塩沢由典>授業>国際貿易論>国際貿易論2008
国際貿易論 2008後期
リカード・スラッファ型貿易理論
これは、京都大学大学院経済学研究科・同経済学部・経営管理大学院の講義のひとつとして講義されたものです。添数などがすべて簡略化されていてなれないと見にくいこと、ご容赦ください。また、補足資料として配布した図表などは載せられていません。 2008.12.26 塩沢由典
ここで紹介されている貿易理論の全体像は、以下の2論文で展開されています。
Shiozawa, Y. 2007 "A New Construction of Ricardian Trade Theory/ A Many-country, Many-commodity Case with Intermediate Goods and Choice of Production Techniques" Evoluitonary and Institurional Economics Review 3(2) 141-187.
塩沢由典 2007 「リカード貿易理論の新構成/国際価値論のためにU」『経済学雑誌』第107巻第4号1-63ページ、3月20日。
第1回 国際貿易論の学説史概観
第2回 リカードの数値例
第3回 2国2財と2国多数財の一般理論(労働投入のみの場合)
第4回 3国経済の競争と競争パタン
第5回 3国経済の競争パタンと生産可能集合
第6回 最小価格定理あるいは非代替定理
第7回 中間財貿易のあるリカード理論
第8回 中間財貿易の一般理論(Ricardo-Sraffa理論)
第9回 リカード・スラッファ貿易理論/より広い文脈から
第10回 貿易の利益と不利益
第11回 国際分業と貿易収支、およびその動態
第12回 国際貿易理論 理論と現実
期末レポート課題
国際貿易論 第1回
国際貿易論の学説史概観
2008.10.6 塩沢由典
(1)国際経済vs.一国経済
○国際貿易は、経済学の重要な関心事のひとつであった。
重商主義 輸出して金貨幣を獲得することが国を富ませること。
関税は、王室経済の重要な財源
自由主義 自由貿易は、貿易当事国双方の利益。
古典派 スミス、リカード、ミル
ドイツ歴史学派 幼稚産業論(リスト)
現在 自由貿易は是か非か 失業の輸出ではないか
○国が経済発展の単位?
重商主義・重農主義・自由主義・ケインズ経済学
Jane Jacobsの批判 都市とその周辺都市地域が経済発展を生み出す。
○国際経済と一国経済:どこが根本的に異なるか
@賃金が違う。所得水準が違う。
A技術(体系)が違う。
B気候風土・資源の賦存状態が違う。
C資本・労働比率が違う。
(2)経済学の考え方
新古典派(ミクロ経済学)vs.古典派、ポストケインジアン、スラッファ、etc.
○資本論争
1960年代「資本測定論争」capital controversy, Cantabridgian controversy
新古典派:一部門成長モデル
Y=f(L,K)、fは一次同次 => Y=K・∂f/∂K+L・∂f/∂L
☆sY=f(sL,sK) をsに関して全微分すると合成関数に関するライプニッツの公式より
新古典派の分配理論の一形式(J.B.Clarkの分配理論)
利潤率が確定する前に、「資本量」があると前提してよいか。
Ruth Cohen's Curiosium Sraffa: 生産方法の切り替え
Samuelson(1962) "Parable and Realism in Capital theory" Levhari(1965)"A Non-substituion theorem and the Switching of Techniques" Quaterly Journal of Economics (1966) "Pardoxes in Capital Theory: A Symposium" Morishima(1966) Pasinetti(1966) Samuelson & Levari(1966) "The Nonswithcing Theorem is False."
総括:
主流派:一部門などの統合モデルには原理的間違いがある。原理的には一般均衡モデルで 考えなければならない。しかし、統合モデルには教育的効果がある。
反主流派:M. Dobb() "Years of High Criticism" Sraffian, Post Keynesian, Surplus Approach
○一般均衡理論(GET)をめぐって
Arrow & Debreu (1952) "Existene of an Equilibrium for a Competitive Eceonomy"Econometrica.
・市場の完備性 不確実な将来市場
・完全合理性vs.限定合理性、需要関数の計算可能性
・生産可能集合の凸性、収穫逓減、供給関数、限界生産性法則
・理論モデルの非現実性、As ifの仮定、非現実的だが予測可能(M.Friedman)
需要関数の形 Sonnenschein-Montel-Debreu(別別に、1972-74)
収穫逓増を内包する一般均衡理論
George Stigler, James M. Buchanan, Robert E. Lucas, Martin Weitzman, Krugman
Buchanan and Yoon(1994) The Return to Increasing Returns
D. Warsh(2006) Knowledge and the Wealth of Nations
Dehez and Dre`ze(1988) もっとも理論的?
☆D. Warshの読書会(自主ゼミ)
月曜日第5限 総合研究棟2号館3階 小演習室 学部生も歓迎。
○最近の動向
ゲームの理論 進化経済学 Agent-Based Simulation
(3)国際貿易論における対立: Ricardovs.Heckcher-Ohlin-Samuelson
○教科書上の扱い
表1. 貿易理論の特性対比
技術の国際差異 投入代替 本源財の数 財の数
Ricardo 異なる なし 1(労働のみ) 2
Heckcsher-Ohlin 同じ ある 2(労働と資本) 2
特殊要素理論* 同じ ある 3(労働・資本・土地) 2
*P.Samuelson(1971)とR.Jones(1971)による。投入代替による収穫逓減を考慮。
☆本源財の数の多少で理論の優劣は決められない。
☆どのモデル(理論)を想定するかにより、貿易に関する政治経済への含意がことなる。
例: Greg Mankiw vs. Dani Rodrik.
Summarized in the "Back-Up Site for the Economist's View" by Mark Thoma http://
econmistsview.typepad.com/economistsview/2007/04/on_the_other_ha.html#more
貿易政策(輸入制限)の失業、賃金への影響
○基本的な対立
貿易はなぜおこるか Ricardo:技術に差異がある。 HOS:資本労働比率が違う
国際的な所得格差 Ricardo:技術格差の結果 HOS:要素価格均等定理
○HOS理論(新古典派の国際貿易論)の問題点
問題1. 所得格差をもたらすものへの無関心(要素価格均等化定理で満足?)
問題2. 技術の差異への無関心(技術格差より資本労働比率の方が重要)
問題3. HOS理論を一般化しようとすると、ほとんどの命題は成り立たない。
2財・2要素で教えることの意味?
問題4. 原材料・資本財・中間財がモデルに組み込まれていない。
例:1990年代の日本とベトナム・中国
表2 アジア各国のGNP/capita (1990 in U.S.$) 日本倍率(小数点以下下2桁切り捨て)
日本 24,430 1
香港 14,153 1.7
シンガポール 12,310 1.9
台湾 7,997 3.0
韓国 5,567 4.3
マレーシア 2,340 10.4
タイ 1,420 17.2
朝鮮民主主義共和国 1,390 17.5
フィリピン 730 33.4
インドネシア 560 43.6
中国 370 66.0
インド 350 69.8
ミャンマー 225 108.5
バングラデッシュ 200 122.1
ベトナム 180 135.7
カンボジア 130 187.9
注:GNP/capitaは、賃金率ではない。利潤貢献分を加えれば、所得格差はより緩和されると思われる。
○マルクス経済学は?
国際価値論/不等価交換論(新従属理論、Emmanuel 1969)
わたしの出発点:
1)搾取理論・不等価交換論では、20世紀の大きな賃金格差・所得格差は説明できない。
2)技術の差異(格差)が実質賃金率を決める。
3)リカード貿易理論はこうした枠組みに再解釈できる。
塩沢由典(1985)「国際貿易と技術選択/国際価値論に寄せてT」『経済学雑誌』85(6), 44-61.
