書評:植村高久『制度と資本/マルクスから経済秩序へ』御茶の水書房、1997。

当事者視点の導入は、経済学をどこに導くか
マルクス経済学に転換を迫る大構想



塩 沢 由 典(しおざわ・よしのり)



『経済学論集』65(1), 71-93, 1999年4月(東京大学経済学会)

当ページ中、フランス語表記が乱れています。正確には上記雑誌をご覧ください。


目次

1.本書の立つ地点 
2.「メンガー的転換」
3.物象的依存関係
4.端緒とtoujour d?j?
5.貨幣と生成の時間
6.制度の意義
7.定型行動と意思決定
8.多層的調整とゆらぎ
9.残された課題
おわりに
脚注 参考文献

1.本書の立つ地点

『制度と資本』と題する本書は、著者植村高久自身が「はしがき」にもいうように、「マルクス経済学の制度的伝統の中から生まれてきた」(p. 、以下においてページ数のみの引用は、すべて『制度と資本』からのものを意味する)。系統探しをするならば、宇野弘蔵・山口重克・高橋洋児などと繋がる流れの中にある。しかし、これらの固有名の延長上に、本書を予断してはならない。それらの伝統の上に、新しい問題意識と理論への構想をいかに展開するかが、本書の真骨頂だからである。

植村の理論的作業の中心は、「社会的諸関係の所産」である個人というマルクス以来の理論的立場に立ちながら、経済秩序は同時に当事者の行為の所産でもあるというパラドックスとの格闘にある。制度と機能の担い手として捉えられてきた人間の行動を、もう一度、当事者の意識に立ち戻って考察しなおそうというのである。これを著者は「メンガー的転換」と呼んでいる。

植村によれば、このような問題意識の転換に最初に乗り出したのは宇野弘蔵であり、山口重克らがそれを継承・発展させてきた。しかし、「メンガー的転換」という標語を作ったのが著者自身であることから知られるように、このような試みは明確な方法論に裏付けられたものではなかった。本書の最大の貢献は、マルクス以来の関係論的視点・再生産論的視点を生かしつつも、当事者意識を明示的に導入した理論は可能か、という明瞭な議題設定にある。

なぜ当事者意識を問題にしなければならないのか。この点について、納得のいく説明がないように思われるが、この議題設定は重要である。新古典派の均衡理論・方法論的個人主義を取らないひとびとは、今後、この問題に取り組まなければならない。植村は、「本書はなお問題提起にすぎない面がある」(p. )と自戒しているが、今後のマルクス経済学にとって、里程標となるべき達成である。

ただ、本書が現実に里程標となり、セミナルな作品となるには、ひとつの幸運が必要であろう。それは、本書の中身というより、この本を受けとめべき学界の反応である。本書をめぐって、あるいはより一般的に提起された議題をめぐって、今後なされる共同作業、すなわち理論的討論の展開にそれはかかっている。議題の重要さは、疑いえない。ひとびとの関心も、この議題に集中してきている。ただ、日本の経済学は、議題設定の重要さを十分自覚してこなかったし、あたらしい議題を理論の構想にまで育てる経験にも乏しい。このことは、問題の輸入にいそがしい近代経済学の方面ばかりでなく、それに対抗してきたマルクス経済学の潮流についてもいえる。解釈論的な伝統とあいまって、学派を越えた討論の習慣が育っていないからである。

討論が展開されていく可能性はある。マルクス経済学の伝統そのものが変わりつつあるからである。植村がいうように、「社会主義の崩壊によって、マルクスの著作はやっと教義として[の]意義を解除され、祭壇から降ろすことができるようになった」(p. )。このことは、わたし自身にとっては、いくらか信じがたいことではある。80年代末にいたる以前から、ソ連・東欧型の社会主義の出口ない状況はよく分かっていた筈だからだ。旧ソ連や東欧の社会主義放棄にいたるまで、マルクスを聖典として読んできたことこそ、現在のマルクス主義と社会主義の思想的危機を醸成した元凶ではないか。植村のいうように、マルクスはもっと自由に読まれなければならないし、かれの問題設定を越えて、もっと大胆に理論的追及がなされなければならない。植村を含めて、そのような積極的な主張をもつ研究者が出現してきていることには希望がある。

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2.「メンガー的転換」

この書評を『制度と資本』の内容紹介にとどめるつもりはない。提起された議題に踏み込んで、わたしの立場から、討論を仕掛けてみたい。それが植村の議題設定に応えることであり、今後の討論の第一歩を記すことでもあるからである。
「メンガー的転換」という課題は、メンガー自身が目指したものではない。この表現は、制度分析におけるメンガーの切り開いた方法をマルクス経済学に導入することを意味しているが、関係論的視点に立つ経済学に当事者視点を導入するという植村高久の主張とメンガー自身の貢献とのあいだには、ひとつの重要な「ずれ」があるように思われる。「メンガー的転換」という標語を想像するにあたって植村が参考にしたと思われるラングロイスは、メンガーを「新制度派」の守護聖人にたとえているが、それはかれが貨幣や国家の生成を論ずるなかで、「制度それ自体も理論的説明を必要とする社会的現象である」(Langlois、1986、p.5)ことを示したからである。メンガー自身にとっては、個人の主観にたって行動を考察することは、むしろ当然のことであった。しかし、この表現の当否とは別に、「メンガー的転換」という課題が、マルクス経済学および非新古典派諸派に存在することは間違いない。植村は、宇野派の伝統の中から「メンガー的転換」という課題を析出したが、同一の問題意識は、他の潮流の中にもある。

主体の役割の再確認は、レギュラシオン学派の出発点においても、重要な契機であった。リピエッツ(1993)の回想によれば、若きレギュラシオニストたちの出発点は、1968年の転換にあった。かれらは、68年5月の討論の中で、アルチュセールの「反抗する息子」となった。かれらは、アルチュセールの構造主義を高く評価しつつも、それが根本的かつ重大な欠点を抱えていると考えた。構造主義では、「主体の役割は否定され、構造の再生産が全面を支配する」、それは「方法的個人主義のたんなる裏返しにすぎない」というのである(リピエッツ、1993、pp.125-6)。ボワイエ(1989)の整理によれば、内部に対立を含むレギュラシオン理論の一致点のひとつは、「構造主義的マルクス主義の分析における再生産の概念を称揚するとともに、その貧困さを指摘すること」にある(ボワイエ、1989、p.256)。こうした問題意識をもって、かれらは、あたらしい理論的探索に乗り出す。そのとき、導きの糸をなしたのが、個人は生産関係によって単純に決定されているわけではないという認識であった。これは、著者のいう「メンガー的転換」という問題意識に近いものであっ た(1)。

わたし自身も、類似の転換の必要に直面したことがある。わたしは、1972年から経済学を学び始めた。生まれはわたしが10年以上早いが、経済学を学び始めたのは著者とほぼ同時期かやや後であろう。わたし自身の選びとった偶然により、スラッファとアルチュセールとが経済学におけるわたしの出発点となった。スラッファとアルチュセールとは、簡単にいえば「マルクス派構造主義」と一括できる(2)。わたしは、このふたりから構造と再生産の視点を学んだ。この視点から経済をみると、経済は多重に決定された構造(structure surd termin e)であり、その中で動いている人間は、機能の担い手でしかなかった。スラッファの理論は、主体なき経済学といわれるように、経済の構造的な関連の分析理論である。そこでは人間行動の問題は極小にまで抑えられていた。「個人が問題にされるのは、ただ人格が経済的範疇の人格化であり、一定の階級的関係や利害の担い手である限りでのことである」(『資本論』第1巻からの植村の引用)という立場にわたし自身もたっていた。

経済学は経営学ではないのだから、経済の動態が説明できれば人間行動の説明は不必要である。こう正当化しながら考えていたが、人間の入らない経済学にはやはり限界がある。スラッファとアルチュセールの枠組みの上に、行為する人間を理論的にどう扱ってよいか。どう取り入れられたらよいのか。こうした問題が、10年以上わたしの中心的なテーマとなった。わたしも、また、それに気づくことなく、「メンガー的転換」の圏域にいたわけである(3)。

「メンガー的転換」は、再生産・構造の視点から出発する経済学者にとって必要なものであり、植村とともに、理論のより大きな展開のためには必要不可欠なものとわたしは考える。しかし、そこには大きな危険も存在する。「メンガー的転換」がカール・メンガーの方法のマルクス経済学への導入(あるいは、より一般的に、再生産・構造の視点にたつ経済学へのメンガー的方法の導入)であるというなら、「メンガー的転換」がもたらすものは、古典経済学から新古典派経済学への「転換」とどのように差別されるのか。結局おなじであるが、古典経済学からではなく、マルクス経済学を経由するところに意義があるなどと植村は主張しないだろう。もしそうだとするなら、「メンガー的転換」つまり当事者視点の再導入が、新古典派的な方法論的個人主義へと帰着しない理由とそれを理論的に担保するものを提示する義務を植村は負っていよう。

メンガーと他の限界革命ないし新古典派革命の主導者たち(L.ワルラスやW.S.ジェヴォンズ、A.マーシャルたち)との差異は、近年、広く理解されるようになっている。しかし、すくなくとも方法論争におけるメンガーの方法は、かれのいう「精密的方法」(あるいは「精密的方向」ないし「精密的理解」)であり、それをかれは「原子論的方法」とほぼ等しいとおいていたことを忘れることはできない(4)。植村の指摘するように、かれは「原子論的な経済人」を前提とする「精密的方法」によって、かれのいう精密経済学を構想していた(p.44)。もしそれだけなら、「メンガー的転換」という代わりに、植村の目指す方向を「新古典派的転換」とも、「主観主義的転換」ないし「個人主義的転換」とも言いかえうることになろう。「メンガー的転換」がそうした方向とはことなるという種差を明らかにしなければならない。

