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進化経済学

塩沢由典(大阪市立大学教授)

『京都新聞』2002年8月28日
◇知の新潮流◇ 第4部「進化するシステム」の3
塩沢由典(大阪市立大教授)「進化経済学」



 だれが設計したわけでもないのに、生物は大変な発展を遂げた。科学の知識が進めば進むほど、生命の不思議は驚きを増す。この大発展をもたらしたものが進化である。  生物ほど緻密ではないが、経済にも進化がある。「進化」という切り口が生物や経済の秘密を解き明かす手ががりになる。進化経済学は、経済を「進化」という観点から研究しようという学問だ。

 生物の基本は自己増殖にある。進化は、基本的には自己複製とその変異で捉えることができる。遺伝と突然変異といってもよい。経済の中にも、自己複製と変異を行うものがある。商品・技術・行動・制度である。

 商品が進化するものであることはよく知られている。広告にも「進化する○○」などというキャッチフレーズを見かける。身近なテレビという装置を取ってみれば、白黒テレビからカラーへ、ブラウン管テレビから液晶テレビへといった大きな変化があり、アナログからディジタルへと大変化が続いている。こうした大変化以外にも、商品は毎年のようにすこしずつ変化している。これらの変化には、かならず前のものを引継いでいる部分と変わっている部分とがある。つまり、自己複製と変異がある。商品は、進化という眼でみると、とてもおもしろいものだ。

 商品を進化させ続けるのは、利用者のもっと良いものをという要求だが、それを実現するのは技術である。ひとつの商品は、驚くほどたくさんの技術の結晶だ。この技術自身も進化する。普通、技術進歩というけれども、その過程を調べてみると、複製と変異がかならず発見される。二つの技術の交配といったこともおこる。技術は、経済という環境のなかで進化しつつ自己増殖する実体なのだ。

 人々の経済行動も進化する。企業の中のさまざまなルーティンは、工夫され、改善される。消費行動も、じつに不思議な進化を遂げる。靴の形の変遷をみると、こんなにと思うほど変化する。これは商品を売る側が仕掛けている側面が強いが、生産者は消費者の嗜好がどの方向に進むかわからず、苦労している。

 制度も、また進化する。制度変化と経済発展の関係を調べることが、経済学の究極目標と考えてもいい。簡単にいえば、経済改革は国や社会の制度や慣習を変えることだし、企業改革は企業内の制度や慣行を変えることだ。制度をどう変えれば、成果がどう変わってくるか。進化経済学の主題のひとつがここにある。

 生物の進化学が一筋縄ですまないように、経済を進化の視点で捉えることも一筋縄ではすまない。歴史的研究や理論的研究に加えて、最近ではコンピュータを用いて市場過程やそこにおける人間行動の進化を研究する試みも始まっている。マルチ・エージェント・モデルや遺伝的アルゴリズムの考えが取り入れられ、経済学者と工学者の共同研究が始まっている。わたし自身も、株価指数の先物市場をヴァーチャルに作ってみるとどうなるか、というU−Mart計画に参加している。市場の制度を変えると、値付け率がどう変わるかといった研究が進んでいる。

 U−Martは純日本製のものであるが、海外からも注目を集めている。進化経済学のこの分野では、日本は世界の先端を走っている。

 進化経済学の登場は、経済システムや経済政策の見方をも変えつつある。従来の経済学は、経済を機械的なものと捕らえてきた。系として、経済は、予測と制御の可能なものと考えられた。財政支出や貨幣量調整をうまく行えば、経済は順調に作動する。こう考えて、経済に適切に介入するのが政府の役目と考えられた。ケインズ政策も、マネタリストの政策も、この考え方では同一である。そして結果は散々であった。

 進化経済学は、機械に変えて、生物の進化に注目する。この視点からは、経済成長において重要なものは、イノベーション、つまり商品・技術・行動・制度の革新である。経済の活性化には、新商品・新技術・新制度を実現するイノベーションが要請される。ベンチャー起業もそのひとつだ。進化経済学は、財政支出や貨幣数量調節のマクロ政策から、ベンチャー育成などのミクロ政策への転換を促している。




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