(4)リカード・スラッファ型貿易理論
○Steedman & Metcalfe らの論陣
資本論争の国際貿易版(Steedman, 1979b)
HOS理論でない理論の可能性(Steedman, 1979a)
Steedman, I.(1979a) Trade Amongst Growing Economies.
Steedman, I.(Ed.)(1979b) Fundamental Issues in Trade Theory.
Steedman, I.(1999) "Production of Commodities by Means of Commodities and the open economy," Metroeconomica 50(3) 260-276.
Steedman, I.(2002) "Marx after Sraffa and the Open Economy." A paper prepared for the 4th Annual Conference, Association for Heterodox Economics.
Steedman, I. and Metcalfe, J.S. (1981) "On duality and basic commodities in an open economy," Australian Economic Papers, 20 133-141.
☆総括
利潤率の変化、賃金・利潤フロンティアに注目。HOSの資本理論批判として妥当。
2国3財モデル(二つの生産財+一つの賃金財
○Graham、McKenzie、Jones、Deardorff、他
利潤率r=0を仮定。貿易のパタン、均衡の存在を検討。
McKenzieの均衡の存在理論、Jonesの定理以外、あまり成果なし。
Deardorff(2005a, 2005b)
☆総括
中間財の重要性を指摘するが、一般理論は存在せず。
(Jones, 2000; Samuelson, 2001; Deadorff 2005; 岡本久之1989; Ex. McKenzie)。
(5)リカード貿易理論の新構成
塩沢由典(2007)「リカード貿易理論の新構成/国際価値論に寄せてU」『経済学雑誌』107(4) 1-63.
Shiozawa, Y. (2007) "A New Construction of Ricardian Trade Theory--A Many-country, Many Commodity Case with Intermediate Goods and Choice of Production Techniques " Evolutionary and Institutionary Economics Review, 3(2) 141-187.
○なにができたか
設定
@各国の本源財は労働のみ。労働量は所与。
A各国は、生産的な技術体系をもつ。(線形の技術、単純生産)
B財の移動は自由(輸送コストもかからないと仮定)
成果
@持続可能な貿易パタンを見出す方法
A任意の最終需要に対し、各国の完全雇用を可能にする賃金率世界体系が存在する。
>>各国の実質賃金率(の比率)の決定に関する理論。
B貿易の利益に関する利害対立を明示化する分析枠組み
>>貿易による失業の効果を分析できる。
C中間財・資本財の貿易に関する一般理論
>>どの財がどの国からどの国に輸出され、生産に投入されるかの決定理論。
○講演と反響
経済学界での研究会・講演
大阪市立大、KOSIME、進化経済学会・制度とイノベーションの経済学部会、法政大、U- Mart春の合宿、横浜市大、国際経済学会関西支部例会、北大、九大、Ricardo研究会
数学界での講演
Alternative Mathematics Laboratory、大阪市大・数学懇談会、京大・数学懇談会
投稿論文(Metroeconmica、改定中)
講義 京都大学(2007秋、参加者2人)
☆興味がない? わからない? 議論のしようがない?
☆世界でここでしか聞けない講義。
国際貿易論 第2回
リカードの数値例
2008.10.20 塩沢由典
(0)Krugmanの貿易論
The Sveriges Riksbank Prize in Economic Science in Memory of Alfred Nobel 2008
"for his analysis of trade patterns and location of economic activity"
See in WWW: Scientific Background: Trade and Geography ? Economies of Scale, Differentiated Products and Transport Costs
収穫逓増に関する3つの論文
(Information for the Public p.4 Selected Scientific Articles)
Krugman, P. 1979 "Increasing Returns, MOnopolistic Comtpetition, and International Trade," Jounal of International Economcis, 9:469-479.
Krugman, P. 1980 "Scale Economies, Product Differentiation, and the Pattern of Trade, American Eceonomc Review, 70:950-959.
Krugman, P. 1991 "Increasing Returns and Economic Georgraphy," Jounal of Political Economy, 99:483-499.
概要
@経済にはn種の異なる財がある。消費者の効用関数は
U= 膿n_{i=1} v(c_i)
で表される。ここで、c_iはi番目の財の消費量、関数v(・)は単調増大・凹(上に凸)であるとする。
Aもし価格の違いがなければ、すべての財を等しく消費するであろう。
以下では、v(・)は
v(c) = c^γ/γ (0<γ<1)
とする。これをDixit-Stiglitz選好という。
B経済には、ただ一つの生産要素つまり労働がある。すべての財は同じ生産関数により生産される。第i財x_i単位を生産するのに必要な労働量l_iは
l_i = α+βx_i (α,β>0)
で与えられる。投入は固定費+比例的費用と表され、生産は収穫逓増である。
C対称性から、もしx_i>0なら、すべてのiつにき
p = p_i x = x_i.
D市場がクリアされ、参入が自由なとき、企業の利潤は0である。この市場は、
賃金率p_i/w、 各財の産出量 x_i、 生産される財の数 n
の3つの変数に対して解ける。
E消費者は予算制約
膿n_{i=1} p_i c_i = w
の下で、効用Uを最大化させる。この一階の条件は、任意のiとjとにつき
v'(c_i)/p_i = v'(c_j)/p_j = λ
と表される。λはある種の価格(陰の価格)で、収入の限界効用を表す。
v'(c_i)= λp_i (すべてのiについて)
と書いてみればよい。
F個別企業にとって上の式は、企業が直面している需要
p_i = v'(x_i/L)/ λ
と書き直すことができる。
Gもし生産されている財の数が大きいならば、個別企業の価格政策は収入の限界効用にほとんど影響しない。そこでλは定数と考えることができる。このとき、企業の直面していると需要の弾力性εは
ε= −v'/v''c_i
H各企業は、自己の行動が他の企業の行動に及ぼす影響を無視することができる。したがって、第i財を生産する企業は、その利潤
Π_i = p_i x_i − (α+βx_i) w
を最大化するように価格p_iを定める。これは、企業は限界収入を限界費用と等しいときだから、これは
p_i = {ε/(ε−1)}・βw (1)
と定めればよい。
I以上でまだ価格は定まらない。しかし、競争状態では利潤が0となることに注意すると、
p_i x_i − (α+βx_i) w = 0.
これは書き直すと
p/w = β+α/x = β+α/Lc. (2)
これより、p/wとcとが(1)、(2)を同時に満たすようなものが一組定まる。これより、p/wとxも定まる。
J経済が完全雇用状態にあるとすると、生産される財の数は
n = L/(α+βx)
で与えられる。
K個別の財の効用関数が
v(c) = c^γ/γ
で与えられるとき、
v'(c)= {c^γ/γ} = (1/γ)・γ・c^{γ-1} =c^(γ-1).
v''(c) = {c^{γ-1}} = (γ-1) c^(γ-2).
よって
ε= −v'/v''c = −c^{γ-1}/{(γ-1) c^(γ-2)・c} = -1/(γ-1).
これは、企業が
p = (1/γ)w
という価格付け(マークアップ価格付け)を行うことを意味する。
☆しかし、このように対称性に大きく依存して証明される均衡状態は、現実の経済への適切な示唆を与えるものだろうか。
(1)リカードの数値例
リカード『経済学および課税の原理』1817
リカードの与えた数値例:
必要労働量 毛織物 葡萄酒
イギリス 100 120
ポルトガル 90 80
毛織物の単位は?
葡萄酒の単位は?
