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塩沢由典(しおざわ・よしのり)

日経新聞書評 

『起業特区で日本経済の復活を』

 「特区」にかんする緊急出版という本書の体裁は、誤解を招きかねない。店頭でこの本を見たとき、あのファイゲンバウムがなぜこんな際物をとわたしは思った。

 だが、これは今はやりの特区構想とは正反対の精神に立つものである。特区は、ある地域に特別な規制緩和を行い、それを経済活性化に役立てようというもので、各地方自治体や経済団体が群がり跳びついている。財政難の折、政府にとって、経済刺激の秘策だろうが、地方からみていると地域の活性化に中央政府頼みという実態はまったく変わっていない。

 ファイゲンバウムとブルームの構想では、規制緩和は小さな位置しか占めていない。かれらが基本におくのは「ハビタット」(生態環境)という概念である。日本経済を再活性化させるには、ベンチャーを盛んにさせる以外にない。それをはぐくみ育てるハビタットが必要なのである。

 ハビタットは複合的・相互依存的な構造をもつ。著者たちはベンチャー育成には、@意欲的な起業家、Aリスクをとる資金提供者、Bベンチャー企業で働こうという優秀な人材、C新製品を購入する買手の4つの存在が不可欠だという。日本には、この4つがともに欠けている。

 このような認識にたつと、普通、いかにして日本にこの4つを生み出すかという議論になる。しかし、日本全体で平均的に4つの条件を生み出そうとしても、絵に描いた餅にすぎない。この本の真骨頂は、リスクをとることできる起業家・キャピタリスト・才能・協力企業だけを集める小さな特別地区=「起業特区」を設けようと提案にある。

 この特区には一定の行動基準を満たす個人・企業しか入居できない。たとえば、大企業も一員となれるが、人材の提供とマーケットの提供義務を負う。見返りは、プレスティージュとベンチャー企業の優先買収権などである。

 著者たちは、この考えを「関西起業特区」として実現する詳細なプランを提案している。これが実現するかどうかは、規制緩和にではなく、それを実現しようとする意思とリーダーシップを関西がもてるかどうかにかかっている。

塩沢由典(大阪市立大学教授)


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