この肝心の点の説明が『制度と資本』には欠けているように思われる。第2章の流れからみると、植村はメンガーの「有機的」方法が、貨幣、国家、市場などの制度の生成を説明できるところに最大の強みを見いだしているようである(5)。これは後に問題とする制度の理解にも関係する。植村は、この点の補強として、ラングロイスを2度引いて、メンガーが新制度派の創始者と見られてることを強調している(p.41とp.43)。もし植村が「新制度派」に宗旨替えするというならこれでもよいだろうが、そうでなければメンガーの方法のどこが彼自身の積極的に評価する点かを明示的に示すべきであろう。さらにそれに基づいて具体的に理論を展開してみせなければならない。植村は、メンガーの「有機的」方法を制度をも理論の内部で説明することを可能にするものと持ち上げておきながら(pp.45-6)、その直後では有機的方法の「意義は単純ではない」「展開の一面性の問題を残す」とクレームをつけている(p.46)。このような限定の付け方が宇野経済学の伝統には多いが、問題は、既成理論の限界よりも、それを乗り越えるだけの理論展開を実際に成し遂げることである。そのために示唆になるならば、限界は当然あるにしても、そのことを多としなければならない。たぶん、本書全体がそのような試みであると植村は言いたいのだろう。第5章「市場の秩序」の第2節および第7章「制度化された調整過程」には、メンガー的方法の適用らしいところは見られるが、のちに触れるように理論的・方法論的な徹底に欠けているところがある。

「メンガー的転換」が新古典派経済学への単なる転向でないためには、当事者視点の導入を支える理論的枠組みが必要となる。その手掛かりを、植村は、物象的依存関係を中心とする物象化論に求めようとしているが、以下に見るようにかならずしも成功していない。そこには方法論的個人主義と方法論的全体主義とを乗り越える視点が必要なのであるが、その点が植村にはまだ明瞭になっていないように思われる。

植村とほぼ同時期に、わたしも長い漠然とした思索・探索を重ねてきた。その結果、わたし自身がたどりついた結論は、「ミクロ・マクロ・ループ」という標語で両者を統合するという構想であった(6)。著者は、植村高久(1996)において、この語を用いているが、その考えを十分展開するにはいたっていないようである。わたしは植村の議論の難点のいくつかが、ミクロ・マクロ・ループの考えで整理しなおせると思っている。その点の対論も併せながら、各項目についてわたしがどう不満と考えるか、みていこう。紙数関係から、けっして全面的な議論でない。

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3.物象的依存関係

物象化の議論と当事者視点とを並べるとなれば、亡くなった廣松渉を思いださない訳にはいかない。しかし、植村高久は、故意にか、廣松についてなにも語っていない。たしかに、廣松の強調は、当事者意識(fur es) と学知者の見地(fur uns)の混同を戒める点にあったし、その物象化論は、当事者意識における「錯認」を摘発することを中心としている。それは著者のめざす方向=当事者意識の再導入には逆行するものに見えるかもしれない。しかし、当事者・学知者論をヘーゲルの正反合図式にあてはめれば、その区別をさらに一歩進めて社会理論を考えることも不可能ではないし、廣松がそのような野心をもっていたことも否定できない(7)。植村の立場が、当事者意識にたって経済学を組直す必要を提唱するものであるとすれば、それは学知者の見地の純粋化の不可能を主張していることになる。もしそうだとするなら、学知者の見地を純粋化しようとすることにいかなる問題が含まれているか明確にしなければならないし、なぜ当事者意識との再統合を学知の立場からなさねばならないのか説明しなければならない。そのとき、その冗長と韜晦にもかかわらず、廣松は重要な討論相手となる。その議論を十分検討し、批判・克服することの中からあたらしい視野が開けてくるようにわたしには思われる。

植村は、物象化一般ではなく、物象的依存関係についてとくに語っている。第1章「戦略としての物象的依存関係」は、それがマルクスの放棄されざるを得なかった戦略であるというのだが、わたしの議論したい点は、そのようなマルクス解釈の問題ではなく、取引の場面における「物象的依存関係」の植村の解釈である。

植村は、物象的依存関係をたんなる「交換に依存しなければならない物的依存」(p.149)とは考えない。ホルクハイマーとアドルノの応援を得つつ、植村は次のように指摘する。近代以前の世界では、ものには霊的な力が宿っていた。すくなくとも、ひとびとはそう思っていた。「モノの霊的な力」が拭い去られ、ものが客観的な世界の存在となるためには、近代的世界像による「モノ」の除霊が必要だった(pp.148-51)。そのような啓蒙=近代化の過程があって、交換対象である「もの」が、第一に霊をもたない存在となり、第二に所有者の人格から独立なものとして意識されるようになった。そのような世界において物象化は必然のものとなる。植村の指摘は、おそらく正しい。しかし、物象化された交換を脱−人格化された売買とほぼ同一視している点はどうだろうか。

植村は、市場における交換関係の分析にあたって、商品所有者が価格という交換条件を提示し、貨幣所有者がそれに諾否を表明する形式に注目する。「本来は人格的関係にすぎない交換が、この形式では完全に物象化され脱−人格化されうるのである。」(pp.137-8)市場の秩序の分析にあたって、取引のこのような形式を重視することにわたしも賛成する。しかし、これは相手が現金で支払うなら、売り手が買い手の人格(ないし、それに代表される信用の可否)を問いただす必要がない、つまり買い手が匿名であってもよい、ということである。それを脱−人格的な取引ということがてきても、そのことと物象化あるいは物象的依存関係とは独立のことである。

近代の市場経済が取引相手の人格を問わない特徴をもち、それが人格的結合体である共同体の解体に大きな役割を果たしたということはまちがいない。しかし、それは取引の多くの性格のひとつに注目しての立論であって、近代的交換に普遍的な性格でない。現在においても、資金の貸借や延べ払い、信用取引などにおいては、貸手は借手の人格に関する情報を欠くことはできない。商品の品質に不分明なところがある場合には、買い手はブランドをたよりに選択を行うが、これは売り手の人格を信頼してのことである。このことは、市場の複合性として植村自身が強調するところである(pp.228-32)。

取引関係には、人格が重視されるものと重視されないものとがある。匿名的な取引関係には物象的依存関係があり、人格が問題にされる取引には物象的依存関係がないというとしたら、物象化論は矮小されすぎている。両者には、おなじように物的依存関係があり、取引される商品はおなじように除霊化されている。とすると、物的依存と物象的依存とを区別し、当事者意識を問題にするといっても、そこで「物象化」されているものがなんなのか、あるいはどんな事態を指し示そうとしているのか、わたしには分からない。植村が物象化について語ろうとするなら、かれの物象化論を提示する必要がある。

廣松渉の物象化論を避けたことは、植村の本領である「メンガー的転換」の議論を底の浅いものにしている。マルクスとエンゲルスを継承して、廣松が自己の概念として提出する「物象化」の定義は、「学理的省察者の見地にとって(f r uns) 一定の関係規定態であるところの事が、直接当事者意識には(f r es)物象の相で映現すること」となっている(廣松、1983、p.276)。 ここでは、あきらかに当事者意識が考察の対象にされている。それが学知者(つまり、ここでは経済学研究者)の立場の規定と当事者にそのようなものとして意識されていることとの間の「ずれ」が問題になっている。植村にとって、学知者の見地を一方的に押し付けることを承認できないだろうし、そのことにわたしも同意する。しかし、物象的依存関係というマルクスによって放棄された戦略を復元し、それを当事者関係と当事者の役割を理論において復権させようとするなら、事態が当事者にいかに現れるかの学知の立場からの一定の捉え方に対し、当事者視点が学問の構成をどう変えざるをえないのかを解明し、その上で、当事者・学知者関係という固定された関係においては学問的営為は不可能である所以を説明すべきであっただろう。当事者の役割を強調するだけでは、廣松物象化論の枠内にあるにすぎない。当事者行為を考察することが、観察者の立場にたつ再生産論ないし構造論を不可能にさせ、当事者と学知者の対話的理論展開を必然とするところまで踏み込まなければならない。

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4.端緒とtoujours d?j?