リカードの前提1+
毛織物xヤードと葡萄酒y樽とが国際市場で交換される。
それらを改めて単位にとる。
リカードの前提2
生産は比例的になされる。
生産には労働のみが投入される。(生産要素は1種類)
観察
イギリスは、ポルトガルより毛織物においても葡萄酒においても生産効率が悪い。
ポルトガルは、イギリスに対し、どちらの産物においてもむ絶対優位にある。
それでも、両国が貿易することにはよいことがある。
(2)リカードの説明
毛織物1単位の生産 100人の労働の成果をポルトガルの葡萄酒1単位と交換する。
その生産に、ポルトガルでは80人の労働が必要。他方、イギリスでは葡萄酒を
それだけ生産するには120人の労働が必要。
したがって、イギリスの毛織物1単位とポルトガルの葡萄酒1単位とを交換し、イギリ スでは葡萄酒1単位減産し、ポルトガルで毛織物を1単位減産すると、イギリスでは20 人分、ポルトガルでは10人分少ない労働で同量の消費を行うことができる。
貿易の利益
双方の国で輸出分を相殺すべく生産すると
イギリス イギリスの労働 都合 -20
毛織物 +1単位 労働増加 100 葡萄酒 -1単位 労働増加 -120
輸出 ∇ 輸出 ?
ポルトガル ポルトガルの労働 都合 -10
毛織物 ‐1単位 労働増加 -90 葡萄酒 1単位 労働増加 80
貿易の方向
イギリスでは毛織物と葡萄酒の労働投入の比が 100/120 = 0.833
ポルトガルでは毛織物と葡萄酒の労働投入の比が 90/ 80 = 1.125
このとき、イギリスは(ポルドガルに比べて)毛織物生産
に比較優位をもつという。
逆に、ポルトガルはイギリスと比べて葡萄酒生産に比較優位をもつという。
貿易は、比較優位なものを輸出し、比較劣位なものを輸入すると、双方に利益が出る。
(3)貿易商人の観点
リカードの説明は、イギリス全体・ポルトガル全体を見渡しせることのできる人には理解できる。しかし、貿易はそんな全体への利益などという観点からのみ行われるものだろうか。
交換比率
いま、イギリスとポルトガルの2国とも、物々交換をしている国であるとしょう。当然、2国間には、通貨交換のレート(為替レート)も存在しないし、各国に価格も成立していない。しかし、物々交換が恒常的に行われ、交換比率は安定しているとしよう。
リカードがときどき行う仮定と同じく、両国内ではそれぞれの生産物は、その生産に要する労働量に反比例する量とどうしが交換されるものとしよう。たとえば、イギリスでは
毛織物x単位と葡萄酒y単位
とが交換されるとすると、
100 xE =120 yE あるいは xE:yE = 120:100。
ポルトガルでは同じ関係は
90 xP = 80 yP あるいは xP:yP = 80:90。
さて、このような交換比率が成り立っているとき、もし
xE:yE ≠ xP:yP
に気づいたとしよう。もし、海を超えての輸送費用が無視できるものとすれば、商人は次のようにして財を増殖させることができる。
イギリスの商人を考える。
@まず、毛織物をS単位もっていたとする。これをポルトガルに運んでいき、ポルトガルの市場で葡萄酒に換える。
入手できる葡萄酒の量 = (90/80)S
A得られた葡萄酒をイギリスに運び、これをイギリス市場で毛織物に換える。
入手できる毛織物の量 = (120/100)(90/80)S = 1.25S
これで、一回の循環により手持ち商品は25パーセント増殖する。
B増えた毛織物をもう一度、ポルトガルに運び、それを葡萄酒に換え、それをイギリスに運び、毛織物と交換する。手持ち商品全部をこうしたとすれば
得られる毛織物の量 = 1.25^2 S
Cこの過程は、ポルトガルとイギリスの交換比率が変わらないかぎり、何回でも行うことができる。循環取引の回数がNならば、毛織物を最大1.25^N S に増やすことかできる。
ポルトガルの商人
ポルトガルの商人も、同様のことができる。手持ちの葡萄酒をイギリスにもっていき、毛織物に換え、それをポルトガルにもってきて葡萄酒と交換する。ポルトガルの商人も、一回の循環取引で1.25倍にすることができる。
国際交換比率
毛織物と葡萄酒の適当な国際交換比率xI:yIを定めれば、一人で循環取引をしなくても、双方が資産を増殖させることができる。
100/120 < Iy/Ix < 90/80
が成り立てば、そういうことが起こる。
☆この一般論は、次回に考える。
☆リカードは暗にIy=IxあるいはIy/Ix=1を仮定していた。
(4)貨幣経済に置きなおしてみると
イギリスとポルトガルに貨幣があり、両国に貨幣が一定の交換比率(為替レート)で交換されているものとしよう。このとき、どちらかの通貨、あるいは第三国の国際通貨によって、それぞれの国の賃金率・毛織物・葡萄酒の価格が決まる。
いまイギリスの利潤率をrE、ポルトガルの利潤率をrPとしよう。二国間で利潤率の差があるとしても、産業間での利潤率の差はないものとする。イギリスの賃金率をwE、ポルトガルの賃金率をwPとしよう。このとき、
イギリスの 毛織物 pEl =(1+rE) 100 wE 葡萄酒 pEv = (1+rE) 120 wE
ポルトガルの毛織物 pEp =(1+rP) 90 wP 葡萄酒 pPv = (1+rP) 80 wP
このとき、イギリスからポルトガルへ毛織物を輸出して貨幣単位で考えて儲かるためには pEl < pEp すなわち (1+r) 100 wE < (1+rP) 100 wP。
また、ポルトガルからイギリスへ葡萄酒を輸出して儲かるためには
pPv < pEv すなわち (1+rP) 80 wE < (1+rE) 120 wE。
両者が同時に成り立つためには
(1+rE) 100 wE < (1+rP) 90 wP かつ (1+rP) 80 wP < (1+rE) 120 wE
すなわち
{(1+rP)/(1+rE)} 80/120 < wE/wP < {(1+rP)/(1+rE)}90/100
でなければならない。
もし両国の利潤率が等しいとすると
80/120 < wE/wP < 90/100
これが、じつは貨幣経済で双方向的な貿易の成り立つ条件である。
(5)まとめ
じつは、全部、同値の事態である。その検証は、次回。
国際貿易論 第3回
2国2財と2国多数財の一般理論(労働投入のみの場合)
2008.10.27 塩沢由典
(1)リカードの数値例を一般的に考える。
毛織物 葡萄酒 第1財 第2財
イギリス 100 120 A国 a b
ポルトガル 90 80 B国 c d
添数を付けた表記法
第1財 第2財
A国 ta1 ta2
B国 tb1 tb2
正確にはt_{a1}、t_{a2}など下付き添数とする。
(2)比較優位の概念1 ☆同じ国で産業同士を比較する。
第2財に対する第1財の比率 A国 ta1/ta2 B国 tb1/tb2
いま、
ta1/ta2 < tb1/tb2 (1)
のとき、A国はB国に対し、第1財に比較優位をもつ。[これは定義の一種]
リカードの数値例では、
1.11..=100/90=ta1/ta2 < tb1/tb2=120/80=1.5
であり、イギリスが第1財に対し比較優位をもっていた。
☆このとき、A国からB国へ第1財を輸出し、B国からA国へ第2財を輸出することには両国に利益がある。このことは、第2回と同じく、A・B両国の消費が一定のとき、両国で必要となる労働量がどのように変化するか見れば分る。
まず、A国もB国も、両財ともに大量に生産しているとする。このとき、A国からB国へ第1財を1単位輸出する。代わりにB国からA国へ第2財をx単位輸出するとする。つまり国際貿易で成立する交換比率があって、第1財と第2財が1:xで取引されているとする。
このとき、自国の消費量を変えないためには、A国では第1財1単位増産し、第2財をx単位減産する。反対にB国では第1財を1単位減産し、第2財をx単位増産する。
A国の労働必要量の変化: 1・ta1−x・ta2
B国の労働必要量の変化: -1・tb1+x・tb2
これがともに負となる、つまりA・b両国で必要労働量が少なくなるには、
1・ta1−x・ta2<0, -1・tb1+x・tb2<0.
