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関西経済論2010


これは、京都大学における2010年度集中講義の要旨です。3日間に15コマというハードスケジュールでした。受講生は大学院経営管理大学院・経済学研究科・同経済学部の各学生です。                2010.9.1 塩沢由典


参考 各回の主題
第1回 なぜ、関西経済論か
第2回 経済学の問題点
第3回 世界における巨大都市地域
第4回 世界の先導都市
第5回 討論 なぜ都市なのか
第6回 経済発展の類型
第7回 経済発展の2要件
第8回 都市と創造性(1)
第9回 都市と創造性(2)
第10回 討論 アイデアが都市のすべてか
第11回 都市の規模と事業化の可能性
第12回 都市生活と都市の魅力
第13回 道州制について
第14回 地域の頭脳機能と議題設定能力
第15回 討論 道州制について
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[第1日]
関西経済論 第1回 

なぜ、関西経済論か

2010.8.11 塩沢由典 

(1)関西論+地域経済学+経済政策

経営管理大学院の学生
  経営戦略を正しく立てるため
  経営者の見識として

経済学部学生
  経済学を捉えなおす機会
  経済政策を考えなおす機会

一市民として
  市民の教養としての経済学
  日本社会の大きな転換期>>社会経済を換える展望

○関西経済という切り口から、これらすべてに取り組みたい。


(2)現状の経済学の問題

ミクロ経済学
  現実経済を理解する概念装置となっているか>>複雑系経済学
  現実経済の発展を理解する概念装置となっているか

マルクス経済学
  メカニズムなき制度論>>
塩沢由典2009「経済学の現状打破に数学はどう関係するか」季刊経済理論46(3)

マクロ経済学
  地域経済・日本経済・世界経済/国際経済:どれがいちばん視野が広いか?
  政策変数と視野の固定化(狭さ)
    >>日下公人2010第6章「マクロ経済学という病気」


(3)失われた10年・20年・30年?

景気対策か、成長戦略か?
  2000(?2002)ごろの議論
   ?実物景気循環論(RBC, Kydland & Prescott)
   ?流動性の罠(Krugman)

☆ 視野の狭い議論になっていないか。
☆ 浅い議論になっていないか。 

菅内閣の「新成長戦略」(内閣府WEB)
  「強い経済・強い財政・強い社会保障を一体として実現する。」
  第3の道  
    第1の道 公共事業  
    第2の道 構造改革
  7つの戦略分野と21の国家戦略プロジェクト

大きな反省が欠けている。
  毎日新聞コラム:なぜ経済が停滞しているかの分析がない。


(4)150年のビジネス・モデルの破綻

キャッチアップ
  明治維新以来150年(ペリー来航1853、60'S米南北戦争・伊独立戦争、67大政奉還)
  中央集権
   外国(欧米)からの先進事例の輸入
   制度(法制、組織)、政策、教育、学問、考え方
   マスコミ 発想が中央集権的、日経新聞
  なぜ効率がよかったか
   竹内洋(教育社会学、京大名誉教授):京大生は打率が悪い。

キャッチアップの終焉(1980年代)
  景気の問題ではない。成長レジームが問われている。
  ICT革命・グロバル化・少子高齢化・追われる立場(アジアのキャッチアップ)
  「成功の罠」から抜け出せない。

出口はどこか
  中央集権体制を分解>>道州制
  経済学の問題は?


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関西経済論 第2回 

経済学の問題点

2010.8.11 塩沢由典 

(1)経済の発展単位?

「国民経済」は経済の発展単位か
  重商主義、重農主義、古典派自由主義(Cantillon, Quesnay, A. Smith)
  日本でも 国民経済の成立(幕藩体制>幕末開国>富国強兵・中央集権)
   大塚久雄(局地的市場圏)

経済は成長・発展する。しかし、どのように。
  成長理論 マクロモデル  
    Solow型 Romerの内生的成長理論 所詮、1財モデル
    von Neuwmann型 Pasinetti型 多種商品、不比例的成長
  発展論
    1950年代 構造主義者(Structurists)
    蓄積と制度
    W. Arthur Lewis ルイス・モデル(新古典派の枠内で説明)
  単位は国(国民国家) 制度論としては当然?
    マルクス派(宇野派、レギュラシオン) 政治エポックで輪切り