植村高久は、しばしば理論の「端緒」や「端緒のカテゴリー」について語っている(8)。この語は、マルクス経済学におけるごく普通の語であるので、植村はとくに意識していないのかもしれない。しかし、理論のはじまりや始めにもってくるべきカテゴリーについて、なにか自然なものないし正当なものがあると考えているとしたら、問題がある。メンガー的転換が方法論的個人主義の密輸入にならないためにも、この議論を省くことはできない。メンガー的転換が、構造が行動を決定するとの見方に対する異議申し立てであるなら、そこに端緒ないし出発点とすべき当事者の判断や決定がありうるかどうかが問われうるからである。

はじめに断っておくと、わたしは理論の構成は円環的ないし螺旋的なものでしかありえないと考えている。しかし、論述しようとすると、それを線状に展開しなければならない。どのように切り取って展開しても、のちに説明しなければならない用語・カテゴリーをもって語り出す以外にない。そこに理論の構成とその論述・展開とのあいだに、構造的な矛盾がある(より正確にいえば、順序を維持しながら写像することの不可能性がある)。そのことに多くのひとはうすうす気が付いている。しかし、論述が便宜的に始められなければならないことの理論構成への深い影響について考察するひとは少ない。だが、この考察を欠いて、当事者行為を持ち込むとなると、方法論的個人主義の罠に陥る可能性はすくなくない。ある所与の特性をもつ個人の行動から全体を構成するという方法論的な傾斜が経済学には強く見られるからである。方法論的個人主義ないし方法論的原子論と方法論的全体主義とに対抗する視点として、わたしがミクロ・マクロ・ループという構造に注目するひとつの理由がそこにある。

問題の所在を明らかにするためには、方法論的個人主義の立場にたつ一般均衡理論の構成から始めるのが分かりやすい。一般均衡理論には、さまざまな理論上の特徴があるが、これまであまり注目されてこなかったものに「ab ovo(たまごから)の構成」がある。この表現をわたしはシュンペーター(1977)から採ったが、その特性をあらわす別の適切な表現があるだろうか(9)。

シュンペーターの『経済発展の理論』は、わたしからみると奇妙な構成になっている。それは第1章に「経済の循環」をおき、「本質的に同じことがくりかえされる」定常的な過程について語っているが、その説明はワルラスの理論に基づいている。直前では「ウィーザーの連続原理」に触れながら、それが仮定する経験の失われた状態を想定し、現在の用語でいえば、当初賦存と選好および技術が与えられるなら、「現存する国民経済の状態」をab ovoに再現することができると主張している(シュンペーター、1977、p.38)。この想定は、もっと洗練された均衡理論であるアローとドブルーの一般均衡モデルにおいても同じである。しかし、過去の行動の記憶を欠いたひとびとが「たまごの状態から」(ab ovo)現状を再建できると考えられるだろうか。シュンペーターは、これを「歴史的な発生ではなく、概念上の再建」(同、p.39)であるとして片付けてしまうのだが、それは当事者の能力をまったく無視するものである。そのような状態は、暗中模索によっても、熟慮によっても、とうてい達成することはできない。このことの不可能性については、消費者の効用最大化の計算時間の問題として、多くの場所で語ってきたからここでは繰り返さない(10)。

シュンペーターが過去にどう考えたかが問題ではない。問題は、このような「ab ovoの構成」を前提とする理論の枠組みがそのまま現在にいたるまで維持されていることである。一般均衡理論を是とするひとびと、つまり新古典派経済学の立場にたつひとびとは、このような構成に難点を認めるのでなく、むしろそれをよいものであるかのごとく扱っている。ab ovoの構成があるおかげで、均衡理論は、前提の一般性を誇示することができる(11)。しかし、そのことの代償として、経済の担い手である人間に無限の視野と計算と意思伝達の能力を仮定しなければならない。それでは、人間主体を持ち込みながら、当事者の行為や能力とまったく無縁のものをつくりあげていることになる。

わたしは、人間は視野・合理性・働きかけの3つにおいて限界をもつ存在だと考えている。もしそのような人間像を想定するなら、一般均衡理論が考えるような「ab ovoの構成」は不可能である。人間は、過去にえられた知識にもとづいて大部分の行動を処理している。制度経済学や進化経済学が前提とする習慣的行動は、このような文脈の中で理論化されなければならない。もし、そうとするなら、これらの経済主体が行為すべくおかれている状況には、おのずと限定されたものとなる。なぜなら、それは過去の経験が知識としてだいぶぶん有効な状況でなければならないからである。そのような状況として、わたしが想定するのが「ゆらぎのある定常過程」である。

ここに、「ミクロ・マクロ・ループ」と呼ぶべき理論上の構造が存在する。ミクロの主体である当事者は、過去の経験といくらかの推論能力を使って、目的追求行動を行っている。なにを目的とし、どのような判断と行動によって、それを行うかは、かれの知識レパートリーや創意によって異なる。しかし、いかに熟慮の結果、行為するにしても、そのような行動は、全体のなかの小部分を占めるにすぎない。大部分(もし数えられるとすれば、たとえば99%)は、過去に獲得された意識的・無意識的な習慣的行動である。純正の決定行為と見られるものでも、意思決定の手続きにまで立ち入れば、たぶん習慣的な思考=ルーティンに依存している(この点については、第8節でもう一度議論する)。他方、マクロの状況は、基本的には同じ事態を繰り替えしながら、個々の変数に関していえば、つねにゆらぎつつ変化している。重要なのは、このような全体過程を駆動しているものが個々の主体の行動であることである。したがって、一定のループが存続しうるためには、ミクロとマクロとのあいだに、ある種の両立条件が要請される。この両立条件が成立しないときには、マクロの経済状況は大きく変動し、主体はあたらしい状況に遅ればせに適応しなければならない。したがって、ミクロ・マクロ・ループは、潜在的には変動の可能性を内包している。しかし、状況がつねに劇的に変化するような世界(シャックルが想定する真にカレイディックな世界)では、有限の能力しかもたない人間には、有効な適応が不可能となる。そのような状況においては、個人的成果においても、経済全体の成果においても、水準の低下を防ぐことはできない。これはミクロ・マクロ・ループがうまく成立していない状態と呼ぶべきであろう。

経済学の歴史においては、ab ovoの構成と対極にある考えがあった。それは、事態の再生産に注目する方法である。それがケネー、リカードウ、マルクス、スラッファ、フォン・ノイマンを結ぶ赤い糸である。リカードウを均衡分析者としてみる見方もあるが、かれが前提としているのは、正常に機能しつつある経済である。そこにはab ovoの構成という虚構はない。均衡条件の追求と見られる分析は、事態の再生産条件を確定していたのである。事態の再生産という見方を拡大して、習慣的行動がおりなす自生的秩序という考えにまで範囲を広げれば、スミスとハイエクをも、このグループに入れることができる。

経済過程へのこのアプローチの理論的な時間構造は、一般均衡理論のab ovoの構成とは、まったく異なっている。それは「 toujours daja つねにすでに)の構造」である(12)。この見方によれば、経済過程はいかなる時点をとろうと、すでにそれ以前の状態を与件としている。人間は、つねにすでに所与の構造化された全体の中にあって、過去と未来のはざまで行為している。過程には、終わりがないと同様に始めもない。このことは、過程の中で行為する当事者にとって真であるばかりでなく、それを分析する理論家にとっても、理論的構成の前提として考慮しなければならないことである。一般均衡理論のように、学知者がかってに出発点を置くことは、それが当事者の視点を無視するだけでなく、理論の構造そのものを歪曲している。

経済のab ovoの構成が可能とみるか、それともそれを不可能とみるかは、たんにアカデミックな論争の主題に止まらない。1989年の東欧民主化革命と91年のソ連解体の結果、市場経済への移行が課題になったとき、その路線を巡ってするどい対立が起こったが、それは理論的にはこの問題に帰着する。それはまた制度の意義をどう見るかの対立にも関係している。その点については、第6節で主題的に考察する。

学問にとって、つねにすでにの構造は、たんなる時間順序に止まらない。諸概念の体系にも、つねにすでに所与の構造化された全体を仮定することにおいてしか、核となる概念を導入することはできない。したがって、それらの構造は、全体として一挙に形成される以外にない。しかし、学問の論述の構造は、それを許さない。なぜなら、つねにそれは線状の順序においてしか、展開できないからである。『経済学批判序説』においてマルクスが「すでに所与の具体的な生きている全体」に言及し、そのようなものを前提とすることにおいてしか、単純なカテゴリーの導入ができないとしているのは、このような事情を考慮したものと推定される。植村の端緒にかんする議論は、出発点においてどんなカテゴリーを設定したらよいかという問題意識に限定されている。それでは、理論の構成とその難点を明らかにすることはできない。

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5.貨幣と生成の時間

『制度と資本』の第4章「貨幣に≪折りたたまれた≫世界」において、植村はことのほか雄弁である。引かれている文献の著者名を拾ってみるだけでもそのことはよくわかる。

第1節でのマルクスに続き、第2節「物象的依存における貨幣」以降に取り上げられている著者は、アドルノとホルクハイマー、ジンメル、デュルケーム、ギデンス、ブルデュー、カストリアディス、などである。貨幣について語った主要な社会科学者・思想家たちを渉猟し尽くしているといってもよいだろう。しかし、すぐ気がつくように、これらの名前には経済学者がない。これはいったい何を意味するのであろうか。

表題が示す通り、この章は「貨幣に≪折りたたまれた≫世界」を語っているので、貨幣自体を語っているのでないというなら、それはそれでいい。結論部分で指摘しているように、「近代的人間は、計画的時間管理と不確実性の意識という直接に矛盾した時間意識の下に生きている」(p.185)ことを示したいというなら、成功しているといってもよい。貨幣という一事物を手掛かりにして、そこから長い長い話を紡ぎ出すことはできる。現在においてそれを行おうとすれば、それは必然的に近代社会を語ることになろう。しかし、これが「当事者世界の秩序を体現する中心的な制度としての貨幣」(p. )の考察であるとするなら、いささか不満が残る。第4章第2節以降に語られているのは、貨幣を中心的制度とする近代世界における人間意識の現象学であって、それがいくら重要で興味深いものであっても、それでは貨幣を分析したことにも、貨幣を語ったことにもならないであろう。あえていえば、それは貨幣を手掛かりにして別のなにかを語っているのである。それがたとえいくら重要な社会に関する考察であろうと、そのことによって、貨幣が市場経済のなかでいかなる働きをしているのかという分析に代えることはできない。

もうひとつの不満は、メンガーが「貨幣の理論」と題する110ページ、400字詰め280枚の長い論説(メンガー、1984、第9章)を書いているのに、著者がそれと正面取り組んでいないことである。「メンガー的転換」が制度研究においてメンガーの切り開いた方法に範をとるものなら、メンガーの晩年の苦心の作品を著者がどう読むのかは、読者の関心の高いところであろう。そればかりではない。植村は、本書刊行の直前の論文(植村高久、1986)においては、「当事者による方法の可能性を掘り出して再構成しようとした」宇野弘蔵の「メンガー的転換」の核心部分として、メンガーによる貨幣の「有機的」生成論を挙げている(植村、1986、p.38)。しかし、宇野とメンガーの「近似」を語るだけでは十分でない。メンガー自身の達成と「メンガー的転換」後のマルクス経済学の達成との比較がぜひとも必要であろう。