投入係数はすべて正であることに留意すると、これは
1・ta1<x・ta2 かつ x・tb2<1・tb1
あるいは
ta1/ta2< x <tb1/tb2.
このようなxの存在は、不等式(1)が成りたつことから明らか。
○上記の分析をまとめると以下の定理が得られる。
2国の生産技術の係数(ここでは、労働投入係数)がA国:ta1,ta2、B国:tb1,tb2と与えられ、それらの間に
ta1/ta2 < tb1/tb2 (1)
なる関係が成りたったとする。このとき、第1財1単位と第2財x単位とが交換されるとすると、その交換比率が
ta1/ta2 < x <tb1/tb2
の範囲にあると、双方の消費水準を一定に保って国際貿易比率で交換して輸出入するとき、輸出入を行なうと両国の必要労働量を減少させることができる。
逆に、国際貿易市場での両財の交換比率xがxta1/ta2以下のとき、A国では同じ消費を行なうのに必要労働量が増大する。また交換比率xがxtb1/tb2以上のとき、B国で同じ消費を行なうのに必要な労働量は増大する。
(3)比較優位の概念2 ☆同じ産業について異なる国を比較する。
☆財を生産するに必要な労働量をA国とB国とで比較する。
第1財 A国対B国 ta1:tb1
第2財 A国対B国 ta2:tb2
いま、
ta1:tb1<ta2:tb2 (1)
であるとすると、A国はB国に対し、第1財に比較優位をもつ。[これも定義の一種]
このとき、
ta1/tb1< tb2/tb2 <=> ta1/tb2< tb1/tb2 だから、これは結局、条件[あるいは定義](1)と同じことを意味する。
☆同値な定義であるが、同じ産業で比較する方が応用可能性が高い。
なぜなら、N国2財という状況を考えることは少ないが、2国N財は重要な考察対象である。
多数の財があり、それぞれの産業において両国の労働投入係数がそれぞれ
ta1 ta2 ta3 ... taN
tb1 tb2 tb3 ... tbM
で与えられるとしよう。このとき、比率
ta1/tb1, ta2/tb2, ta3/tb3, ... taN/tbN
はそれぞれ正の値をもつので、それらを大小の順に並べることができる。たとえば、
tai(1)/tbi(1)<tai(2)/tbi(2)<tai(3)/tbi(3)< ... <tai(N)/tbi(N). (3)
ただ、このように書くことは、あまり楽ではない。このとき、番号を付け直すという良い便法がある。
これは
i(1) -> 1, i(2) -> 2, i(3) -> 3, ... , i(N) -> N
と番号を付け直せば、(3)は
ta1/tb1<ta2/tb2<ta3/tb3< ... <taN/tbN (4)
が成りたつことと同値であることによる。
以下では、(4)が成りたっているとものと考える。
☆生産性の比率
列(4)の各式は、
tak/tbk = (1/tbk)/(1/tak)
とも書けるので、(4)式は、A国にとって比較生産性の高い順に番号を並べたものと考えることもできる。
(4)2国多数財の貿易
☆第2回で考えた貨幣経済のもとでの貿易を考える。
いま、A国、B国ともに利潤率がすべての財においてrであるとしよう。また、A国の賃金率はwa、B国の賃金率はwbであるとする。ただし、賃金率はある共通の国際通貨で測られているものとする。このとき、A国の財の価格は、国際通貨で測って
(1+r)wa ta1, (1+r)wa ta2, (1+r)wa ta3, ... ,(1+r)wa taN
となる。また、B国の財の価格は、おなじく
(1+r)wb tb1, (1+r)wb tb2, (1+r)wb tb3, ... ,(1+r)wb tbN。
このとき、wb/waが数列(4)のどこに位置するかが問題となる。いま、仮に
ta1/tb1<ta2/tb2<...<taj/tbj<wb/wa<ta(j+1)/tb(j+1)<...<taN/tbN (5)
となっていたとすると、これは
(1+r)wa ta1<(1+r)wb tb1,..., (1+r)wa taj<(1+r)wb tbj
だが、その後の番号の財では
(1+r)wa ta(j+1)>(1+r)wb tb(j+1),..., (1+r)wa taN>(1+r)wb tbN
となる。これより、価格の小さいほうから高い方に輸出されると考えると、第1財から第j財まではA国からB国に輸出され、第j+1財から第N財まではB国からA国に輸出されることになる。賃金率のA国に対するB国の比率すなわちwb/waが生産性の比率tak/tbk = (1/tbk)/(1/tak)たちのどこに来るかによって、どの財までが輸出され、どの財が輸入されるを定める。
[挿入図]
○生産性の比率が賃金率の比率より高いと、その財は輸出される。
いま、価格差があるとすべての財がよりやすい生産費の方の国で生産されるようになるとしよう(完全特化)。さらに、世界では、どのような財がどんな比率で需要されるか分っているとしよう。このとき、2国の賃金率の比率が与えられると、上の原理により、どの財が生産されるか分る。貿易は、生産される国からそうでない国に対し行なわれる。
この仮定のもとで、2国の労働力LaとLbとが与えられると、賃金率はどの範囲になければならないか分る。
さて、価格差があるとすべての財がよりやすい生産費の方の国で生産されるようになるとしよう(完全特化)。さらに、世界では、どのような財がどんな比率で需要されるか分っているとしよう。この比率を
d1, d2, d3, ... , dN
とする。当然、
d1+d2+d3+ ... +dN =1.