もっというなら、発展の範囲があるとは考えてこなかった。


(2)Jane Jacobs

1984 Cities and the Wealth of Nations  日訳『都市の経済学』
  経済学は、Cantillonの時代から間違ってしまった。
  発展の単位を都市でなく国民国家と考えてしまった。

  N, Kaldor 1972 The Irrelevance of Equilibrium Economics
   A. Smith The Wealth of Nations の第4章(交換)から

Jane Jacobs 1916-2006という人
  大恐慌下で成人 独学の人 ニューヨーク ベトナム戦争でトロントへ
  The Death and Life of Great American Cities 1961 
黒川紀章 部分訳 1977  山形裕生 全訳2010 解説がすばらしい。
  The Economy of Cities 1969
  Cities and the Wealth of Nations 1984
Systems of Survival:
    A Dialogue on the Moral Foundations of Commerce and Politics 1992
  The Nature of Economies 2000
  The Dark Age Ahead 2004


(3)都市の発展

The Economy of Cities & Cities and the Wealth of Nations
 ・農業も都市が作り出した。
 ・都市と都市地域
 ・輸入代替(import replacement)による発展
 ・都市のヒエラルヒー
 ・多くの商品とサービス、文化を作り出す都市

では、なぜ都市なのか


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関西経済論 第3回 

世界における巨大都市地域

2010.8.11 塩沢由典 

(1)日本はひとつの都市地域?

都市地域 都市圏
  USなどではMetropolitan Areaを公式統計区分として採用
  ヨーロッパなどでも Me tropolis概念 200?以上の非住宅地で分離

すくなくとも太平洋ベルト地帯は?
  Jacobs
  全国総合計画(第6全総)の予備会議

新幹線でみると 東海道新幹線・山陽新幹線


(2)一日交流圏

「一日交通圏」ではない。
  いまは、一日で北京に行って会議をやって帰ってこれる。
  京都/大阪と東京 日帰り出張が可能 週2往復の先生も
  しかし、お金と時間を考えると、一日交流圏とはいえない。
定義
  ふつうの人がほとんど毎日顔をあわせることができる範囲
  通勤圏・通学圏
  たとえば、乗車時間 1時間以内、運賃千円以内。

  ただ、この関係は遷移的(transitive)でない。
  したがって、このままでは、地域区分にはならない。

起点(基点)を想定する。
  梅田基点、京都駅基点、天王寺基点、三宮基点、など
  一時間圏内で最大の人口をもつのは?

京阪神大都市圏:わたしの定義
  梅田基点の一日交流圏 約1831万人


(3)世界の中の京阪神大都市圏

人口比較(日本のおもな大都市圏および都市圏)
1 東京大都市圏          3393万人
2 京阪神大都市圏         1831万人
3 名古屋都市圏          876万人
4 北九州北部大都市圏       417万人
5 札幌都市圏           221万人
6 広島都市圏           158万人
7 仙台都市圏           155万人
8 岡山都市圏           148万人
9 熊本都市圏           102万人

人口比較(世界のおもな大都市圏、人口Geopolis概念2005年切り下げ、順位Demographia)
1 東京-横浜            3111万人
2 ニューヨーク           2786万人
3 ソウル             2244万人
4 ジャカルタ           2008万人
5 ムンバイ            1806万人
6 サンパウロ           1824万人
7 メキシコ・シティ        2086万人
8 デリー             1821万人
9 大阪-神戸            1506万人
10 マニラ             1886万人

消費総量の比較表 都市圏人口×一人当たり消費額=都市圏の市場規模
1 ニューヨーク 1,149,921 単位米100万ドル
2 東京             1,109,920
3 ロサンゼルス          596,258
4 京阪神             537,515
5 香港深せん           446,785
6 ソウル             371,116
7 シカゴ             363,261
8 ロンドン            347,533
9 ライン=ルール          340,050
10パリ              337,730


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関西経済論 第4回 

世界の先導都市

2010.8.11 塩沢由典 

(1)地域経済学

田園/田舎 農村地帯 限界集落
  いきすぎ/幻想

農業経済
  食料生産 広大な土地
  第1次産業 就業者5%
  工場内農業

都市経済学
  交通経済、住宅問題、環境問題、社会インフラ
  経済発展の単位としてみているか?
  経済発展の一側面を分析?