第4章第1節「貨幣像の再構成」には、マルクスの価値形態論が取り上げられている。第5章第2節には、価値形態論の領域の植村による「読み替え」の試みがある。植村が、これらの箇所で価値形態論を展開しようとしていないこと、むしろそのような展開自体に問題を感じていることは理解できる。マルクス自身やその後に展開された価値形態論には、議題設定そのものにおけるある根本的な誤謬がある。中間形態をどうとろうとも、「単純な価値形態」(物々交換)と「貨幣形態」(貨幣による交換)とが共時的に成立することはありえないことである。マルクス経済学には、論理説と歴史=論理説の対立というやかましい議論のあったことは知っているが、そのどちらの立場に立とうとも、すくなくとも物々交換と貨幣による交換(正確には貨幣と他の商品との交換が一般的である経済における交換)とが別の歴史時代(あるいは論理的時代)のことであることは、きちんと断るべき筋の話であろう。

わたし現代経済を対象とする理論経済学では、あえて貨幣の生成を議論する必要はないと考えている。それは資本主義的市場経済と同じように「すでに所与のもの」として、すなわち「すでに成立したもの」として受け取っておけばよいし、そのようにしてしか現代経済の理論的分析をはじめることはできない。しかし、知的興味から、あるいは将来にむけて新しい制度の形成を考察する一助として、過去の貨幣の生成を論じたいなら、それなりの舞台設定をして議論すべきであろう。その点からみると、メンガーの「貨幣の理論」は、おなじ貨幣の生成を扱っても、はるかに明晰である。

メンガーは、まず、「貨幣の起源にかんする理論的な研究は、自己充足的な自然経済から、媒介なしの交換交易をともなった自然経済に(実物的な交換取引に)すでに移行している発展段階の人間社会からとりかからねばならない」(メンガー、1984、p.382)と舞台を設定する。その上で、かれは、このような物々交換の市場における交易の諸困難を指摘し、そのような経済においてひとびとがとる対応として、しばしばより市場性に富んだ商品を媒介とする交換に訴えることを指摘する。商品の違いによる市場性の差異があり、ひとびとがより市場性の高い商品を求める傾向が形成されると、自己強化的な過程により、もっとも市場性に富む商品が発見される。この発見がひとびとに一般的に認識され、受け入れられるとこの商品は、まさにそのことにより他から隔絶した市場性をもつ商品となり、一般的に通用する交換手段となる。こうなると、直接的な交換はほとんど不可能となり、商品の交換を目指すものはまず、手持ちの商品をまず一般的に通用する交換手段に替えることを余儀なくされるようになる。貨幣とは、このような地位を獲得した商品であると、メンガーはいう。

メンガーの話は、貨幣の生成にとどまらない。より重要な部分は、貨幣が成立した後に貨幣がそれが貨幣であるがために獲得することになる諸機能がいかに派生し、社会制度として定着していくか、の論述である。かれはまた、貨幣の成立が「価格形成に及ぼす影響」について、それ以前と比較する形で議論している(メンガー、1984、pp.400-3)。かれは、現実の歴史を考慮に入れながらも、論述の限りでは、普遍的な変化の論理を明らかにする形でこれらの議論を展開している。そのかぎりで、この考察をもまた、「理論的」と呼ぶことができよう。しかし、留意しておかなければならないことは、これは通時的な変化傾向ないしは二つの共時的世界の比較にかんする考察であり、基本的にはある一定の制度システムを前提とするひとつの共時的な分析とは区別されなければならない。植村は価値形態論がマルクスの中で「かなり異質な論理構造をもっている」(p.120)ことに気づいている。しかし、それがなぜであるかについてまでは考え切れていないように思われる。従来の価値形態論は、わたしにいわせれば、共時(synchronic)・通時(diachronic)の区別もなく、ただ時間的錯誤の中で生成を論じている点で、時間錯誤的(anachronic)と表現すべき性格のものである。「メンガー的転換」を説く以上、それを経過した経済学は、すくなくともメンガー自身が行いえた時間の理論的設定よりも錯誤の少ないものでなければならないだろう。

すでに触れた第5章第2節「市場の機軸的制度」において、植村は、貨幣の生成と売買の構造とを取り上げている。節の冒頭に断られている通り、これは宇野理論で「価値形態論」と呼ばれてきた領域を「読み替えることを試み」たものである。それがいわゆる価値形態論の伝統からかなり離れたものであることをわたしは歓迎する。「情報発信活動」や売買の「情報構造」に着目した点など、興味深い考察が含まれている。それにもかかわらず、この節の記述は、論述の前提とする時間設定に無反省的であり、どのような時間経過のなかで議論が展開されているのか、判然としない。繰り返しになるが、「メンガー的転換」の範例はメンガーの貨幣生成論にあったはずである。しかし、第5章第2節の議論は、メンガー後の議論とは考えにくい理論上の時間構造を維持している。

植村の著作そのものからはやや離れるが、植村自身も無意識にその習慣の中にあるひとつの考えについて触れておきたい。わたしの観察では、マルクス経済学者のかなり多数がこの習慣に染まっている。それは、経済学の書物の冒頭に貨幣を議論しなければならないという思考習慣である。このとき、貨幣の理論として、主張者がなにを意味しているのかが明確でないのだが、貨幣の起源・価値形態・貨幣物神などといったテーマが考えられているようである。けっきょく『資本論』第1巻第1章が原型となっているのであろうか。植村の第4章も、冒頭にはおかれていないが、類似の構成になっている。主として方法論的な論議の冒頭3章に次いで、第5章以降で市場の秩序を語るに以前に、貨幣にかんする一章が設けられているからである。「メンガー的転換」を正面から掲げてマルクス経済学の伝統に挑戦している著者にしては、やや安易な伝統への妥協ではないだろうか。

わたしは、経済学の叙述の(すくなくとも、学校経済学の講義体系の)かなり早い部分で貨幣の理論を展開することは、ほとんど不可能ではないかと考えている。もちろん、冒頭から、貨幣による交換という事態を想定しなければならない。その意味では貨幣の概念ははじめから必要である。貨幣が一般的交換手段であり、ほとんどすべての交換が貨幣と他の商品との交換という形態をとることを注意する必要はある。さらに、貨幣の働きを語ることは、入門としては、まず、貨幣による交換を語ることだから、貨幣による交換について論述していくことで、貨幣について語っていることにはなる。しかし、それは貨幣を主題的に取り上げることではない。経済過程のほとんどすべての部面に貨幣による交換が介在している以上、市場経済における貨幣の働きについて、主題的にまた総括的に語るには、一定の経済学体系の展開を前提としなければならない。その場所に定位置があるわけではないだろうが、教科書でいえば、かなり後の方にならざるをえない。そのことが貨幣の重要性を否定することになるわけでもない。冒頭貨幣論を唱える人達は、たとえてみれば、物理学の講義体系の最初に量子力学をおこうとするようなものであろう。貨幣の理論は、それだけ、難しくもあり、前提的知識をも必要とするものではないだろうか。

貨幣の理論として、なにを取りあげるかも、重要である。貨幣による交換の諸側面について説明したあとであるから、まとめとして、貨幣が一般的交換価値であること、価値尺度として機能すること、売りと買いとを切り離していること、それらの派生的な機能として、価値保蔵機能や(債務の)支払い機能があること、消費貸借の主要な対象となっていること、などを指摘する必要があるだろう。付録的には、貨幣制度の歴史の叙述もありうる。しかし、これはあくまで貨幣の機能と歴史の総括であって、貨幣の理論本体とはいいにくい。では、いったい固有の意味で「貨幣の理論」というべきものは何であろうか。

貨幣がある種の「主導権」をもって引き起こす諸現象、たとえば信用の拡大・収縮による景気の変動や、貨幣総量の膨張によるインフレーションなどは、その候補になりえよう。それは景気変動論やインフレーション理論だというなら、それでもいいが、固有の貨幣の理論の領域はそれだけ狭くなる。このような分析の前提として、貨幣の社会的な必要量が制度や慣習の変化により、どのように変化するかといった考察は必要であろう。残る分野は、貨幣の消費貸借とその対価としての利子にかんする理論(つまり資金貸付の価格理論)および銀行制度を媒介とする貨幣の創造機能とその効果にかんする分析ということになる。それらは信用論や金融論に属すると考えることもできる。もしそうなら、「貨幣の理論」という固有の領域はほとんどないことになろう。現代経済を対象とする経済学においては、そのすべてが貨幣的でなければならないという主張は正当であるが、ある一部に「貨幣の理論」という固有の領域があるとする考えは根拠に乏しい。

貨幣の理論が、金融論・景気変動論・インフレーション理論などに分画されて議論されることは悪いことではない。問題は、そのような全体像と貨幣理論への取り組みなしに、価値形態について議論することでなにか貨幣について語ったかのごとき思い込みに陥ることである。植村高久は、そのような錯覚から自由であるが、いまだそのような発想で理論を考えようとしている人達に対し、十分明確な論点を突き付けていない。

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6.制度の意義

マルクス経済学の伝統を革新し、あらたな経済学の方向を打ち出すこと、これが植村高久の意図するところであろう。その議論において、「制度」はとくに重要なカテゴリーである。当然ながら、当事者の行為と制度との関係をどう捉えるかが制度論のまず最初の論点となる。この点については、植村は明快である。はしがきには、こう宣言されている。