このとき、2国の賃金率の比率が与えられると、上の原理により、どの財が生産されるか分る。貿易は、生産される国からそうでない国に対し行なわれる。
この仮定のもとで、2国の労働力LaとLbとが与えられると、賃金率はどの範囲になければならないか分る
A国にとって比較生産性が高い順に財の番号が付けられているとする。
このとき(5)が成りたっていれば、第1財から第j財まではA国で生産される。世界の総需要をかりにYとするとき、A国で生産される生産量は
d1 Y, d2 Y, ... , dj Y。
そこで必要とされる労働量は
d1 ta1 Y+d2 ta2 Y+ ... + di taj Y。
他方、B国の生産は
dj+1 Y, dj+2 Y, ... , dN Y。
よって、必要とされる労働量は
dj+1 ta(j+1) Y+dj+2 ta(j+2) Y+ ... + dN taN Y。
世界生産量Yがすべての項にかかっているが、比率だけで考えると、
d1 ta1+d2 ta2+ ... + di taj : dj+1 ta(j+1)+dj+2 ta(j+2)+ ... + dN taN
が労働力の比率La:Lbに等しくなるよう、wb/waが定められればよい。
とろで、
taj/tbj<wb/wa<ta(j+1)/tb(j+1)
となると、上の比率はある離散的な有限個の値しかとらない。よって、一般にはある財についてtaj/tbj=wb/waとなる点で第j財がA国とB国でともに生産される場合(不完全特化)でないと、厳密には必要労働量の比率はLa:Lbに等しくならない。
これより、2国の技術と労働量の比率が与えられたとき、両国の賃金率がどのような比率を持たなければならないかの最初の説明が得られる。
国際貿易論 第4回
3国経済の競争と競争パタン
(1)2国経済の特殊性
2国2財の経済は特殊であり、その分析と概念とは3国3財以上の場合には使えない。
たとえば、2国ごとの比較優位概念が3国3財の労働投入経済においては有効でない。
以下のJonesの数値例を見よ。
(2)Jonesの数値例(Ronald Jones, 1961)
America Britain Continental Europe
Corn 穀物 10 10 10
Linen亜麻布 5 7 3
Cloth毛織物 4 3 2
2国2財ずつの比較では、可能な特化パタンを探し出せない。
反例 A国が亜麻布に、B国が穀物に、C国が毛織物を生産する特化パタン
それぞれの国は指定された商品について、他の国の特化商品に対しても比較優位をもつ。
A国はB国の穀物と比較して亜麻布に比較優位をもつ。 5/7 < 10/10
A国はC国の毛織物に比較して亜麻布に比較優位をもつ。10/10 < 4/2
B国は、C国の毛織物に比較して穀物に比較優位をもつ。10/10 < 3/2
しかし、このような特化パタンはじつは不可能である。Jones(1961)は、各行各列から一つずつ要素を取り出しだ積(置換積)が最小でなければ、特化パタンは効率的である(完全特化の生産点が極大面にある)ことはありえないことを示した。
組合せ(置換) 3つの要素の積(置換積)
A1 B2 C3 140
A1 B3 C2 90
A2 B1 C3 100
A2 B3 C1 150
A3 B1 C2 160
A3 B2 C1 280
(3)競争的賃金率体系の存在
このとき、賃金率の体系$w_A, w_B, w_C$が存在して、各国の特化商品がもっとも安価であるようにすることができる。すなわち、
5 w_A < 7 w_B , 3 w_C
10 wB < 10 w_A , 10 w_C
2 wC < 4 w_A , 3 w_B
これが成りたつとき、Jonesの公式が成りたつことは容易に証明できる。じっさい、w_A, w_B, w_Cは正だから、左辺と積と右辺の積とを比較すれば、可能な完全特化パタンは近く積を最小化することが分る。
(4)定理間の関係
Jones (1961) 置換積が最小でなければ、完全特化の生産は効率的である[極大フロンティアを構成する]ことありえない。
完全特化を可能にする賃金率体系が存在すれば、そのパタンの置換積は、すべての置換積の中で最小である。
しかし、以下は証明されていない。
@あるパタンの置換積が強い最小であれば、そのパタンによる完全特化が可能である(特化生産は効率的てある)。
Aあるパタンの置換積が最小であるとき、そのパタンによる完全特化を可能にする賃金津体系が存在する。
(5)3国3財の分担的パタンのいろいろ
重心表示により、各国がどの財で競争的となるか、図解することができる。
5.1 重心表示について
5.2 分岐頂点について
5.3 競争的領域の見分け方
5.4 分担的領域の各構成要素
5.5 PTTの例題の各領域につき、競争パタンを計算してみること
配布資料:
@リカード貿易理論 第2章(前半)
Aパワーポイントで作成した図版
国際貿易論 第5回
3国経済の競争パタンと生産可能集合
2008.11.17 塩沢由典
(1)Jonesの数値例を検討してみよう。
数値例(Ronald Jones, 1961)
America Britain Continental Europe
@Corn 穀物 10 10 10
ALinen亜麻布 5 7 3
BCloth毛織物 4 3 2
賃金率単体Δ(w1+w2+w3=1, w1≧0, w2≧0, w3≧0)の細胞分割(複体分割)
第1、第2、第3財のそれぞれの分岐頂点をY1,Y2,Y3とする。
国を表す頂点Aをw1=1, w2=0, w3=0、頂点Bをw1=0, w2=1, w3=0、頂点Cをw1=0, w2=0, w3=1とする。具体的にグラフとして表すときには、正三角形表示でなく座標(w1,w2)をとるものとする。(PTTの第1図)
Y1,Y2,Y3の各分岐頂点と三角形の頂点A,B,Cの各頂点を結ぶ。
それらの交点として、分岐頂点以外につうじょう3つの交点が生まれる。
(PTTの第1図では、1,8,35,69,76,182の番号が付けられている。)
各頂点の値(賃金率) これは計算で算出する(実際には、計算機にさせる)。
1 => (3/13, 4/13, 6/13) 8 => (9/34, 5/17, 15/34)
35 => (21/71, 15/71, 35,71) 69 => (2/7, 2/7, 3/7)
76 => (3/11, 3/11, 5/11) 182 => (1/3, 1/3, 1/3)
☆完全特化パタンは内部に出来る3角形ないし6角形の領域のパタンである。
Jonesの例では、A1、B3、C2であった。
☆一般的には、点は0次元面、線分は1次元面、多角形は2次元面をなす。
定義[相対内部と開多面体]
N次元空間にあるn次元多面体Pの相対内部Rとは、Pを含むn次元空間(あるいはPを含む最小のアッフィン空間)内で、Pの内部の集合をいう。多面体の相対内部となる集合を開多面体という。 (PTT第2図参照)
賃金率単体Δは、つうじょう3つの分岐頂点のそれぞれと三角形の各頂点A,B,Cとを結ぶ線分によって構成される図形をいう。それらの交点として、分岐頂点以外につうじょう3つの交点が生まれる。頂点および交点(今後、これも頂点という)は、つうじよう6個ある。各交点および頂点で、線分を区切り、その相対内部をそれぞれ異なる開線分とする。また、線分たちで囲まれる領域がつうじょう10個できる。
定理[細胞分割]
3角形Δは、複数個の面の相対内部の集合(開多面体という)に分割され、Δの各点はそれら開多面体のどれか1つにのみし、ひとつの開多面体のどの点も同じ競争パタンをもつ。
開多面体の各点に共通の競争パタンを開多面体の競争パタンという。
二つの分岐頂点が重なったり、ある分岐頂点と3角形の頂点とを結ぶ直線上に他の分岐頂点が来たりると、上の数は変わってくる。しかし、賃金率Δが複数個の開多面体に重複なく分割されることは変わらない。
定義[分担集合]
Δのある点において、A,B,Cのどの国も、少なくともひとつ競争的な技術(財の生産技術)をもつとき、この点は分担的であるという。分担的点の集合を分担集合という。
分担集合は、Δの細胞分割の部分集合として開多面体に分割され、開多面体の各点はすべて同じ競争パタンをもつ。
第1図はやや見にくいので、第3図にその模式図を書き、それぞれの開多面体に名前を避けた。また、1次元以上の各開多面体の競争パタンを右に示した。
(2)賃金率Δの分担的頂点と生産化可能集合の極大面との対応関係