東京・ニューヨーク・ロンドンで活躍したい。
  田舎の生活も切り捨てたくない。
  思想上の2重生活
  なぜ、そうなのか?


(2)時代によって変わる最大都市人口

シュメール時代 数千人から1万人
メンフィス(3万人)、モヘンジョダロ(4万人)、殷(10万人)、新バビロニア(20万人)
古代から18世紀まで 100万都市が最大[ここでの単位は100万人]
 紀元前後のローマ、(前漢)・隋・唐の長安
 北宋の開封(0.6?0.7) 南宋の杭州(臨安)(1?1.5)
1800年ごろ
 北京1.1 ロンドン0.86 広州0.80 江戸0.69 コンスタンチノープル0.57 パリ0.55
1900年ごろ
 ロンドン6.5 ニューヨーク4.2 パリ3.3 ベルリン2.7 シカゴ1.7 ウィーン1.7
 東京1.5 サンクトぺテルブルグ1.4 マンチェスター1.4
2000年ごろ
1000万都市圏が20数都市存在

(3)100万都市から1000万都市へ

「100万都市」の落とし穴
  19世紀初頭の100万都市のもっていた輝き
  いまの100都市がもてるか?
    なぜ19世紀の100万都市の役割を現在の100万都市はもてないのか。
  これからは1000万都市(のみ)が輝く時代

世界のMegalopolis
  定義 MegalopolisまたはMegaregions 人口約1000万人を数える都市地域
  実態
  America 2050 11 megaregions in USA & Canada
    例: North East49.6 Boston, New York, Philadelphia, Baltimore, Washinton
例: Northen California 12.7 San Fransico, Oakland, San Jose
例: Southern California 21.9 Los Angels, San Diego, Las Vegas
アジア 太平洋ベルト、韓国ほぼ全土、揚子江Δ、珠江Δ、など
  一日交流圏と言えるか?
    Metropolis概念で1000万都市圏が重要では?


(4)経済発展の先導者はどこか/構造の問題

  なぜ大都市が経済発展をもたらすのか
都市地域以外ではなぜ発展しないのか
  なぜ1000万都市が先導都市となるのか
    Jane Jacobsには欠けている問い。


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関西経済論 第5回 

討論 なぜ都市なのか

2010.8.11 塩沢由典 



[第2日]
関西経済論 第6回

経済発展の類型

2010.8.12 塩沢由典 

(1)マクロ経済学の成長理論

時刻のある1財モデル ソロー・モデル&ローマー・モデル
  なぜ、こういうモデルが成立するのか
    一財でないと分析が難しい。できるところで分析する。
    街灯の下で鍵を探す男の話
  多数財モデル von Neumannの均衡成長理論、森嶋通夫の成長理論
    すべての財の生産・消費が比例的に成長する。

無視されていること
  経済の定型的な事実 「経済法則」の中でもっとも古く有名なもの>>エンゲルの法則  経済発展とはなにか
    W. Arthur Lewisの定義:一人当たり所得が増大すること。


(2)進化成長理論

  一般化されたエンゲル法則
    ほとんどすべての財について所得増大につれて一人当たり需要が飽和する。
    「飽和」:需要が一定水準で増大しない/需要が減少していく。
  労働生産性の上昇率は、産業・財・状況(時代)によって変化する。

帰結
  一定の種類の財・サービスでは、かならず総需要が飽和する。
  産業構造・就業構造は、つねに変化する。
  成長のためには、財・サービスの多様化が必要である。

需要飽和 Saviotti, Witt, Steedman

地域経済 Frenken (オランダ)




(3)経済発展の3類型  『原理と議題』内編第1章第4節

比例的成長経済(Lewis)
  経済の主要Aspect
近代的部門+伝統的部門(資本主義的工業部門+農村部門)
    伝統部門から近代部門への人口(労働力)流入
    近代部門=近代技術+資本(資本蓄積)
    賃金水準は一定
 転換点
    農村からの人口流出>>農村の実質賃金上昇
            資本主義部門での労働力不足
    賃金水準の上昇
  転換点論争
    日本の転換点はいつか
    台湾・韓国の転換点はいつか
    「アジアの奇跡」の終わり(Krugman)
    中国は転換点を迎えたか