「経済秩序を支えるミクロ的な要素としての経済行為は、行為を枠づける具体的制度とワンセットで捉えられなければほとんど無意味になる。これが私の基本的な立場である。」(p. )

ところで、その制度とはどんなものであろうか。はしがきには「制度という言葉はあいまいで多様な含意があるが、本書では行為の具体的な枠組みという意味で用いている」(p. )とあり、さらに第3章「制度と経済合理性」の導入部では、次のように性格づけられている。

「ここで<制度>と呼ぶものは、さしあたり当事者の行動の相互関係から生み出され る習慣やルールが特定のパターンに結晶したものを指すとしておく。当事者の行為 は制度の中で行われる。そのさい制度は、行為の制約となるというよりも、行為を 実行可能にし、さまざまな障害を除去して容易化する役割を果たす。つまり制度が あることによって、ある行為が他者に意味を取り違えられることなく伝わり、また 他者に一定の反応を作り出すことにもなるのである。」(p.84)

制度を繰り返された行動の固定化されたものという理解は、ひろく受け入れられている伝統である。ただ、制度を行為ないし行動のパターンとしてのみ捉えられるかという点には、議論の余地がある。たとえば、貨幣を経済制度というとき、それを「習慣やルールが特定のパターンに結晶化したもの」ということには、かなりの無理があろう。貨幣は、人間の経済行為の可能な範囲を限定するものであり、慣習的なものであろうと、法制化されたものであろう、社会におけるある種の物質的存在性をもっている。貨幣による交換という経済行為が習慣的なものといえても、それは貨幣そのものとは区別されるべきではないだろうか。植村のいう通り、制度には多様な含意があり、ひとつの定義・性格づけでは、経済学でつうじょう「制度」呼ばれているものを過不足なく表現することはなかなか難しい。わたしは、かつて制度を@定型行動、A機関、B秩序形成者の3つの複合したものと考えることを提案したことがある(塩沢、1996)。その提案にこだわるつもりはない。しかし、「制度とはなにか」という点については、もっと活発な議論があってよいのではないかと考える。さいきん制度についての議論が経済学の多くの分野でなされている現状からも、そのことを強調しておきたい。以下では、植村の定義にそって、「定型行動としての制度」を中心として議論する。日本語でつうじょう「制度」と呼ばれているものよりも、これらはむしろ「習慣」とか「ルーティン」といった概念に近いことを断っておきたい。ただし、メンガーが考える制度は貨幣を典型としたものであり、この点でも、メンガーと植村との間に、ややことなる方向性が見られることを確認しておかなければならない。

植村による「制度」の性格付けには、ひとつの重要な視点が提出されている。それは、「制度は、行為の制約となるというよりも、行為を実行可能にし、さまざまな障害を除去して容易化する役割を果たす。」という制度の捉え方である。最近では、新古典派経済学(あるいは、それに新たな装いを施した、竹田茂夫(1998)のいう「新古典派マークU」)も、制度について議論するようになってきている(13)。したがって、かつてのように制度を議論しているかどうかで新古典派とそうでない経済学の種差を語ることはできない。しかし、制度の性格とその意義については、両者の間の理解の差はいまだ大きいと考えている。そのひとつの要点が、制度をたんなる行動の制約と見なすのか、そうでないのか、という対立である。植村は、この対立を意識してか、制度の「行為を実行可能にし、さまざまな障害を除去して容易化する役割」をきちんと指摘している。

わたしも、そのような視点の違いを重要なものと考えている。比較経済体制学会の第34回大会での特別報告(招待講演)で、わたしは「制度研究における複雑さの視点」と題する報告を行ったが、第1節「制度をみる二つの視点」において、「制度をみる視点も多様でありうるが、大別して次の対立が見られる」として、次の2項目を掲げている(塩沢、1994b)。

@経済は主体の行動により形成され、諸制度はそらの行動の制約条件として外生的に与えられたものである。制度の励行の度合いは、その強制にかける社会の費用に依存する。

A制度的なものは、自然発生的に形成される秩序のなかで、選択的に開示されたものであり、主体の行動可能性を拡張するものとして積極的な意義をもつ。

すでに触れたごとく、新古典派が制度を考慮しようとするときには、おおむね@の立場を取っている。これは個人的な見解というより、一般均衡理論の枠組みそのものが@の立場しか許容しないからである。これに対して、Aは、主体の最適行動を分析の最終単位(方法上の原子)とすることに反対し、新古典派に異議を唱える立場である。

二つの見方の違いは、たんに理論上の見解の相違にとどまらない。この二つは、経済の発展や市場経済への移行にかんする大きく対立する二つの立場の理論的集約ともなっている。対立軸のはっきりしている旧社会主義国の市場経済への移行にかんする戦略問題を例にとろう。この問題では、呼称はあまり適切ではないが、つうじょう、「急進主義」と「漸進主義」の二つの立場があるとされている。

前者は、市場経済を機能させるには、マクロの通貨政策さえ誤らなければ(したがって、高いインフレーションをもたらすようなことがなければ)、市場経済は短い期間で自然に機能するようになる、それを阻害するのは、旧制度から引き継いださまざまな規制の生であるから、それらを一挙に無効にし、再出発しなおせばよい、という主張である。これは、すでに議論した対立項でいえば、市場経済は、資源や技術などか与えられれば、ab ovoに構成するすることが可能である、という考え方、一般均衡理論の考え方である。

これに対して、後者は、経済は、長い多くの発見と学習の結果、序々にその成果を高めていくものであり、いかなるものでも、一挙に大きく変わりえない、もしそのようなことを強行すれば、経済は各所で不適応を起こし、成果は全般的に低下し、早急には立ち直れない、と考える。これは、経済の理論像としては、経済はつねにすでに(toujours d j )所与の過程であるとい見方である。

制度をめぐる二つの見方の違いは、理論が想定すべき経済の時間的構造にかんする見方の違いでもある。IMFに代表される急進的かつ強行的な移行論は、市場経済がab ovoに構成可能であると考えていた。このグループは、社会主義的諸制度を撤廃すれば、市場経済は急速にかつ高い成果をもって立ち上がると考えていた。漸進的な移行を主張した論者のなかには、たんに市場経済化に抵抗するための考えの人も含まれているが、市場経済への移行を真剣に望むがゆえにそう主張したひとたちもいた。後者の理論家にとって、市場経済は、基本的に慣習的なものであり、それが優れた成果をもたらすためには、ひとびの学習と行動の進化、それに新しい経済循環の形成とが必要であった。

1990年以降の旧東ヨーロッパの市場経済への移行=経済改革は、ある意味でこの二つの路線、二つの理解対立の実験場となった。ただ、その実験結果の評価・判定はかならずしも明確でない。はっきりと第1の立場をとって短期に成功した国としてポーランドがあるが、同じ路線をとろうとしてうまく行かない国としてロシアがある。他方、第2の立場を明確にとった東ヨーロッパ諸国はすくない。改革の遅れは、主として既得権益の保守行動や急激な変化に対する社会的な抵抗などによって、急激な改革が難しかった国が多い。ただ、1989年の民主化革命以前の1970年代から、市場経済化を進めてきた国としてはハンガリーがあるが、その判読は難しい。1970年代・80年代の成果はいっぱんに高いといえるが、1990年代の成果は、成長率などでみるかぎりポーランドより高いとはいえない。他方、社会主義体制を維持しながら、「漸進主義」の市場経済化を行って成功した国として中国がある。中国は、いまだ内部にさまざまな構造的難問を抱えているとはいえ、改革・開放路線採用後の経済成果は驚くほど高い。このように、結果は、かならずしも一方的ではない。しかし、「ショック療法」と呼ばれた急進路線をとって成功したポーランドの場合でも、移行直後の落ち込みは大きかったし、94年以降5%を越える経済成長も、その牽引車となっているのは、民営化された旧国営企業ではなく、個人企業がおおい。その担い手は、共産主義化以前の世代と20歳代の若者であり、共産党支配の経験の短さが成功のおおきな要因と言われている(14)。国民のかなりのパーセントに市場経済の記憶が残っていたことがプラスに働いているのであり、その意味では「漸進主義」の理論的立場を確認するものとなっている。

途上国の経済発展戦略においては、移行国の戦略問題ほど対立は鮮明に現れていないが、80年代のIMFに代表される各国一律に規制緩和・自由化を押し付ける市場重視路線と、各国の発展段階に応じて国家の適切な介入を主張する路線との対立には根深いものがある。これも、市場経済がいかに形成・発展していくかに関する理論的・歴史的描像の対立を引き起こしている。

上に整理した制度に関する二つの見方の対立は、規制緩和をめぐる最近の議論にも連結している。@の立場を取れば、制約はなるべく少ない方が成果は高くなる。規制緩和を景気回復に役立てようという、短絡した考えもねその背後にこのような制度観があると見てよいであろう。これに対し、Aの立場に立てば、制度あるいはより広く制度的なものは、かならずしも行動の制約ではなく、その可能性を開示するものでもある。形式的な法制度と慣習的反応としてひとびとの行動に表現される実際の制度(これをAでは、「制度的なもの」と言っている)との間には、大きな乖離があり、経済の成果を決めるものは、前者ではなく、後者である。Aの立場では、習慣や行動規則は、じっさいの経済過程の中で発見・獲得されていくものであり、そこには必然的に長い学習過程が必要となる。

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7.定型行動と意思決定

このように、制度をどう捉えるかは、たんに理論上の構想の問題にとどまらない、経済政策の戦略的対立に関係する重大な差異である。植村高久が、この点において、明確にAの立場における理解を示していることを歓迎したい。しかし、このような理解を示した植村の第3章における実際の展開が制度の理解をめぐる以上の種差を理論的に明確にするものになっていないのは残念である。