頂点1は、@A, AA, BABCという競争パタンをもっている。これは、国別に整理しなおすと、Aでは123財が、Bでは3財が、Cでは3財が競争的であることを意味する。
各国の労働力量を1とするとき(LA=1, LB=1, LC=1)、
A国 xA tA1+yA tA2+zA tA3 ≦1 (xA≧0, yA≧0, zA≧0) を満たす生産(xA,yA,zA)が可能である。
これは(0,0,0)、(1/tA1,0,0)、(0,1/tA2,0)、(0,0,1/tA3)の各点を頂点とする4面体の任意の点が生産可能であることを意味する。極大な境界面は、(1/tA1,0,0)、(0,1/tA2,0)、(0,0,1/tA3)の各点を頂点とする3角形で与えられる。
B国とC国では3財のみが競争的であるから、B国の生産可能集合は(0,0,0)と(0,0,1/tB2)を結ぶ線分、C国の生産可能集合は(0,0,0)と(0,0,1/tB2)を結ぶ線分となる。ABC3国を合わせた生産可能集合の極大面は、結局、
(1/tA1,0,1/tB2+1/tC2)、(0,1/tA2,1/tB2+1/tC2)、(0,0,1/tA3+1/tB2+1/tC2)
の3点を結ぶ三角形となる。これらを原点から三角形(1,0,0)、(0,1,0)、(0,0,1)へ透視した図形をxy座標で表すと、
(1/tA1/{1/tA1+1/tB2+1/tC2},0)、(0,1/tA2{1/tA2+1/tB2+1/tC2})
となる。これを計算機で計算させものがPTT第4図の3角形1である。これを生産面Δの細胞分割という。
他の頂点8、35、69、76、182についても同じことを行なうと、財空間の単位単体は、境界を除いて互いに重なることなく埋め尽くされている。(PTT第4図)
☆生産可能集合は、xyz空間の正象限に収まる凸多面体であり、正ベクトルの各方向に極大な点をもっている。
したがって、平面上に図示するときには、平面化すめに当たって取られた方法に固有のゆがみが生ずる。PTT第4図は、生産ベクトルの方向を正しく示しているが、極大面自体の形はゆがんだものとなっている。PTT第5図は、(1,1,1)方向の無限遠からそれに直交する平面への正射影をとったものである。これにより、領域8、69、76が平行四辺形であることが見て取れる。
たとえば、領域8は@A, AAC, BBCという競争パタンをもつ。これを国別に整理すると
A 12財、B 3財、C 23財となる。A国はその労働力を1財と2財の生産に振り分け、C国はその労働力を2財と3財の生産に振り分ける。そのベクトル和として、平行四辺形が得られ、それがB国の生産、第3財を1/tB3だけずらしたものが頂点8に対応する領域である。
生産面Δの領域の大きさは、各国に労働力がどのように配分されているかによってことなる。上ではLA=1, LB=1, LC=1の場合を見たが、他の配分例の生産面ΔがPTT第6図に与えられている。
(3)分担集合の開多面体と生産可能集合の極大面との対応関係
(2)では、賃金率Δの各分担的頂点と生産可能集合の極大面の各領域(開多角形)とが1対1に対応することをみた。
このような対応は、双方の他の開多面体との間にも存在する。
もう一度、LA=1, LB=1, LC=1の場合に戻って、生産可能集合の極大面を見てみよう。
まず、賃金率Δの分担的開領域αに対応する生産点をもとめてみよう。αの競争パタンは、@A, AC, BBである。これは国別に整理すると、A1、B3、C2である。すなわち、A国は1財、B国は3財、C国は2財の生産に完全に特化する。う動力すべてを使う生産は、3国を合わせて(1/tA1, 1/TC2, 1/tB3)となり、極大点は一点のみからなる。これは、生産面でみると、PTT第4図の3つの四辺形が交わっている頂点にあたる。
次に、開線分aに対応する極大面を求めよう。開線分aの競争パタンは@A, AA, BBC である。これは国別に整理しなおすと、A 12、B 3、C 3であり、B国、C国は3財の生産に完全に特化する。その生産量は、2国合わせて(0,0, 1/tB3+1/tC3)。他方、A国は1財と2財の生産にその生産活動を配分する。結局、3国合わせて、2点(1/tA1,0, 1/tB3+1/tC3)と(0, 1/tA2, 1/tB3+1/tC3)を結ぶ線分が極大点集合となる。
PTT第7図には、賃金率Δの分担集合の各構成面の名前を対応する生産面Δの構成面に付けたものである。これにより、分担的集合の各構成面(開多面体)と生産極大面の各構成面(開多面体)との間に1対1の対応が付くことが分る。以上のことは、任意の3国労働投入経済について成立する。
定理[細胞分割に関する双対定理]
任意の3国労働投入経済につき、分担的集合の各構成面(開多面体)と生産極大面の各構成面(開多面体)との間に1対1の対応が付く。
☆この定理は、より一般には中間財の国際取引を含むM国N財の一般的経済について成立する。このことの証明が今後の課題となる。
なお、対応の開多面体の次元をみると、次の定理が成りたっていることが分る。
定理[双対対応に関する次元定理]
3国労働投入経済において、価格面Δの分担的開多面体Xに対応する生産可能集合の極大面をYとするとき、以下が成立する。
dim(X) + dim(Y) = 3-1.
(4)価格変化と需要変化
各国に一定の労働力が配分されているとしよう。たとえば、LA=1, LB=1, LC=1の場合を考える。
世界の需要が生産面Δのある開領域内にあるとき、それを競争的に実現する相対的な賃金率は、一義的に定まる。
たとえば、開領域182にあるとき、賃金率はwA=wB=wCで等しい。しかし、もし需要が69開領域にあるとすると、賃金率はwA=2、wB=2、wC=3でなければならない。76開領域の場合、wA=3、wB=3、wB=5という比率となる。
世界需要がどの領域にくるかは、各財に対する需要の程度によって決まってくるが、各国の労働力の比率によって、各領域の大きさが変わってくることにも留意すべきである。たとえば、LA=5, LB=4, LC=11の場合、第1財が0.3以上の重みを占める場合、すべての需要が182開領域にある。
考察[需要と賃金率]
需要が生産面Δのどこかにくることが分り、それがある開領域にあるならば、各国の賃金率は、開領域に対応する唯一つの賃金比率に定まる。
考察[賃金率と極大生産点]
賃金率Δの分担集合のひろい範囲を占める領域α内を賃金率が動いても、それに対応する生産極大面はただ1点にあって動かない。
注意 賃金率が決まり、価格が決まれば、それに合わせて世界需要の構成も変わってくるかもしれない。しかし、その変化の結果、需要が領域の境界にまで移動しない限り、上の考察は正しい。
世界需要が境界にあるとしよう。たとえば、領域69と領域182の境界開線分e上にあるとする。この点を与える賃金率比率は、賃金率Δの線分e内で変動しうる。賃金率Δの開線分e内にある任意の2つの賃金率に対応する価格をp=(p1,p2,p3)、q=(q1,q2,q3)としよう。また、(生産面Δではなく)生産極大面の開線分eの二つの点をx=(x1,x2,x3)、y=(y1,y2,y3)としよう。このとき、実は
=0
という関係がある。これは価格面のeと生産極大面のeとが互いに直交していることによる。
考察[価格変化と需要変化]
3国経済において、価格変化と需要変化とは、極大面で考えるかぎり、垂直的な関係にある。
(5)賃金水準
いま世界需要の構成が、ある生産可能集合の極大面μ内にあるとしよう。面μ(正確には、μの相対内部の開領域)を生成する賃金率Δの構成要素は、0次元面(すなわちある頂点)である。その点の重心表示を(wA, wB, wC)とするとき、3国の相対賃金の比率は、wA:wB:wCとなる。これより次の定理を得る。
定理[各国の相対賃金率]
3国労働投入経済において、世界需要の構成が生産可能集合のある極大面内にあるとき、A,B,C3国の相対賃金は、一義的に定まる。
この賃金率を貿易前の賃金率と比較してみよう。いま、ある国が3つの財を共に生産しているとすると、この国(A国としよう)の価格は、A国が閉鎖して生産・消費していたときと同じになり、実質賃金率も変わらない。(貿易を開始しても利潤率が変わらないと仮定すれば、3つの財すべてを競争的に生産している以上、賃金単位で測ったその国の生産価格は、貿易開始前と同じとなる。)これは、たとえば、PTT第4図、第6図、第7図の領域182のC国の場合である。
