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「エコノミストの読書日記」4
小説を読んで分かること
塩沢由典(大阪市立大学創造都市研究科長)
わたしも、かれこれ30年近く、大学教師をやっている。おもに経済学を教えてきたのだが、大学における講義という形式の限界を感ずることがしばしばある。「テレビやインターネットを使って教えたら、OHPをもっと活用したら」といった類の話ではない。「真理を教える」という形式に限界があるのではないかと思うのである。
講義では、論理的に正しいことや事実を教えるのが建前である。文学部や芸術学部では「創作」という別次元の教育もあるが、経済学部などでは、基本的に「真理」を教えるということになっている。教育の内容が真理でなければならない、あるいはより正確には、教育するものは力のかぎり真理のみを教えるよう努力しなければならない、というのは当然である。しかし、教育効果という観点からみると、真理の羅列に終わっているのではないか、真理が正しく教えられていなのではないか、としばしば反省せざるをえない。
おなじ真理であっても、重要な真理とそうでない真理とがある。「秋には、葉が落ちる」という命題はおおむね真理だが、あまり重要だとはいえない。一葉散って天下の秋を知る人は少ない。数学や物理学では、公理や原理のように一見自明に見えるものでも、それを基礎にさまざまな理論が展開されて、その過程の中で公理や原理の重要性がおのずと認識される。しかし、経済学や経営学では、このような公理論的な展開は難しい。多くの知識が羅列的に説明されることになる。それぞれの内容が真であっても、このような羅列では、知識の軽重は分からない。
ことに難しいのは、重要ではあるが、説明が簡単な場合である。証明や説明が難しいものでは、長い時間を掛けて教えることができる。教える方にも学ぶ方にも、それなりの負荷がかかるから、それだけ重要なものなのだろうという推定が働く。ところが、経済や経営では、えてして簡単に分かることで、きわめて重要な真理がある。重要さを分かってもらうのに長い説明をしても、聞く側は先生が自明なことを仰々しく言っているに過ぎないという印象をもつ。
こうした真理を教える、分かってもらうのに有効なコミュニケーション形式として小説がある。多くの真理は、具体的な状況展開の中で説明される方が分かりやすい。人類の意識の発達史の中で、論理的な説明はもっとも新しい層に属する。論理的な説明よりも、現実の生の追体験の形式である小説の方が大脳皮質のより深い層にまで届くのであろう。
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簡単であるが重要な真理を教える形式として、いまもっとも注目されるのは、エリヤフ・ゴールドラット博士の小説群であろう。すでに『ザ・ゴール』、『ザ・ゴール2』、『チェンジ・ザ・ルール』、『クリティカル・チェーン』(いずれもダイヤモンド社)の4つの小説が翻訳・出版されている。博士は、物理学者としての教育を受けた。その訓練は、生産管理手法を単なる数学理論としてではなく、経営の現場に生かすべき原理として捉え直すところに表されている。
日本人の書いた小説仕立ての中では、柴田昌治の『なぜ会社は変われないのか』(日本経済新聞社、1998)が秀逸である。柴田は、この本一冊で、企業風土改革のカリスマになった。
ゴールドラット博士が、それぞれの小説で説く原理は簡単なものである。英語版出版17年後に翻訳されて一躍ベストセラーとなった『ザ・ゴール』では、工場の現場で能力の限界となる制約条件は、同時には一つ・二つしかないこと、その制約条件を取り払うことが工場経営の核心であるとする。『ザ・ゴール2』では、緊急の課題解決に取り組むなかで、思考を整理するに有効な「現状問題構造ツリー」などが解説されるが、その要点はもっとも基本的なコンフリクトを見つけて、それを解消することである。3冊目の『チェンジ・ザ・ルール』では、ERP(統合業務パッケージ)などの情報システムを導入しても、それ以前から存在している業務上のさまざまなルールをシステムを生かす形で作り変えなければ利益は出ないと説く。最後の『クリティカル・チェーン』では、プロジェクトを予定通り進めるためには、クリティカル・パスおよびクリティカル・チェーンに最大の注意を払うべきであるとする。
このような指摘自体は、かんらずしも新しいものではない。業務改革を伴わない情報システム導入は、利益を生まない。こうした主題は、すでに日本でもOA学会などのテーマとなっている。しかし、このことの重要性がほんとに人々に届いたでせあろうか。優れた小説として語られて始めて身に染みた理解が得られるのかもしれない。
制約条件の理論(TOC)も、原理は難しいものではない。制約条件(ボトルネック)を解消せよ。これだけである。どうしたら制約を制約でなくすることができるか。ここに工夫がいる。しかし、それができれば事態は一挙に改善される。経営を多数の制約式をもつ最大化問題と考えてみよう。目標値を制限しているものがほとんどつねにひとつの制約式であることは、なかば自明である。
この原理は簡単で常識的ですらある。ただ、これは通常の経済学が教えるていないことである。経済学では、ふつう特定の変数を変化させて、極大点を探す。これでは、大きな改善は得られない。極値の近くでは、解が少々ずれても値はそう大きくは変わらないからである。
ゴールドラットの小説は、少数の主題をあつかい、明快なメッセージをもっている。これに対し、柴田昌治の小説は、もうすこし複雑である。展開自体は面白いが1・2行にまとめるのはなかなか難しい。柴田が目指すものが、人間を変え、組織の習慣を変えることだからであろう。
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『クリティカル・チェーン』は、別の意味でもわたしには興味深い。この小説の主人公は、リックという大学教師。テニュア(終身教授権)がなく不安定な地位にある。ただ、かれの授業スタイルには特徴がある。そのため、かれはエグゼクティブMBAの授業をひとつ担当している。学生たちの質問を受け、意見を聞く。それをもとに皆でかんがえる。これがリックの授業スタイルだ。そうしているうちに、リックは講義開始前には予期もしなかった新しいアイデアを得、次第に大学になくてはならない教員になっていく。
わたしはいま「創造都市研究科」という新しい社会人大学院に勤めている。社会人大学院の良さは、学生たちに経験があり、問題意識も鮮明である点である。うまくリードすることができれば、リックのように未知の問題に革新的な解決法を提案することもできよう。『クリティカル・チェーン』は、質疑応答を中心とする授業の可能性を示している。先生方に社会人大学院の可能性を教える一冊でもある。
<写真>@『ザ・ゴール』、A『なぜ会社は変われないのか』
『経済セミナー』No.589、2004年2月号、pp.92-93。
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