このような結果は、植村の論考スタイルにも関係していると思われる。第3章は、バーガーとルックマンの制度化論の紹介(第1節)を、ウェーバーの目的合理性論(第2節1項)を媒介に、サイモンの人間行動論(第2節2項以降)へと展開する構成をとっている。それぞれの著者に即してけっして的の外れた紹介ではないが、「当事者の行動の相互関係から生み出される習慣やルールが特定のパターンに結晶したもの」として、植村自身がどんな具体例をもって思考しているか、なぜそのような習慣化やルール形成がなされるのか、それはどのような状況のもとで有効性をもちうるのか、といった制度にかんする理論的取り組みの成果があまり感じられないのである。第4章でも似たような印象をもつのだが、さまざまな論者の議論の紹介を繋げていくことから、著者自身の考えを推定してほしいというのは、読む者に負担をかけすぎていないだろうか。どんな小さな具体的事例(理論的に具体的な事例)であってもいいから、そういうものを提出して、それについて議論を展開してほしいとおもう。

バーガーとルックマンの『現実の社会的構成』(バーガーとルックマン、1979)は、塩沢(1998、p.115)にも触れたように、わたし自身にとっても、さまざまな発想の源となっている。しかし、この本は、社会的に構成された現実(したがって、社会にすでに制度化されている現実)を新しく生まれてきた人間が「社会化」を通して受け入れていく過程に焦点が当てられている(15)。したがって、たとえば、メンガーが貨幣の生成について論じたような、歴史経過の中で社会があたらしい制度を発見・形成していく過程(16)が語られていないではないが、その範例的事例がロビンソン物語から取られているように、複数の人間の相互の役割理解の形成が中心になっている。しかし、ここには、残念ながら、習慣化・とパタン化にあたって考察された意思決定(decision making)の側面がほとんど消失している(17)。社会学理論としては、それでもよいであろうが、人間の経済行為をある種の目的行動と捉えるときには、あるいは当事者の視点から行為の選択を見ようとするときには、この「消失」は重大な欠陥になってあらわれる。

経済行為は、法的ないし社会的に規制された範囲で一義的に定まるものではない。そこに、なんらかの意思決定の必要あるいは選択の余地がある。したがって、そこに意思決定の必要と意志決定時間の節約という避けては通れない問題が発生する。このとき、人間は、新古典派が問うことのない配分問題に直面する。それは意志決定に要する時間の配分である。経営の現場では、ミンツバーグが報告するように、ひとりのマネジャーや職長は、毎日あふれるような数の決定すべき問題に取り囲まれている(ミンツバーグ、1993、pp.53-9)。習慣やルーティンは、その選択的事態に、既製の回答を与えるところに意義がある(18)。習慣化が「それらすべての決定」の労苦から個人を解放してくれる。ゲーレンを引きつつ、バーガーとルックマンが指摘するように、人間は、そのような背景のもとでのみ、人間は熟慮や革新のための前進基地を確保できる。これこそが、サイモンやマーチが強調する注意の配分問題であり、ひいては合理性の限界の問題なのである。ところが、植村の解説では、このような論理的脈絡が抜け落ちており、それをつなぐものとしてあまり適切とは思えないウェーバーが動員されている。植村は、経済学的考察を行うにあたって社会学の成果に頼り過ぎていないだろうか。その広い視野はすばらしいが、それで経済学固有の考察がおろそかになっては本末転倒である。

目的追求型の行動は、行為の決定にどのくらいの意思決定資源(主として思考・検討の時間、その必要に応じて情報収集が行われる)を動員できるかによって、その性格がことなってくる。資源が十分かけられるなら、行為の開始にさきだって比較的長い熟慮された意思決定過程が入る。資源をほとんどかけることができないなら、状況の定義に応じて、定型的でほとんど反射的な決定がなされる。G.カトーナは、これらを「純正の決定」と「習慣的行動」と呼び(Katona, 1963,p.49)、H.A.サイモンは、熟慮−選択型行動と刺激−反応型行動と呼んで分類している(サイモン、1989、pp.113-4)が、趣旨は同じことである。

経済学にとっての問題は、ほとんどの決定問題には、ほとんど資源をかけることができないという事態の帰結にある。新古典派経済学は、選択・意思決定の場面に注目して、人間が目的追求行動を行う以上、目標にかんして最適な選択・決定を行っていると想定した。不確実な状況をふくむすべての決定問題において、人間は最適化を行っているというのが新古典派経済学の指導理念である。しかし、この仮定が成立するためには、すべての決定問題において、最適解を発見するにたる十分な資源(とくに計算時間)をかけられるということが前提されなければならない。ところが、この前提はほとんど成立しない。それがミンツバーグの報告するマネジャーの姿であり、わたしが消費者の効用最大化計算について考察したことであり、ふるくはゲーレンが負担免除の問題として考えてきたことである。もしほとんどの決定問題において、最大化・最適化を行うに十分な時間資源を取れないなら、それらは別の方策によって処理されなけれはならない。これがわたしのいう定型行動であり、サイモンの刺激−反応型行動であり、カトーナの習慣的行動である。企業内の業務であれ、個人の消費者としての行動であれ、ほとんどは定型的・習慣的な行動から成り立っていると考える必要がある。植村の定義によるならば、行動の大部分は「制度化」されているのである。

植村の制度論では、制度を重要視するあまり、制度の全般性・全面性(人間の活動のあらゆる場面に制度が浸透していること)が自明のものとされている。そのことで、かえって欠けるところが生まれているのではないか。制度的なものに頼らざるを得ない部分と、制度化可能であり、現にある種の制度が現存しながら、それに頼らず新たな創意・工夫・熟慮が必要とされる部面との仕分けがどのように起こるか、理論の問題として十分考えられていない。植村が関心をもって考えている制度を進化させていくものが何であり、そのメカニズムがどうあるのかという問題とともに、制度的なもので覆い切れない場面はなにかという問題もが存在しているとわたしには思われる。

植村の制度論においてもうひとつ注文をつけたい点は、以上のような習慣論の系譜を引く制度論とは別に、メンガーが貨幣や、国家などの社会制度の生成に当たって考察したような、自己組織化ないし自己強化過程の結果として生まれてくる制度との関連である。植村は、両者の差異に触れていないが、意思決定に欠ける資源の節約の必要から生まれるルーティンないし定型行動としての制度と、むしろ当事者にとって外在的であるが、その利用を忌避することができないがゆえに社会的に強化されていく制度とは、制度の性格としても、その生成ないし出現の機構が違うのではないかと考えられる。わたし自身も、そのことをいままで考えたことがなかったが、本書における植村の中核的主張が「メンガー的転換」であってみれば、ぜひともその点も考えてみたい論点である。

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8.多層的調整とゆらぎ

これまで、主として、「メンガー的転換」とそれにからまる方法論上の疑問点ないし問題点を議論してきた。経済学が、このような方法論で終わって良いわけではありえない。具体的に、どのような経済分析を行つていくかにかんする構想についても議論しておく必要があろう。

このような分析は、本書では、第5章以下の3章でなされている。これらの諸章にかんする大きな異論はない。むしろ、研究プログラムとして、共通の場ができあがりつつあることを喜びたい。市場を基本的に時間的経過のなかにある過程として分析しようとする点、市場における交換の典型を相対あいたい取引とみる視点、売りと買いの間にある基本的非対称性に留意する分析、市場の調整を価格の変化のみに求めない構成など、わたし自身もほぼ同じような枠組みで考えている(19)。このような一致のなかで、今後の研究計画として重要になると思われるのは、西部忠(1996)が「多層的調整」とよんだ調整のメカニズムであろう。わたしも、類似の構想を、塩沢(1990)第1章で提示したことがある。 植村博恭(1997)も、市場的調整と制度的調整の複合性・重層性・多段階性・累積性に注目する分析を始めている(20)。

本書第6章も、ほぼ同様の観点から、価格調節が均衡理論で考えるようには機能しえない場合を考察している。植村高久によれば、これらは従来、資本循環論として考察されてきたことであるが、当事者視点が弱かったため、十分な展開を遂げなかったものである。それを植村は、「競争論的に読み替える」という作業を通して理論的な具体化を図ろうとしている(p.258)。そこで、中心的に分析されるのは、植村のいう「構造的調整」である。その特徴は、「資本家の当事者意識を媒介にしてはいるが、(・・・)裁量的・積極的な活動ではなく、むしろ物象的制約に対する非常に簡単な適応行動だという点にある」と植村はいう(p.260)。「資本家の恣意の介入する余地が小さい」ことをもって「構造的」と呼ぶらしいのだが(p.277)、あまりよく分からない理由である。植村の考える「構造的調整」の典型は、資金繰りの困難からおこる生産停止ないし倒産という資本家の有無をいわせぬ過程の冷徹さなのであろう。「貨幣という物象が再生産を制動する<スイッチ>となっている」(p.265) 側面への注目としては的を得た表現であるが、それですべての数量的調整が代表されるわけではない。製品在庫をもって、注文のある都度、製品を売り渡すというのも、売れ行きの推移を見ながら、稼働率を調節するのも、また将来の売れ行き増大を見越して生産容量を増強するというのも、「資本家の恣意の介入する余地」は大きいが、そのような行動が自分自身に損であることを学んだ結果、(刺激から決定・実施にいたる)定型的な行動が選別・採用されているのである。その行動(より正確には、行動を導く判断)が多分に「半自動的・機械的」(p. )で無反省的であるからといって、判断の余地の小さな調整であるとは言えないであろう。しかし、在庫・稼働率・生産容量という三つの変数の調節のさらに上位に、企業の存続が倒産かという状態の切り替え(スイッチ)が資本家の有無を言わせぬ形で存在しているという指摘は重要であり、あたらしい視野を切り開くものとなっている。