3つの財すべてに競争的でない国については、別の考察ができる。いま領域182のA国について考えると、A国は第1財についてのみ競争的である。賃金率がwAであるときの貿易前の価格をpA1,pA2,pA3、賃金率が(wA, wB, wC)のときの世界価格をp1,p2,p3とするとき、これは、
pA1=p1, pA2 > p2, pA3 > p3
を意味する。したがって、A国の雇用されている労働者が第1財以外の財を購入する場合には、貿易後は貿易前より高い実質賃金水準を享受することになる。賃金財が一部に限られている場合でも、それらすべてを生産している国の労働者には貿易の利益がないが、一部の賃金財について競争的でないがゆえに生産を停止した場合、雇用されている労働者の実質賃金水準は上昇する。
定理[貿易の前後の実質賃金率]
貿易前の賃金率単位の価格に比べ、貿易後は、すべての賃金財を競争的に生産している国を除き、雇用されている労働者の実質賃金水準は上昇する。
注意 上の定理は、すべての労働者が完全雇用を維持あるいは回復した場合には、すべての労働者に成りたつが、移行期で一部産業が操業を停止して、完全雇用が回復していない場合には、話は別である。おなじような損失は、産業資本家自身にも生ずる。したがって、貿易開始が速やかに完全雇用を達成するものでないかぎり、貿易による損失と貿易摩擦が発生する。
☆以上、(1)〜(5)に見てきたことは、M国、N財でかつ投入財が貿易される一般の場合にも、ほとんどすべて成立する。ただし、その証明には、まったく新しいアプローチが必要となる。次回は、一般理論の数学的準備とし、次々回以降で、リカード・スラッファ理論の全体像を示す。
国際貿易論 第6回
最小価格定理あるいは非代替定理
2008.12.1 塩沢由典
(1)基礎の設定と諸定理
国際貿易理論は、中間財が取引されない場合、リカード理論の直接的延長上にある。しかし、中間財が国際的に取引される場合には、より根本的に古典派経済学の基礎に立ち戻って考える必要がある。
そのとき、核となるのが、最小価格定理ないし非代替定理である。基礎となるのは、以下の性質のもつ一国経済である。基本的な概念は、技術とそれにより可能となる生産である。N種類の財からなる経済において、生産の投入ベクトルは、労働と最大N種類の財からなるN+1次元のベクトルであり、産出は最大N種類の財からなるN次元のベクトルである。労働力は、各生産に用いられる最大の量可能労働量を決定する。経済は、以下で与えられる生産可能な単純生産経済とする。
(1)ただ一種類の労働力が存在する。
(2)経済には、有限個の技術(工程)が存在する。
(3)各技術には、それにより可能となる生産(投入ベクトルと産出ベクトル)が存在する。
(4)ある技術によりある生産が可能であるとき、その非負の実数倍の生産が可能である。(比例的生産技術)
(5)任意の技術は、ただ一つの財の純生産する。(単純な技術)
(6)生産可能な生産の和は、生産可能である。(加法性)
(7)ある技術の組をとれば、それらにより可能となる生産には、すべての財を純生産するものがある。(生産可能性)
(8)ある財を純生産する生産の労働投入量は、つねに正である。(労働の不可欠性)
(9)任意の技術は、少なくともひとつの財を純生産する。
条件(5)(7)(8)(9)における「純生産する」とは、産出ベクトルから投入ベクトルを引いたベクトルにおいて、ある財の要素が正となることをいう。
[注意]
@単純生産経済と単純再生産の経済とは意味が異なる。単純生産の仮定は、技術に関し、それが結合生産を含まないことを意味する。
A上の諸仮定は、議論を簡単にするために典型的な場合を挙げている。(2)、(5)、(8)はより一般の形にすることができるが、本講義では立ち入らない。(9)は、単純に取り払うことかできるが、廃棄物の処理などを考えるとき以外は、あって無害な仮定である。
このとき、以下のことが成り立つ。
(7)より、任意の財について、それを純生産する技術が存在する。(5)より、あるひとつの技術により純生産される財は、一種類に限られる。したがって、すべての技術は、ある一つの財を純生産するものに分類される。産業とは、ある財を純生産する技術およびそれらのみにより可能となる生産をいう。
ひとつの技術は、ある投入ベクトルと産出ベクトルの組(a, b)により代表させることができる。このとき、この技術によるすべての生産は、(sa, sb) = s・(a, b) と表される。定常過程を考える場合には、投入ベクトルと産出ベクトルの組に代えて、純生産ベクトル b-a を代表元とすることもできる。この場合、労働投入分をつねに1単位となるよう純生産ベクトルを選ぶことができる。さらに、この代表元は、労働投入分を切り離して、財の空間のみのN次元のベクトルと考えこともできる。
すべての技術の集合をその経済の技術集合という。上の(1)〜(9)の仮定により、ある経済の技術集合は、M行(2N+1)列の行列Cにより表される。ここで、Mは技術集合の個数である。具体的には、Cは、それぞれの技術の代表元(a,b)を縦に並べたものである。このとき、任意の生産は、非負のM次横ベクトルs=(s1, s2, ... , sM)により、sC と表される。この関係は、分解して、
x0= < s , a0 > , x+ = s A, y = s B, y-x+ = s D
と表すこともできる。ただし、ベクトルa0は、労働投入係数ベクトル、Aは財の投入係数行列、Bは財の産出係数行列、Dは財の純産出係数行列すなわちB-Aである。非負ベクトルsを生産規模ベクトルと呼ぶ。
[生産可能定理]
ある技術系において、正の財ベクトルが純生産可能ならば、任意の非負の財ベクトルは、その技術系に属する生産で純生産可能である。ただし、労働投入は適当に取り直すものとする。
(証明)
仮定より、ある非負ベクトルsがあって、s D>0. ここで、Dは第j行に第j産業に属するものとすれば、仮定(5)より、djj>0。そこで、財の単位を取り替えることにより、すべてのjにつき、djj=1と仮定してよい。このとき、D = E - Fと書ける。ただし、EはN次の単位ベクトル、Fはn次の非負正方行列。
これを整理すると
s F < s E = s.
これより、正の数εを十分小さくとると、
(1+ε) s F < s あいるいは s F < {1/(1+ε)}s.
この関係を上の右側不等式の左辺のsに代入すると
s F^2 ≦ {1/(1+ε)^2} s.
同様に、任意の正の整数Kに対し、
s F^K ≦ {1/(1+ε)^K} s.
これより
s {認^K} ≦ 倍1/(1+ε)^K} s = {ε/(1-ε)} s.
これより、ベクトルsは正だから
認^K ≦ {ε/(1-ε)} [s/s].
ただし、狽ヘ0から無限大とし、行列[s/s]は、各行各列のすべての要素がsの最大の要素をsの最小の要素で割った実数からなるN次正方行列とする。これから、
E + 認^K ≦ {ε/(1-ε)} [s/s]
と左辺は有界に抑えられ、かつ総和は単調増大であるから、ある非負行列Gに収束する。Gの構成から
G (E-F) = E
が成立する。したがって、行列Gは(E-F)の逆行列である。
そこで、任意の非負ベクトルzに対し、s=z Gとおけば、
s D = s (E-F) = z G (E-F) = z E = z.
これで、定理が証明された。■
技術系に属する生産が正の純生産ベクトルをもつとき、その技術系は生産可能であるという。生産可能な技術系については、以下の性質をもつ正の価格が存在する。
[価格定理]
生産可能な技術系と任意の賃金率wに対し、ある正の縦ベクトルvが存在し、技術系に属する任意の生産
(x0, x+, y)に対し、
w x0 + < x+, v > = < y , v >
となる。また、賃金率wを一つ決めれば、このような価格は一義的に定まる。
(証明)
[生産可能定理]の証明における記号法を踏襲する。このとき、D = E-F = B-Aに対し、非負の逆行列Gが存在する。このとき、
v = w G a0
と置くと、労働投入ベクトルa0が正、行列Gが非負であるから、vは非負。このとき、任意の生産(x0, x+, y) = ( < s, a0 > , s A, sB )に対し、
< b-a, v > = < s (B-A), w G a0 > =w < s, (B-A) G a0 > = w < s, a0 > = w x0.
