議所の創設に力
新しい方式・政策を実現する立役者
21世紀の五代友厚を生み出そう。
(6)ベンチャー支援の地域政策
6−1.ベンチャーが輩出しやすい風土を作る
関西経済の現状
かつては、ベンチャーの故郷
戦後の新業態75の内、45(60%)が関西発だった。
相対的比重は依然低下。創業率も、他に比べて高くない。
不況の影響大といわれる理由。
これからの可能性
規制緩和 (行政の許可、行政の指導のないところに長ずる。)
国際化 (国を背景として商売しない。)
6−2.なにが欠けているか。
新規なものを作りだす能力
ファッション モード雑誌・テレビ・歌手/芸能人・デザイナー
技術 要素技術は十分ある。戦略的・先端的技術に疎い。
新時間産業 生き方の提唱者はいても、世に知られにくい。
学問 複雑系は、90年代、関西が中心だった。
メディアの不在
テレビ(CS放送/ビデオ・ジャーナリズムがチャンス)
雑誌の重要性(他チャンネル性、多項目性→人材発掘、冒険、議題設定)
対策
エディターズ・ハウス
60社ぐらいの雑誌・単行本出版社を集める。
大型施設 (オペラハウス/WTC/神戸FMなどに雑誌を誘致する。)
6−3.知的中心性を作りだし、生活文化を創造しよう。
知的中心性/メディア/創造活動は三位一体。
関西には、文化の厚みがある。
社寺・家元・大学・文化財・伝統工芸・食文化・生活文化
新時間産業へ
−>
コンテンツ産業
伝統工芸と先端技術の結合
セラミックス(京セラ、村田製作所)
大学をうまく利用しよう
大学は変わりつつある。
大阪市立大学の例/大阪版TLO
(7)ハイテク地場産業を育てよう
7−1.ハイテク地場産業の例:関西の液晶(LCD)関連企業
シャープ(2400億円、約25%;液晶のデパート、1973世界最初の電卓LCD)、三容真空工業(成膜メーカーt)、日本写真印刷(配向膜塗布装置、60%)、積水ファインケミカル(スペーサー、70%)、三星ダイヤモンド工業(スクライバーt)、日東電工(偏光板、1/2)、アプライド・コマツ・テクノロジー(プラズマCVD、70%)、日新電機(イオン注入t)、大日本スクリーン製造(超音波洗浄装置、スピン・コーター、1/2)、ミノルタ(検査装置t)、タバイエスペック(ベーク炉、45%)、テクノス(検査装置V)、アユミ工業(液晶注入装置)
7−2.ハイテク地場産業を育てる政策
競争前段階の知識を共有する。
技術知識の3段階 競争段階以前、競争段階、競争段階後
文化の問題: ルート128とシリコン・バレー
商品化段階に他地域より2年前にたどりつく。
世界経済時代/競争は地域間でも行われている。
ハイテク産業 Winner
takes all. (B.アーサー、複雑系経済学)
地場産業化すれば、他地域では追いつけない。
7−3.関西で育てるべきハイテク産業
種を撒かねば収穫できない。
地域に必要な戦略的(政策的)思考を。
@カーボン・ナノチューブに注目
日本の固有技術 飯島博士の発見、大阪ガスが量産技術。
将来は、LSIの革命も。
カーボン繊維とゴルフ・クラブ
技術的ブレーク・スルーは、周辺から生まれる。
A情報家電
家電メーカーの拠点
各社の協力で、世界標準作りをめざせ
Bバイオインフォマティックス
製薬の本場
多くのバイオ研究機関(医学部・農学部・蛋白研・バイオ研・先端大)
注目すべきバイオ・ベンチャー
丸和栄養食品・伊中浩治 1999年NBK大賞・本賞
Cコンテンツ産業
雑誌・TVなどで東京に圧倒されている。
ゲーム・ソフト会社(カプコン)、USJ、日本文化
ヴィデオ・ジャーナリストを戦略的に育てよう。
CS時代、ディジタル時代=多チャンネル
自己紹介
1943年長野県生まれ。京都大学理学部数学科・同大学院修士課程終了。同理学部助手。フランス留学中、経済学に転向。京都大学経済研究所助手を経て、大阪市立大学助教授。1989年より、現職。
1985年以来、市場経済を複雑系とみる視点を掲げた、複雑系経済学の旗手。人工先物市場U−Martを立ちあげ、計算実験による金融市場研究をも手掛けている。進化経済学会副会長、社会・経済システム学会編集委員長、U−Mart組織委員会委員長などを務める。
「複雑系経済学入門」(生産性出版、1997)は、複雑系経済学の成果を一般の人に分かりやすく解説した好著。
関西ニュービジネス協議会発足以来、NBK大賞審査委員長を務めるほか、関西生産性本部・学研都市推進機構などで、関西経済の活性化に向けた提言や研究を行っている。
早くからベンチャー・ビジネスの重要性を説き、1989年度大阪市立大学企画講座「ベンチャービジネス論」を主宰、日本ベンチャー学会理事・編集委員。現在は、関西ベンチャー学会設立に向けて尽力している。
著書に「市場の秩序学」(ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞受賞)、「複雑さの帰結」(NTT出版)、(編)「大学講義ベンチャービジネス論」(阿吽社)など。