生産性主導経済
  生産性上昇>>実質賃金の上昇>>生活の高度化>>需要増加>>収穫逓増>>生産性上昇
  この段階では、人々に送りたい生活のモデルがある。
    アメリカのような暮らし
  日本の高度成長・安定成長
1960年代?80年代日本の経済成長
  3種の神器、新3種の神器/3C
  3Cの中でColor TVのみが新製品だった。
    大量消費社会・需要旺盛
    貿易の黒字基調・海外
    プラザ合意と前川レポート(内需拡大政策)

需要飽和経済
  1990年代 バブル崩壊+不良債権/金融再編
     生産性低下・低迷が原因か?  Hayashi-Prescott
流動性の罠? Krugman インフレターゲット論(リフレ派)
  2000年代 小泉改革 基本は供給サイドの経済政策
  2010年の現在 どう判断するか。


関西経済論 第7回 

経済発展の2要件

2010.8.12 塩沢由典 

(1)経済発展(経済成長も)の制約条件

これがあれば、十分ということはあまりない。制約条件は、無数にある。
  どの条件が欠けても、成長は制約される。
  イメージ的には
    min { g(h1), g(h2), g(h3), ・・・}
  平和、治安、規律、信用(取引における)、商習慣、度量衡、通貨、裁判制度、ほか

ゲームの理論による制度の分析(経済発展に関心を寄せるもの)
Cf. ?R. Putnam Making Democracy Work
  ?Bowles Microeconomics

近代的経済発展の2要件
  制度的条件がほぼ満たされた経済で一人あたりの所得の持続的増大のためには
  ?労働生産性の上昇
  ?新需要の創造

3類型でみると
  比例的成長経済(Lewisモデル)
    技術水準(生産関数)一定、成長速度は資本蓄積率が決める。
  生産性主導経済
    技術進歩/生産性向上の速度が成長率を決める。需要制約は強く働かない。
  需要飽和経済
    新需要の創造がないと経済は成長しない。

イノベーションのタイプから見ると
  生産性主導経済  プロセス・イノベーション いかに作るか
  需要飽和経済   プロダクト・イノベーション なにを作るか


(2)日本の経済の現状と必要な能力

日本画直面する転換(キャッチアップの終焉)

二つの時代・二つの人間像
キャッチアップ期            トップランナー期
先例重視                先駆者
底上げ                 トップ
調整型                 リーダシップ
年功序列制               能力主義(成果主義ではない)
詰め込み教育              問題発見能力
頭の速い秀才              頭の強い秀才

ふたつの秀才像
頭の速い秀才              頭の強い秀才
飲み込みがよい。            飲み込みが悪い。
記憶力がよい。             記憶力は普通。
ひろい知識               ふかい知識
漸進的発見・発明            画期的発見・発明
プロセス・イノべーション        プロダクト・イノベーション

人物例:
アインシュタイン            フォン・ノイマン

現存日本人(頭の強い秀才)
山中伸也 iPS細胞、神戸大医卒・大阪市大院修了
中村修二 青色発光D、GaNで成功(主流はZnSe)、徳島大・日亜化学・St.Barbara大
稲盛和夫 鹿児島玉龍・鹿児島大学・松風工業

現在日本の問題
頭の強い秀才がいても、はじき飛ばしている可能性が大。
人々の常識/考え方から変えなければ、「成功の罠」から抜け出せない。


関西経済論 第8回 

都市と創造性(1)

2010.8.12 塩沢由典 

(1)発見とセレンディピティ 『原理と議題』pp.118-120

発見はいかになされるか
  苦心して生み出した発見・発明
  意図せざる発見・・・セレンディピティ

セレンテイピティ(serendipity)
  セレンディップ(スリランカのペルシャ語古名)の3人の王子の冒険物語
  ウォーポルが1754年に造った言葉(概念)

