塩沢由典>日本経済入門>貿易の利益
貿易の利益
あるいはリカードの比較生産費説について
[リカードの数値例]
イギリスとポルトガルで、ラシャとぶどう酒を生産している。
それぞれ国で、ラシャ1単位とぶどう酒1単位を生産するのに必要な労働者数は、以下の表のとおりである。参考として、貿易なしに両国でラシャとぶどう酒を1単位ずつ生産するときに必要なな労働者の総数を掲げる。
投入労働者数 | ラシャ | ぶどう酒 | 総労働者数 |
イギリス | 100 | 120 | 220 |
ポルトガル | 90 | 80 | 170 |
ここで、両国の間に貿易が起こるとしよう。
たとえば、イギリスからラシャ1単位を輸出して、ポルトガルからぶどう酒1単位わ輸入するとしてみよう。イギリスとポルトガルが同じ消費量を得るためには、イギリスはラシャ2単位、ポルトガルはぶどう酒2単位を生産しなければならない。
このとき、両国で必要とする労働者数は以下の表のとおりとなる。労働者の単位は、仮に1万人と考えておこう。
投入労働者数 | ラシャ | ぶどう酒 | 総労働者数 |
イギリス | 200 | 0 | 200 |
ポルトガル | 0 | 160 | 160 |
[観 察]
両国で利用可能な財の量は同じであるのに、それらを生産するのに必要な労働量は、イギリスでもポルトガルでも減少している。より少ない労働で、同じ財が手に入る。これが貿易を行うことの社会全体にとっての利益である。
このような現象は、貿易によって一般に起こる。これを貿易の利益という。
[貿易の利益] ヴァージョン1
2国で独立に生産していて、生産財の相対価格が異なるならば、2国が貿易を行なうことにより、2国の生産物総量を同じにしながら、投入労働量を全体として減少させることができる。
貿易の利益は、以下のように表現することもできる。
[貿易の利益] ヴァージョン2
2国で独立に生産していて、生産財の相対価格が異なるならば、2国が貿易を行なうことにより、両国の総労働量を一定として、どの財においても、全体としてより多くの生産物を得ることができる。
[貿易特化の方向]
2財しか生産していない場合
相対的に安い財の生産に特化する。
リカードの例
製品の価格が投入労働量に比例するとすると、ラシャと比べたとき、ぶどう酒の価格は相対的にポルトガルの方が安い。したがって、特化の方向は、イギリスがラシャ、ポルトガルがぶどう酒となる。
1.2=120/100 > 80/90=0.88
与えられた技術条件では、逆の特化(イギリスがぶどう酒、ポルトガルがラシャを生産するという生産特化)はけっして起こらない。
しかし、特化が実現するためには、両国の賃金率に一定の関係がある必要がある。
以下の説明[貿易の成立条件ね労働者にとっての利益と不利益]は、比較生産費説の重要な構成部分であるにも係らず、おおくの教科書には触れられていない。
[両国の賃金率]
貿易の成立しない例
| 賃金 | 原価 | ラシャ | ぶどう酒 | 貨幣単位 |
イギリス | 10ポンド | | 1000 | 1200 | ポンド |
ポルトガル | 10ポンド | | 900 | 800 | ポンド |
これでは、イギリスのラシャ生産資本家は、ポルトガルのラシャ生産資本家に対抗できない。貿易が始まれば、イギリスのラシャ・ぶどう酒生産は、ともに競争上なりたたなくなる。
イギリスの労働者の賃金が低下して8ポンドになるとき、イギリスでラシャを作り、ポルトガルでぶどう酒を作る方が有利となる。このとき生産の特化が進行する。
貿易が成立する例
| 賃金 | 原価 | ラシャ | ぶどう酒 | 貨幣単位 |
イギリス | 8ポンド | | 800 | 960 | ポンド |
ポルトガル | 10ポンド | | 900 | 800 | ポンド |
このとき生産の特化が進行する。ラシャ1単位とぶどう酒1単位の原価と製品価格は、両国の利潤率がおなじであるなら、ラシャ1単位とぶどう酒1単位とは同じ価格となる。
[注]リカードは、もともとこのようにラシャとぶどう酒の国際価格が同じで、ラシャ1単位とぶどう酒1単位とが貿易によって交換される状況を考えていた。あるいは、ラシャとぶどう酒の単位をそのようにとって考えていたいってもよい。
[労働者にとっての利益]
働いている労働者には、貿易は有利である。
イギリスの賃金が8ポンド、ポルトガルの賃金が10ポンドの場合を例に取る。いま、計算の簡単さのために、利潤率が0という仮定をおこう。
すると、労働者が1年間働いて得ることのできるのは、以下のようになる。
ただし、単位はラシャ、ぶどう酒とも貿易単位の1000分の1をとった。
貿易なし
| ラシャ | ぶどう酒 |
イギリス | 10 | 8.3 |
ポルトガル | 11.1 | 12.5 |
貿易時
| ラシャ | ぶどう酒 |
イギリス | 10 | 10 |
---|
ポルトガル | 12.5 | 12.5 |
---|
これで見ると、イギリス・ポルトガルともに、貿易の開始により、労働者が一年間はたらい得ることのできる商品の量は(すくなくとも一方は)増大している。
このように、貿易は、国全体としてばかりでなく、働いている労働者にとっても利益をもたらす。
[貿易の不利益]
貿易は、しかし、すべての人に利益をもたらすとは限らない。上の例で、2国がそれぞれ2単位ずつしか生産しないとき、雇用される労働者の数は減少する。このとき、たとえば労働者の単位が1万人だったすれば、イギリスで20万人、ポルトガルで10万人の人が失業する。これらの人が、もし新しい職業につくことができれば、新しい財やサービスが生み出されることになり、経済は発展する。しかし、そのような新しい仕事を作りだすことができなければ、すくなくとも当分の間、失業を余儀なくされる人が出ざるをえない。
これは、長期的な効果ではないが、短期には無視できない事情である。したがって、貿易には貿易の不利益も付随するものであることを知ってておく必要がある。
[貿易摩擦]
貿易摩擦と称されるものは、すべて貿易により、一方あるいは双方の国に失業が生ずることから起こる問題である。
○セーフガード条項の発動なども、このような文脈で考えることができる。
[新産業創造の重要性]
貿易摩擦に対処するには、
1. 保護政策を取る
2. 職業転換を図る
の二つの方法がある。
前者は、当座はいいように見えるが、結局、社会には負担が大きく、当の個人にも将来の展望が開けないという意味で、良い政策とはいえない。
後者は、ベンチャーなど新規企業が族生している国では比較的容易でありる。ベンチャー育成政策は、こうした観点からも重要な経済政策である。
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