均衡によってではなく、過不足の調節という「簡単な仕組み」によって市場が支えられているという植村の「市場経済の秩序像」に全面的に賛成したい。多層的調整という研究計画も、この大きな構想のる植村の展開におおむね賛成できる。数量的調節の個々の論点についても、それが論じられている限りでは、異論はすくない(21)。しかし、それが明示的に議論されていないところで、植村の展開には、いくつかの問題がある。

第一は、在庫の役割に関係する。植村は、在庫の役割を生産量の即座の拡大を可能にする「余裕」=予備機能のみに限定して議論している。そのような役割はもちろんあるが、在庫の機能をそれに限定してしまっては、不十分であろう。わたしは、在庫の第一義的役割は、その切離し機能にあると考えている(22)。もし、種々の在庫が存在せず、生産されたものがすぐ消費されるか、次の生産に投入される必要があるとすれば、企業や経済は全体を一体のものとして制御されなければならない。在庫のあるおかげで、工場や経済全体は、ゆるく連結された全体(loosely connected system)となっている。これが分散的な調整を可能するシステム論な条件であり、「在庫の社会的機能」を語るにあたっては欠かせない論点である。一般均衡理論は、すべての調整を(架空のことながら)一挙に達成しようとするため、このようなシステム特性を必要としないが、分散的かつ分権的に決定され調整される全体は、諸変数を切り離し、それぞれを短時間的にも独立に調整するは働きを必要不可欠としている。もし、そのような装置が経済に備わっていないなら、経済は全体を一挙に動かす以外に動きのとれない体系となってしまう。

第二は、調整の階層性とゆらぎの時間尺度との関係である。調整の多層性は、たんに多数の調整様式があるというにとどまらない。それらは、ときと必要に応じて切り替えられるものである。そのあたりの論理が、植村では、残念ながら明確でない。ひとつひとつの買い注文に対し、製品在庫から必要分を取り崩して対応するというのは、需要の超短期の変動・ゆらぎに対応する処置である。それに対して、稼働率の切り替えがより長期のゆらぎに対応する。それがどのくらいの期間に相当するかは、稼働率の切り替え費用や在庫の持ち越し量などによって異なってくる。生産容量の変更は、さらに長期の、しかもかなり持続した変化に対応している。固定資本投資は、単にその建設に時間がかかるだけでなく、実際的な利用の面からも、費用の償却の面からも、長期に関係する変更不可能な決定であり、もし長期に安定した設備利用がなければ、投資は無効になってしまうからである(23)。植村も、調整にかかる時間の問題に気づいていなわけではないが、注意はもっぱら生産能力の面での調整にかかる時間に向けられている。しかし、調整においてどの種類・様式が有効なのかは、上に見るように、むしろ需要のゆらぎ・変化の時間尺度に関係している。

第三は、個々の調整が全体として引き起こす調整の全体過程に関する考察がほとんど抜け落ちている点である(24)。個々の企業等で取られる調整方式が所与の状況において妥当なものであっても、それらが全体としておりなす過程を検討しなければ、それらがどのような全体過程を生成するか知ることができないし、そのような状況において個々の調整方式が妥当なものかどうかを論ずることもできない。塩沢(1983a)、谷口(1991、1997)、森岡(1991-2、1993、1996)などが問題にしたのは、この点である。ここでは、各企業が一定の需要予測方式のもとに製品在庫を予想の一定比率に制御するという行動定型を仮定して、産業連関を通ずる相互の需要のやり取りが経済全体としてある定常状態に帰着するかどうかが検討されている。もし、企業がきわめて近視的で、今期表明された需要をそのまま予測とするならば、この過程は発散し、個別企業の上のような調整方法のみによっては、需要のゆっくりとした変化にも追随できない。ここにミクロ・マクロ・ループの問題がある。植村高久には、個別主体の行動のミクロの分析はあるが、それらが全体としてどのような過程を引き起こすのか、その特性はなにかといった考察が欠けている。この点については、西部忠(1996)も植村博恭(1997)も同様である。一般均衡理論は、ミクロ経済学と呼ばれているが、それはミクロの行動分析だけでなく、それがいかに誤ったものであっても、一般均衡という全体に関するシステム理論をもっている。一般均衡理論に対抗するには、それに凌駕するマクロの過程分析が必要である。

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9.残された課題

植村高久は、本書のはしがきに「本書で果たせなかった課題」について、二つ挙げている。一つは「制度的進化の問題」であり、もうひとつは「価格理論の欠如」だという。わたしの印象では、この2点については、すでにおおむね方向は示されている。残された課題というのは、じつは著者の謙遜で、次の著作に対する意欲の表明であると考えられる。この方面における次の本格的な展開を期待したい。そのために、以下に、前もっていくつかの注文を付けておきたい。

第一の「制度進化」についていえば、第5章では、価格表示の発生や建値制(売り手が価格を設定し、買い手はそれを取るか取らないか決定する「交渉」方式)の成立について

議論されている。第7章では、掛け売買の発生、商業手形の流通、信用貨幣の創造、銀行券の成立などが考察されている。歴史的事実のやや後追い的論理化と見られないこともないが、制度進化の分析としては、新しい制度の発生を促す過程について、具体的な事例を取りながら、このような分析を行う以外に、より有望な方法はないであろう。そこから得られる知見や概念装置が、経済の現況において制度の進化方向に関するいくらかの手掛かりを与えるものになれば理想的であろう。これは、理論的には、自己組織化の過程を分析することにあたる。貨幣の成立に関するメンガーの分析はその一例であるが、システム論の分野では、自己組織化過程の分析用具は、メンガーの時代よりかなり発展している。とくに、複雑系経済学の方面では、種々の収穫逓増の場面における逸脱増幅的過程=自己強化過程の分析が進んでいる。それらを参照しながら、マルクス経済学のこれまでの制度分析の蓄積生かすことで、大きな成果がえられることが予想される。ただ、わたしとしては、このような発生にかんするこのような分析と、現時点において所与の体系である諸制度の下での経済過程の特性分析とを混同しないことを望みたい。前者で後者を代替することはできない。植村は、どちらかというと前者に傾きがちであるが、後者の分析とあいまって経済理論が完成されることを忘れないでもらいたい。

第二の「価格理論」についても、その要点はすでに提示されている。物々交換的・発生論的な論説を濾過して植村の展開を読んでみると、そこには次のようなイメージが示されている。

市場は、広さをもつ構造であり、二者による相対あいたい取引を主要なものとして連結されている。そのような取引におけるものとして、価格は、多様な値をもち、ひとつの商品がすべての地点で同一の価格をもつという「一物一価」は成立しない。しかし、これは何の秩序をもたないのではなく、この構造に秩序をもたらす幾つかのメカニズムが働いている。ひとつは「商人的な価格裁定活動」(p.234)であり、もうひとつは「価格勾配」(pp.236-7)のある場面における買い手の「選択購買」である。このような買い手を相手に売り手はそれぞれの販売価格を設定し、買い注文を待つ。一定の期間の後には、販売数量が確定し、価格と数量の積として総収入が決まる。いうまでもなく、そこから総費用を差し引いたものが利潤(負の場合、損失)となる。損失が引き続く場合には、生産停止から、場合によっては企業倒産にまで追い込まれる(p.268)。このようにして、一定の不確実性はあるものの、経済には持続可能な価格とそうでないものが区別される。このような「ライバル競争」(第5章第1節第3項、D.ラヴォワの用語"rivalry"に対して西部忠が与えた訳語)においては、費用構造が与えられたとしても、かならずしも一義的な価格は定まらない。企業ごとに異なる戦略が有りうるからである。

植村には考察されていないが、企業の戦略採用の一定範囲での任意性があっても、価格のより詳細な分析は可能である。価格勾配のある状況に反応する買い手を仮定するとき、利潤追求の観点からは、売り手には原価(正確には、比例的費用を数量で割ったもの)に上乗せすべき一定率が定まる(25)。このようにして定まる価格は、かならずしも間接費用(一般管理費と固定設備の償却費用)の支払いを可能にするものではないが、もしこの価格でそれが不可能ならば、この企業は短期には存続できても、(すくなくとも設備の更新を要するほど)長期的には存続できない。このようにして、市場での競争と参入・退出が行われると考えられるが、いま短期的ないし中期的に一定の上乗せ率が各産業で定まるなら、経済全体の(相対)価格の体系も求まる。計算上は、それは生産価格を求めるものと実質的に変わるところがない。ただ、上乗せされる利潤率が各産業で異なるだけである。もちろん、諸種の事情によって、このような価格体系がかならずしも維持されない。そのような不確定さを経済がもつことは、ハイエクを引用しつつ植村が強調した通りである(pp.203-4)。これは、競争の不確定性ばかりでなく、災害や予期せぬブームの到来などにより、通常の設定価格では、生産が需要に追いつかない場合などに発生する。植村は、価格調節の限定性を強調したが、数量調節がその限界にぶち当たるとき、逆に価格調節が登場することになる。これも調節の多層性のひとつの現れである。

以上では、もちろん、相対価格が一定程度に確定できても、価格水準は定まらない。これはインフレーション過程(あるいはデフレーション)などの考察により、価格水準の移動の問題として解く以外にない。それしかできないのは、いまだ理論が存在しないからではない。経済システム内部に価格の絶対水準を決める機構が存在しないがゆえに、そのような理論自身が成り立たないのである。ここでも、ab ovoの構成では、経済理論が構成できない理由がある。理論的に可能なのは、所与の価格水準のもとに、貨幣的・金融的な状況が景気の過熱やインフレーションをどのように引き起こすかの分析だけである。つまり理論は、toujours d?j? の構造をもたざるをえないのである。マルクス経済学者は、貨幣の理論の重要性を強調するが、このあたりにまで理論を展開してもらうのでなければ、現実味を帯びた分析といえない。植村の今後の展開と、かれの提案を受けたマルクス経済学者の貢献を期待したい。