例:
田中耕一博士(島津製作所)
  質量分析器 たんぱく質をレーザーでイオン化できないか試みる。
        金属粉を混ぜる。
        ある日(別の用途に用意した)グリセリンとコバルトを混ぜてしまう。
フレミング   ぺニシリンの発見
W.ハーシェル  天王星の発見(彗星を追っていた)、赤外線の発見
キャノン技術者 バブルジェット印刷機
スペンサー・シルバー 接着力の弱い接着剤(商品化>>アイデアの出会い)

教訓:準備された精神に神は微笑む。

セレンディピティがすべてではない。>>長い継続した努力
アインシュタイン 特殊相対性理論1905 一般相対性理論10年以上
ワイルズ     フェルマーの大定理の最終解決


(2)ブレーク・スルー

定義:これまでの枠組を超えた飛躍的変異

市川惇信 1996『ブレークスルーのために/研究組織進化論』オーム社。
  日本の研究はインクメンタルな研究に偏っている。
  ブレークスルーは意図せざるして生まれない。
  インクメンタルな変化に眼を奪われていてはならない。
「ここで、注意を要することは、これまでの仮説体系あるいは要素技術の体系が完全に行き詰ってから、飛躍的変異が起こるとは限らないことである。たとえば、コペルニクスの地動説はプトレマイオスの天動説体系が完全に破綻してから生まれたのではない。天動説にいろいろな修正が加えられ観察とよい一致が見られている時点で出てきたものである。/中略/このためには、現在の仮説体系および技術体系が現状でもっている能力でなく、限界としてもつであろう能力が見える必要がある。」

研究組織論
  アメリカの優れた研究組織はみなブレークスルーを目指していた。
  日本は?  組織経営論+学問論

経済学
  新古典派ミクロ・マクロ:「限界としてもつであろう能力」として行き詰っている。
  経済学 東大、一橋vs.京大   Cf. 竹内洋の打率

(3)新しい産業を育てる

ICT(インターネット・プロトコル)
  集積回路(IC、LSIC) 日本DRAMでは強かったが、IPUでは?
  ソフト オブジェクト指向

電機産業 GEの社内工養成

サービス産業
  Innovate America (Palmisano Report)
  SSME(Service Science Management and Engineering)
  産業の必要に応じて新しい学問分野まで作る。

日本では?
  経済産業省 サービス産業室 ベンチャー育成を担当
  多くの政策で「新作業育成」
  実態は、新しい企業を育てる意味

教訓
  中央政府・省庁が新産業を育てる訳ではない。
  主体は企業家(Entrepreneurs)、経営者とその考え方、識見



関西経済論 第9回 

都市と創造性(2)

2010.8.12 塩沢由典 

(1)アイデアの組合せ・出会い

都市:異質なものが出会う場
  新しい商品にどう結びつくか
  シュンペータ 発見は革新(innovation)ではない。
  発見・発明が事業に結びつく過程

ポストイットの開発物語
  3M (Minnesota Mining and Manufacturing) もともとはサンドペーパ>>接着剤>>PostIt  スペンサー・シルバー 「あまり強くない接着剤」発見(serendipity)
    なんどでもはがせるから、用途があるのではないか。
    社内セミナー&個人的折衝 5年
  アーサー・フライ
    教会の合唱団の一員>>楽譜の栞に使える
  はがせる付箋
    マーケッティングの模範事例


(2)出会いの確率 『原理と議題』pp.121-128

アイデアAとアイデアBが出会う確率
  出会って、アイデアをぶつけ合う(表面上の出会いでは不可能)。
  職業上・議論の場>>知的沸騰都市

アイデアAをもつ人の比率 σ (=0.001)
アイデアBをもつ人の比率 τ (=0.001)
  二つのアイデアが偶然出会う確率 σ・τ (=100万分の1)

人口N人の都市を考える。 N= 10万人、100万人、1000万人
  だれもが1年間にk人の人とであってアイデアを交換する。 (k=5)
  出会いの回数 k N/2
  アイデアAとアイデアBとが出会う確率 (1/2)k σ・τ N

成功する出会い
  N    10万人 0.25  100万人 2.5 1000万人 25
1年以内確率     0.221 0.918    0.999

2つのアイデアの出会う確率 都市人口に比例する。
2つのアイデアの出会う時間 都市人口に反比例する。


(3)その他の条件

都市の住民の方がアイデアが豊か?
  異なるアイデアに触れ合う機会が多い。

手持ちのアイデア
  交換により手持ちのアイデアが増える。
  Cf. 企業秘密の壁、公開の知識


(4)知識交換の習慣(慣習)

