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新・資本主義入門:topics 大阪の地盤沈下 塩沢由典・大阪市大名誉教授に聞く

毎日新聞 2015年05月30日 東京朝刊22面 大阪朝刊16面

 ◇大阪市大名誉教授・塩沢由典氏=(理論経済)

 大阪市民が有権者だった「大阪都構想」の住民投票(今月17日に投開票)は、わずか1万票余りの差で否決された。橋下徹市長は政界引退を宣言し、余波は中央政界にも広がる。他方、ここまで都構想が注目された背景に、近年言われ続けてきた「大阪(関西)経済の停滞、地盤沈下」がある。大阪は、「天下の台所」と呼ばれた江戸時代から日本経済を引っ張ってきたはず。だが今や、大企業の本社は次々に東京へ移転し、いくつかの経済指標で名古屋圏に追い抜かれつつある。なぜこんなことに? 経済理論の大家で関西圏の経済にも詳しい、塩沢由典・大阪市大名誉教授に聞いてみた。【鈴木英生】


大阪市西成区の路地から隣接する阿倍野区にある日本一の高層ビル、あべのハルカスを望む。両区とも住民投票で都構想反対が多数を占めた=大阪市西成区山王1で、鈴木英生撮影
大阪市西成区の路地から隣接する阿倍野区にある日本一の高層ビル、あべのハルカスを望む。両区とも住民投票で都構想反対が多数を占めた=大阪市西成区山王1で、鈴木英生撮影

 ◇「成熟」生かした政策を

 「地盤沈下」の例として、塩沢さんに東京都と大阪府の名目GRP(域内総生産)の変化を示してみた。2011年、東京は約92兆3900億円で、大阪(約36兆6000億円)の約2・5倍だ。東海道新幹線開業の1960年代前半までほぼ並んでいたが、その後は大阪の伸びが鈍り、東京と差が広がる。「府内で工業地帯を広げる余地がなくなったのでしょう。工業化による成長が難しくなった」

 90年ごろから大阪は横ばい。東京は緩やかに成長が続く。「金融機関の東京への集中が要因の一つ。情報化、金融化が進むほど、東京で即座に対応すべき事態が増えた。元から、霞が関の中央官庁との距離などで大阪は不利でした」

 実は、東京一極集中の流れは明治時代に始まるという。「政治の江戸、商業・金融の大坂という二元中心性が、鉄道や電信の整備で難しくなった。便利になるほど、中心都市は一つで済みますから」

 戦前の大阪は軽工業地帯になるも、30年代後半に「地盤沈下」が始まる。市の人口のピークは40年の約325万人で、戦後は更新されず横浜市に抜かれた(78年)。大阪圏2府2県全体は、70年代後半から転出超過傾向が続く。

 関西財界や行政が、手をこまねいてきたわけではない。戦後は、高度成長期の大阪万博から90年代の関西国際空港まで大規模プロジェクトを起爆剤にしてきた。近年は、大阪府が堺市に、兵庫県も尼崎市などに大規模工場を誘致したが、どれも不調。さまざまな経済指標で低迷し、2012年には基準地価の最高地点が名古屋圏に抜かれる。「個別事象にとらわれて、対症療法と物まねを積み上げるだけだから効果が出ない」と冷淡だ。

 打つ手なしか……。「いえ、そもそもこうした指標で『地盤沈下』を言うと、問題を見誤ります。京阪神と奈良は、世界的にまれな成熟した都市圏ですから」。高度で多様な食文化が象徴という。「ハモやフグ、京野菜から『粉もん』まで、東京より関西の方が、庶民でも洗練されたおいしいものを安価で食べています。暮らしの文化が高いのです」

 大阪市内から電車に30分も乗れば奈良の世界遺産。京都は世界遺産が生活に溶け込み、米国の雑誌で「行ってみたい都市」世界1位だ。「大阪自体、京都より古い歴史都市ですよ」。大阪城そばに飛鳥時代の宮殿跡があり、府内に古墳も多い。文楽、落語など芸能も豊かだ。

 ただし、成熟を自ら発信する力の弱さは否めない。「たとえば服飾デザインは、繊維産業の伝統などがあり東京より有利なはず。テレビのキー局のような全国メディアがあれば、大阪が流行の中心になれたと思うのですが」

 「医療や介護、教育などは成熟した都市圏だからこそ成長しうる」とも。サービスは持ち運べないから、工業製品のように他国、他地域と競争しにくいのもメリットだ。

 例に出すのは、北欧スウェーデンである。00年に人口880万人で大阪府と同規模、さらに約15年で100万人以上増えた。「同国は両大戦間に始まった少子化への対応で福祉政策が進みました。結果、今に至るまで経済も成長している」。言い換えれば、成長には「公」による社会制度の整備が必要というわけだ。

 塩沢さん、都構想で注目されたような行政再編には肯定的である。「大阪市は基礎自治体としては大きすぎ、広域行政を担うには狭すぎます。特別区サイズの市に分けて、より地域に密着した方がいいですね」

 広域行政は、道州制などで「都市圏全体の課題に対応する『州政府』を作るべきです」。同市の昼夜間人口比は132・8(10年)と東京23区(130・9)を上回る。周辺市と県境も越えて街が一体化している。経済活動の単位が行政区画と一致していない。

 「市と府の問題は『二重行政の解消』というより、行政サービスの区分けの問題。行政単位の再編は、都市圏全体の将来像を描く頭脳機能を作るために必要なのです。生活文化先進地域らしい政策は、東京中心の成長とは別の尺度で考えましょう。それにふさわしい州政府がいるのです」=次回は8月29日掲載

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 ■人物略歴

 ◇しおざわ・よしのり

 1943年生まれ。京都大修士課程修了。中央大教授も務めた。進化経済学会会長、関西ベンチャー学会会長、関西生産性本部経営開発副委員長など歴任。著書『市場の秩序学』『関西経済論』『リカード貿易問題の最終解決』など。


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