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序文


 このハンドブックは,進化経済学をこれから学ぼうとされている方はもちろん,専門研究者の方にもreference bookとして使ってもらえるよう編集した.現在の主流である新古典派経済学に疑問を持っている方にも興味深く読んでもらえるであろう.経済学として新しい方向が示されているからである.

 Part1「理論/学説」では,進化経済学の現状を概観してもらえる.まず,大きな枠組みを「概説」として示し、次に現在にいたる思想・学説の主なものを解説した.さらに今後の研究において関連すると思われる諸分野・諸理論を紹介した.

 Part2「事例」には進化の事例63を集めた。本書のもっとも特色ある部分である。今回収録した事例からだけでも,注目すべき進化の事例が多数あることを知ってもらえるに違いない.専門家の方にも,そうでない方にも,興味深く読んでもらえるであろう.

 Part3「用語/人名 」には,進化経済学に関連するさまざまな用語を解説し、進化経済学に関係の深い学者を紹介した。ただ,既存の経済学辞典・経済用語辞典を引けばすぐに見つかるような項目は省かれている.

 概説は、進化経済学はこうあるべきだとか,これ以外の枠組みは認めないという主張のものではない.進化経済学は,「進化という視点で経済をみる」という大枠では一致していても,具体的にそれをどう展開するか,独立した学問として全体像をどう構成するかについて,統一的な見解があるわけではない.進化経済学という学問全体としてそうであるだけでなく,編集主体である進化経済学会の内部でもそうである.

 進化という視点に立つ以上,学問自体にも進化という方法を認めなければならない.進化経済学に多くの構想があることを認めた上で,それらが競合しあう中で,おのずと優れた枠組みが選び出されていくことを期待している.概説は,そのような一つを提示するにすぎない.ただ,これまで,進化経済学の全体像といえるようなものは,あまり提示されてこなかった.ハンドブックを編集する以上,一つのサンプルを提示する必要がある.読者には多くの前提なしに全体像をつかんでもらえることも必要もある.そう考えて全体の枠が構想された.「進化」という概念をどう定義するかなどについては,編集委員会の中で長い検討を行ったが,全体のまとまりはアンカーである執筆者に任されている.これも,おおくの可能性の一つを提示するという立場から取られた方針である.

 「事例」はけっして網羅的なものではない.なかには経済と直接関係のないものも含まれているが,これは社会における進化の事例としてむしろ分りやすいものとの判断による.それぞれの場面で適切な事例を引用することは,進化経済学という学問を魅力あるものにし,説得力のあるものにするために大切なことである.しかし,個人で多くの事例を調べること・知ることは難しい.これは学会の事業として初めて可能なことである.本書におけるこのような試みは,日本はもとより外国にも先例がない.

 進化経済学は,歴史は長いがまだ新しい学問である.標準的な教科書が書かれ,初学者はそれを学べばよいというところまで到達していない.これは,しかし,この学問が遅れていることを示すばかりではない.いま,まさに興りつつある学問ならば、これは当然の状況でもある.

 本書に示されているのは,いわば進化経済学に関する一冊の地図帳である.どの方面に探検に出かけるかは,読者自身が考えてほしい.本書から進化経済学の魅力と可能性に気づき,この学問を研究しようという方が現れるなら,編集に携わった者としてもっとも大きな喜びとなろう.

 ハンドブックの構想は,出口弘会員と共立出版・石井徹夫氏との立ち話しから始まった.2003年11月の理事会で学会事業として取り組むことが正式に承認され,同年12月4日に第1回編集会議が開かれた.編集委員会は,経費の都合上,主として大阪と福岡で開かれた.編集委員が西日本に集中しているのはその事情による.編集委員・校閲者・執筆者・編集者など多数の方々の協力によって本書は完成した.執筆者には進化経済学会会員でない何人かの方にも協力いただいている.学会および編集委員会として特に感謝したい.

 進化経済学会が設立されて10年が経った.このハンドブックが学問の一里程標として,今後の進化経済学の発展に寄与できれば幸いである.

編集委員会を代表して 塩沢由典




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