大学はなぜ1000年間社会の知的中心でありえたのか(例外的時期はある)。
  書物の独占(図書館)
  知識の公開、公開討論(ヨーロッパ)

大学の成立(Bologna: 学生が組合(Universita)を作って教師を雇った)
  Cf. 和算の運命 関孝和(Newtonとほぼ同時代に積分学?)
    閉じた小集団化>>知識の閉塞>>実用面でも限界
    最終評価はむずかしい。岩倉具視訪欧団

オープン・ソースという考え方
  RUBYもオープン・ソース
  LINUX Linus Tovalsが基本概念を設計、改善・改良は自由参加。
  Cf. MicrosoftのWindows AppleのiPad

関西文化学術研究都市
  筑波科学研究都市: 政府機関(多)+筑波大学+企業研究所
  学研都市: 公的研究機関(少)+大学+企業研究所(中心)
  ジレンマ:企業秘密の壁が高ければ、立地する意義がない。



関西経済論 第10回 

討論 アイデアが都市のすべてか

2010.8.12 塩沢由典 
都市が新しいアイデアを生み出しやすいことは分かった。
しかし、それで全部だろうか。

[補論]出会いの確率計算 『議論と議題』pp.122-128.
人口100万人の国
 アイデアAをもつ人 2人 アイデアBをもつ人 1人
 人口50万の都市ふたつと人口100万の都市1つとを比べると
 全体の確率はおなじ。  => 出会いの定理 pp.125-6.





需要面ではどうだろうか。






[第3日]

関西経済論 第11回 

都市の規模と事業化の可能性

2010.8.13 塩沢由典 

(1)アイデアが豊かなけで、都市の多様性は説明できるだろうか

都市の経済規模に深く関係した事情が別にある。


(2)需要の規模

商品ごとの需要の規模
  経済学に存在しない問題

従来の需要の理論
  価格が変化すると需要がどう変化するか。
  それも、定性的な観察? そうでなければ価格弾性値の測定。

ロングテール
  クリス・アンダーソン『ロングテール』
    Amazon、ラプソディなどのネット・ジャイアントの調査
    ロングテールを生かせば(生かす仕組みを作れば)、事業規模は拡大できる。
  どのくらい?  状況によっては、無限に?

同一種類のコンテンツ財
  本、(音楽の)曲  これらは冪分布則(power law)にしたがっている。
  Y=B X^(-α) Yは売り上げ順X番目の商品の売り上げ(個数/売上高)

  両対数グラフ Log Y = Log B ? α LogX
  アンダーソンのデータでは、部数1万程度で屈曲。

  α≧1 のとき、取り扱い商品の品目数を増やしていけば、売り上げ高は無限大に。

  ∫_1^∞ Y dX = ?(B/α) X^(1-α) |_1^∞ = ∞ (α≧1 のとき)





(3)冪分布則が成り立つとすると

仮定 どんなビジネスにも、最低限必要な需要規模がある。(収穫逓増)

収穫逓増 D. Warsh 2006 Knowledge and the Wealth of Nations.
  第1部 A. Smithのふたつのたとえ Pin Factory vs. Invisible Hand 
  「矛盾」がある。(新古典派の完全競争を仮定すると)
  なぜ水面下に止まったのか Romer, Krugman, B. Arthur

効果に注目  『原理と議題』pp.133-137.