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おわりに

植村高久は、マルクス経済学に新しい地平を切り開いた。それはマルクス経済学の伝統に新しい発展の課題を設定するとともに、マルクス派以外の経済学にも共通の議題設定をすることに成功している。わたしが上に長い議論を持ちかけたのは、現代古典派の立場にあるわたしにとっても、それが挑戦的で興味深い提案であったからである。「メンガー的転換」を遂げた後のマルクス経済学は、もはやマルクスの源流に逆上り、そこから流れ下るだけの解釈学では済まされない。それは他の多くの流派、わたしを含む現代古典派ばかりでなく、レギュラシオン・アプローチを取る理論家、さらには(現代)オーストリア学派や(ラングロイスのいう)新制度派にも、刺激的な提案であろう。このように共通の議題ができたことは、同時に、多数の学派間の競争をももたらすものである。ライバル競争は、研究の世界にも妥当する。これまでマルクス経済学は、すくなくとも日本では、やや閉じこもり気味で、閉塞していた。植村の貢献によって、マルクス経済学の伝統にあらたな展望が開かれ、より開放的で開かれた討論の中で、真の競争が展開されることを望みたい。その下地は作られたと思う。

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植村『制度と資本』書評 終り

脚注

(1)リピエッツらは、「あらゆる社会関係が統一と闘争の2つの側面をもつ」と理解することで、アルチュセールを乗り越えたと考えているが、それは理論に対する多分に政治主義的な介入であって、わたしの取る立場ではない。レギュラシオン理論に対するこの点を巡るわたしの批判は、塩沢(1994a)にまとめてある。
(2)二人は、この名称を是認しないであろう。
(3)わたし自身は、この課題に名前をつけたことはなく、またそれを積極的にひとつのプログラムとすることはしていない。わたしのプログラムは、「ふたつの急進主義の結合」にあった。塩沢(1990)第7章「経済学における人間」とその解題をみよ。また、その間の事情を回顧したものとして、塩沢(1997a)pp.118-21および(1998)pp.78-83をみよ。
(4)メンガー(1985)第1部第8章では、精密的方法ないし精密経済学を原子論と呼ぶのは誤解であると主張しているが、第3部第2章の第1節・第4節の見出しに典型的に現れているように、原子論そのものを拒否したのではなく、実質的には今日「原子論的」ないし「還元論的」と呼ばれる方法を精密的方法と考えている。
(5)植村は、メンガーが貨幣の生成を説明した方法を括弧つきで「「有機的」方法」と呼んでいる。メンガー自身が、この方法を括弧つきで「有機的」と呼んだからに他ならないが、かれは他方では社会制度の生成の説明を「有機的」と呼ぶことでは、その真の性格を「不完全に」しか説明していないとし、「社会的発展の意図せざる結果としての社会諸構造の起源の精密的理解」と敷延している(Menger、1985、p.151)。「有機的」方法は、メンガーにとっては、精密的方法の一適用だった。
(6)これについては、専修大学社会科学研究所の研究シンポジウム(1995年7月2日)において発表した(塩沢、1997a、第3章に収録)。この語は新造語ではない。先行例としては、今井・金子(1988年)をみよ。そこでは、情報のミクロ・マクロ・ループが主題となっている。わたしの「ミクロ・マクロ・ループ」は、情報のループとしてではなく、個人や企業の行動と経済の全体過程との相互的決定関係が形成する構造を表示する概念である。その異同については、塩沢(1998)をみよ。この語は、イメージの豊かさから、多くの人に受け入れられてきた。たとえば、植村博恭・磯谷明徳・海老塚明(1998)においては、この語は、制度論的「ミクロ・マクロ・ループ」として、ひとつのキー概念となっている。
(7)この抱負は、実現されなかったと思われる。しかし、廣松はいくつかの箇所で、そのような方向を示唆したことはある。たとえば、廣松(1983)p.259では、「本源的に対話の論理である弁証法」について語っているし、廣松(1974)の構成は、明示的には型つていないが、古典経済学−マルクスの次にくるものとして自己をおいているようにも読める。
(8)たとえば、pp.10-2,p.34,pp.67-9など。なお、本書のような大冊に索引がないというのは、読者に対するサービスがないと言わざるをえない。正確な討論を行う手掛かりとしても、著者が責任をもてるだけの索引作りが必要である。
(9)シュンペーター(1977)、p.38。塩沢(1997a)p.116、塩沢(1998)pp.110-1で言及したことがある。
(10)塩沢(1990)、塩沢(1997)の各所で繰り返している。
(11)関連した議論として、塩沢(1990)pp.10-1および塩沢(1997a)pp.271-3、pp.286-92をみよ。
(12)塩沢(1997a)p.116、および『専修大学社会学研究所月報』第387号(1995年9月)、第390号(1995年12月)、同第396号(1996年6月)の各対照表および第396号p.23においては、"toujours et d j "と"et"が入っているが、これはわたしの記憶違いによるものであるので、訂正する。竹田茂夫によれば、ドイツ語にも immer schon という同義の表現がある。わたしはこの表現を、アルチュセールから借りた。ただし、正確には、かれは le toujours-d d -donn (d'une unit complexe structur )、le tout complexe toujours-d j -donn という表現を用いている。節の表題にはun tout complexe structur ≪d j donn ≫ とある。アルチュセールがヒントにしたのは、マルクスの『経済学批判序説』の一節の表現 un tout concr , vivant, d j donn である。アルチュセール(1994)p.332、p.341、p.370及びp.382注34を参照。原論文は1963年に書かれている。1970年代になると、アルチュセールは、唯物弁証法の定式としてprocessus sans Sujet ni Fin(s) という表現を強調するようになる。Badiou(1975)pp.51-61をも参照。
(13)Economic Journal の101周年記念号で、F.ハーンやJ.M.ブキャナンが21世紀の経済学は制度の経済学になるだろうと予言しているのは印象的である。鳥居康彦監修(1992)として翻訳されている。
(14)平野登志雄(1998)参照。
(15)植村は、p.92 で「バーガーとルックマンは、・・・制度の変化として要因を考察に正当に組み入れていない」と非難している。しかし、かれらが意図したことは、制度の変化・進化ではなく、社会の諸制度がいかに「現実」として新しい世代に受け入れられていくかことにあった。
(16)表現の簡略のために、ここでわたしが比喩的に語っていることを許容してほしい。正確にいえば、社会が主語となり得ないことははっきりしている。意図せざる結果として、創発的に社会に出現してくる傾向が多くの個人がそのようなものとして発見され、それが定型的な事態として認識されるとともに、社会の定常的な事態として定着することにより、制度は制度化される。
(17)「意思決定」については、バーガーとルックマンが語っているのは第2部第1章の「制度化の起源」の最初の部分だけである。
(18)そのことの意義をバーガーとルックマンは、ただしく指摘していて、植村はそれを引用している。しかし、英語原文でeconomy of effortsとあるところが、日本語訳では「労力の節約」と訳されているため、この「労力」が合理性の限界に関係するものであることがあいまいになっている。もしこの点に気がついていれば、そこから直接、サイモンにつなげることができたはずであり、定型行動としての制度の「合理性」(それは結局、その行動の成果によって測られる)についても、もっと透明な議論ができたと思われる。
(19)市場を時間経過のある過程と見る考えにはついては塩沢(1983b)8・3項および9・3項、相対取引については同9・2項、塩沢(1997b)第7章および第10章、売りと買いの非対称性については同9・2項、価格と数量の調整が相対的に独立になされることの意義については同9・2項で、それぞれわたしなりの考えを提示した。
(20)植村博恭・磯谷明徳・海老塚明(1998)の第4章をもみよ。この章は、植村博恭の担当であるが、他の著者も基本的観点は受け入れていると思われる。なお、進化経済学会における西部忠(1998)と森岡真史(1998)の報告も注目される。
(21)細かいところでは、もちろんいろいろある。たとえば、p.250においてについて言及しているが、それがたとえ個別企業に対するものであれ、価格の変数としての「需要曲線」といった概念が成立しうるかどうか、はなはだ疑問であるるその意味で、たとえ「さしあたり」であろうと、そのようなものが変化しないと「仮定する」ことには、問題がある。「固定資本投資による調整能力拡大」(p.290)という表現も、的を射たものはいえない。生産容量が大きくなり、稼働率の操作可能性が変わらないなら、たしかに「調整能力」は増大するが、それはやはり容量の増大の系であって、調整能力拡大を目指して資本家が固定資本投資を決断するのではない。
(23)塩沢(1990)pp.246-7、p.318および塩沢(1997a)p.160、p.223、塩沢(1997b)、p.242-3を参照。わたしがこの概念に出会った事情は、塩沢(1997a)p.162に書いた。
(24)西部忠(1996)は、マーシャルの「期間区分」によって、最短期では在庫により、短期では稼働率の変化により、長期では固定資本の増設・更新により、調節すると注意されている。植村博恭(1997)でも、「さまざまな「調整」は、それぞれ異なった時間的視野と時間構造をもっている」と注意している。
(25)塩沢(1997a)第3章第5節で、この点をやや詳しく説明した。
(26)このような競争の一例として、塩沢(1984)をみよ。ここでは、企業は「販売量の制約」(p.253)を受けて、生産量ないし仕入れ量を調整すると考えられている。

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