表2-3 ビジネスとして成立する商品の最大数
指数α↓人口N= 1万人  10万人  100万人   1000万人
0.7       1 26.8 719.6 19307.0
0.8 1    17.7 316.2 5623.4
0.9 1 12.9 166.8 2154.4
1.1 1 8.1 65.7 533.6
1.3 1 5.8 34.5 203.0
1.5 1 4.6 21.5 100

表2-4/5 人口規模ごとのビジネス化しうる1人あたり需要
指数α↓人口N= 1万人  10万人  100万人   1000万人   上限
0.7 1 2.68 7.19 19.30 ∞
0.8 1    1.77 3.16 5.62 ∞
0.9 1    1.29 1.66 2.15 ∞
1.1 1 1.36 1.65  1.89 2.92
1.3 1 1.21 1.34 1.42 1.46
1.5 1 1.14 1.21 1.24 1.26

注: α<1とα>1では、丸めの誤差がとなる。


(4)なぜ大都市には、多様なサービスが成立するのか





関西経済論 第12回 

都市生活と都市の魅力

2010.8.13 塩沢由典 

(1)両大戦間のウィーン

1900年の人口170万人(当時、シカゴと並んで世界第4位)
世紀末ウィーン  クリムト、マーラー、マッハ、フロイト
  ケルゼン(1881-1973) 1906 Ph.D. 1919正教授、憲法起草 1930 Wを離れる。
  シュンペータ(1883-1950) 1906 Ph.D.(under Bohm-Bawerk) 1919-20 財務大臣
    銀行頭取(1924、破産) 1925-32 Bonn大学教授 後Harvard U.教授

第1大戦後 オーストリ・ハンガリー帝国の崩壊 国土1/8、人口1/4
  ウィーン 多数の帰還家族、劣悪な住宅市場、赤いウィーン
社会民主党 Otto Bauer(1881-1938) Austro-Marxism 左右対立が激しい。

知的輝き
  ウィーン学団(1929) Carnap, Hahn, O.Neurath 論理実証主義
    >> K. Popper(Nに反発)、分析哲学(エイヤー)、クワイン
  A.シュッツ 現象論的社会学
  オーストリー学派(第2世代) 社会主義経済計算論争
   ミーゼスのPrivatseminar  会議所の部屋>>Ancora Verde
     ハーバラー、ハイエク、マハループ、モルゲンシュテルン、RosensteinRodan
   ハイエクのGeistkreis
   (K.ポラニー/M.ポラニー) 『大転換』、暗黙知
  K.Mengerの数学コロキュウム ワルト、モルゲンシュテルン、von.ノイマン

ナチズムの勃興(Austrofashism 1934-38)とオーストリー併合(1938)

☆この時期のこの都市の熱さはなんだろうか。
  S.Andreski: 社会に関する認識は、社会を変革しようとする改革派とそれに疑いを
      もつ保守派の熾烈な討論から進む。(Social Sciences as Sorcery 1972)


(2)サンタフェ

人口7万2千人、都市圏人口18万4千人、ニューメキシコ州の州都、古い起源・高い標高
米国の創造都市として有名。 Cf.バルセロナ、ボローニャ

都市景観 20世紀はじめ、スパニッシュ・プエブロ様式の復興・保存
 A.コービン・ヘンダーソン(詩人)・W.ベンハロー・ヘンダーソン(夫、壁画家・SP様式)アメリカ第2の絵画市場 多くの観光客×多くの在住画家・画廊
 ジョージ・オキーフ(1887-1980) オキーフ美術館

作家たちの創造活動
 ウィーター・ピナー(1891-1968) 交友関係 ストラビンスキー、アンセル・アダムズ、   アルダス・ハックスレー、D.H.ロレンス

サンタフェ研究所 マレー・ゲルマン、PH.アンダーソン、所長D.パインズ
 複雑系のメッカ(K, Arrow, Brian Arthur, S.Bowles; Holland, Kaufman, Langton)
 Los Alamosの存在

☆日本にこういう都市は可能か


(3)ライン・ルール大都市圏

ケルン、ドルトムント、エッセン、デュースブルク、デュセルドルフ
Geopolis概念で1000万人、ノルト・ウェストファーレン(最大州)総人口1800万人
比較 フランクフルト580、ハンブルク470、ミュンヘン470、ベルリン430万人
   総所得ではロンドン(8位)とパリ(9位)の中間 

しかし、全体としての存在感をもてていない。


(4)関西にとって考えるべきこと

京阪神堺 千奈姫(和彦)
サンタフェのような町?: 松江、松坂、吉野、田辺、長浜、小浜、宮津、豊岡

個性ある個々の都市
  職住接近、都市間を越える交流、独立意識が強いが現実には?

世界第4位(第3位)の大都市圏としての存在感をもちえているか。
  東京大都市圏のfollowerではないのか。
  同じ文化圏の中の第2都市圏としての問題



関西経済論 第13回 

道州制について

2010.8.13 塩沢由典 

(1)現在日本の閉塞状況

失われた10年・20年、さらに30年?
単なる景気の悪さではない。成長レジームに問題。
  従来のマクロ経済学では解決できない課題。
一番の原因 キャッチアップ時代の終焉、過剰適応/成功の罠
  トップラナー期への転換ができていない。
  中央集権制から頭の切り替えまで


(2)都市が経済発展の単位である。

Jane Jacobsの考え
なぜ都市でなければならないのか。
10万都市、100万都市でなく、なぜ1000万都市が問題になるのか。
都市(社会)の気風


(3)解決策:道州制

道州制とはなにか
  府県の合併ではない。
福井県知事:現在の県で着ないことはない>>国の執行機関とて考えている。
  立法権と財政自主権が基本条件>><<国の法律の規律密度を劇的に下げる。
    基本の精神:自分たちの問題は自分たちで考え解決する。

権限委譲 現在の法体系のもとでの権限委譲では、なにも変わらない。
  執行における解釈権が与えられる程度
  最終的には憲法で、国の関与範囲を限定

財政 徴税権をもつかわりに財政に責任
  中央政府による州間調整に頼らない。
  自立の精神>>経済的自立



(4)幕末の経験

鹿児島藩 調所広郷(1776-1849)
茶道職として出仕、前藩主島津重豪に見出される。
 島津斉興に仕え、1832年家老格、1838年家老
 藩の財政・農政・軍制の改革に取り組む。
 当時の薩摩藩  500万両の借金、破綻寸前
 商人に強要して借金を250年の分割払いに
 琉球を通した貿易
 藩経済の建て直し 5大石橋建設
 斉興派と斉彬派(西郷・大久保)の対立
 斉彬派による調所家圧迫、一家離散に追い込まれる。

長州藩 村田清風(1783-1855)
 1808年毛利斉房の小姓、斉房(9代)から敬親(13代)まで要職を歴任
1839年敬親、清風を登用、藩政改革を推進。藩の借金50万両。
1843年 37カ年賦皆済仕法(藩士の借金救済)、蝋専売を廃止、自由取引制に
 1849年 明倫館拡大 
 批判を受けて退陣、闘病、再登場、反対を受けて挫折。
 改革は、幕末の長州の財産となった。

土佐藩 山之内容堂・吉田東洋
 1931年 山之内豊熙(とよてる)、馬渕嘉平を登用、藩の財政再建に当たらせるも失敗。
 1950年 山之内容堂藩主に。吉田東洋を登用、改革に当たらせる。東洋失脚、復帰。
 上士・下士の対立、土佐勤皇党(盟主:武市半平太)、東洋暗殺。


教訓:救済をまつ姿勢では、解決はない。




関西経済論 第14回 

地域の頭脳機能と議題設定能力

2010.8.13 塩沢由典 

(1)区割り

経済発展の単位にあわせる(都市と都市地域+周辺地域)
人口基準ではなく、大都市圏を中核に


(2)道州制の意義

政策実験
  キャッチアップ期>>中央集権、優秀な官僚による制度導入
  トップラナー期>>目標とすべき成功例なし、試行錯誤
  1つの中央政府
    すべてを賭ける危険、政策が浸透しない
  多くの政府で、試行錯誤

立法権(地方政府の大綱決定)
  国が考え、地方が実施するのでなく、
  地方が考え、地方が自分たちのために実施

政策の自由度
  財政自立なき立法権では、意義のある政策はできない。

政策手段の拡大
  利害がより直接的
  予算がついた政策のみが政策ではない。
  みなで協力する政策 (議会で議論して合意形成する)


(3)なにが必要か

問題設定能力
議題設定能力
政策立案能力



(4)関心の集中

自分たちのことを議論する。


(5)議会

相互討論の習慣


(6)域内の情報流通

マスコミ
  新聞
  放送
  雑誌

Internet

街中の意見交換
  この習慣の確立は、都市機能の活発化にも寄与





関西経済論 第15回 

討論:道州制について

2010.8.13 塩沢由典 






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