ところで、a0 が正であるから、任意のjにつき、sj =1、他は 0であるような生産水準ベクトルsを取ると、b-a は第j産業に属する生産で、単純生産の仮定から第j要素のみが正である。したがって、もしvj が正でないとすると、
< b-a, v > = w < s, a0 >
の左辺は非負、右辺は正となって矛盾する。したがって、すべてのjにつき、vjは正、すなわちベクトルvは正ベクトルである。
さて、上の性質をもつ第2の価格uが存在するとしよう。任意の非負ベクトルsに対し、
< s, (B-A)v > = < s(B-A), v > = < s(B-A), u > = < s, (B-A)u >
任意のjについて、sj =1、他は 0であるような生産水準ベクトルsを取ると、これは
(B-A)v = (B-A)u
を意味する。ところで、G=(B-A)^(-1)だから、両辺に左からGを作用させると、u=v. ■
生産的な技術系に対し、上で定義される価格を、この技術系に随伴する価格という。これは、賃金率wを一つ決めれば、一義的に定まる。
この定理を用いて、次の定理が証明される。
[最小価格定理]
生産可能な単純生産の経済において、ある技術系が存在し、賃金率をw、この技術系に随伴する価格をvとすると、この価格は正で、経済の任意の技術(x0, x+, y)に対し、
< y, v > ≦ w x0 + < x+, v >
が成立する。あるいは、同じことで、任意の技術の代表元(a0, a+, b)に対し、
< b, v > ≦ w a0 + < x, v >
が成立する。また、技術系に属する技術あるいは生産については、上の不等式は、すべて等号で成立する。
この定理は、実は次の非代替定理と同値である。
[非代替定理]
生産可能な単純生産の経済においては、ある技術系を取ると、この経済のすべての可能な生産で、純生産が非負のベクトルは、この技術系により可能な生産である。
非代替定理には、明確な幾何学的意味がある。各技術を1単位の労働投入に対する純生産ベクトルaで表すことにすると、これまでDと書いてきた行列が、今度はAと表される。
第j産業に属する技術では
aj > 0 かつi≠jのすべてのiにつき ai≦0.
このとき、労働量1単位により純生産可能なベクトルzは、
s1 + s2 + ... + sM = 1
を満たすある非負ベクトルsについて
z = s A
となるものである。これには幾何学的な解釈が可能である。産業jに属する技術は、
aj > 0 かつi≠jのすべてのiにつき ai≦0
という特性をもっている。これは、第j産業の代表元が第j座標のみが正、他の座標はすべて非負という領域に属することを意味する。財の種類が2の場合、第1産業は第4象限に、第2産業は第2象限に入る。ただし、各象限の境界は、第j座標が0となる境界を除いてすべて含まれる。純生産可能な財のベクトルは、このように表示した各ベクトルの閉包として与えられる。
このとき、各産業に有限個の技術があるとしても、各産業から一つずつ技術を選んで、それらを通る超平面を作ると、すべての技術の代表元は、この超平面で仕切られる半空間の内部ないし境界にあるようにできることを意味する。この半空間を示す不等式が
< b, v > ≦ w a0 + <x, v >
ないし
< y, v > ≦ w x0 + < x+, v >
である。
これは財の数が2種類のときは、この定理はほぼ自明である。参考図を見よ。しかし、財の数が3になると、この関係は見にくくなり、一般に証明するとなると、なかなか大変である。
歴史的には、この定理は、P. Samuelsonにより財の種類が2のとき発見され、その後、Koopmans やArrowなどにより、より一般的な場合が証明された。この定理は、最初、「代替定理」と呼ばれたが、それは定理の内容を正しく表現するものではない。技術がたくさんあり、選択の可能性があっても、すべての可能な生産の非負象限にある極大元は、すべてある技術系に属する生産として実現できるというのが、この定理の意味である。したがって、最終需要がなんであろうと、それを純生産するような生産は、ある一定の技術系に属する生産により実現できる。これは、技術の代替が不必要であることを意味する。したがって、この定理は後には、非代替定理と呼ばれるようになった。
(最小価格定理の証明)
経済は生産的であるから、生産的な技術系γが存在する。その技術系に随伴する賃金率と価格をwとvとすると、vは正である。以下では、技術は、1単位の労働投入に対応する純正さんベクトルa'で表すことにする。
いま、経済に属する技術aで、w < が成りたつとしよう。一般性を失うことなく、この技術は、第1産業に属すると仮定してよい。そうでなければ、番号を取り替えればよい。
このとき、技術系γから第1産業に即する技術を上の技術aに取り替えてできる技術系をγ'とする。技術系γの純生産係数行列をAとすると、これは生産可能であるから、(つうじょうA^(-1)と書かれる)非負の逆行列B をもち、v = w B I. ただし、Iは、(これまでのa0に相当する)すべての要素が1である縦ベクトル。
さて、技術a'について
< a', v > > w
かつ第1以外の任意の産業に属するγの技術を(1,a)とすると、
< a , v > = w.
これより、A'v > 0. 生産可能定理の証明を思い起こせば、横ベクトルと縦ベクトルと役割は違っているが、同様の証明により行列A'が非負の逆行列B'をもつことが分かる。
そこで、v'= w B'I と定義しよう。
このとき、
A' v' = w A'B'I = w I ≦ A' v.
ところで、B'は非負だから、上の不等式に左から行列B'を作用させると
v' ≦ v かつ v' ≠ v
じっさい、もしv' = v なら、< a', v' > = < a', v > であり、< a', v > > w ではありえない。
これより、< y - x+, v > ≦ w を満たす任意の生産(1, x+, y)で純生産ベクトルy − x+ が非負のものについて、
< y-x+, v' > ≦ w
がいえる。
このようにして、< a', v > > wを満たす技術が見つかるごとに、技術系を取り直していけば、
v= v0 ≦≠ v'=v1 ≦≠ v2 ≦≠ v3 ≦≠ ... ≦≠ vK
という系列が得られ、各vkはある技術系に随伴している。しかし、技術系は有限個であるので、この系列はいつか終了し、最後には< a', vK > > wを満たす技術が見つからない技術系に到達する。その技術系を改めてγとすれば、γに随伴する賃金率wと価格vについて、すべての技術について
< b, v > ≦ w a0 + < x, v >
か成立する。これは経済の可能な生産について
< y, v > ≦ w x0 + < x+, v >
が成立することをも意味する。これが証明すべきことであった。■
(非代替定理の証明)
最小価格定理が成立するような技術系γを取り、随伴する賃金率と価格をw, pとする。このとき、経済のすべての生産(x0, x+, y)は
< y-x+, v > ≦ w x0
を満たす。したがって、労働一単位で純生産可能な点zの集合は、不等式
< z, v > ≦ w
を満たす。また、γは生産的であるから、この不等式を等号で満たすすべての非負ベクトルは、技術系γにより生産可能である。これで非代替定理が証明された。■
(2)最小価格定理の含意
技術系に随伴する賃金率と価格は、各産業の利潤率rが0と仮定したときの、生産価格である。マルクス経済学では、これを労働価値と考えた。利潤率rが正のとき、純生産係数行列DをB-(1+r)Aと定義し直せば、生産価格に関するすべての計算はおなじように可能となる。したがって、最小価格定理は、利潤率が正の場合にも成立する。ただし、生産可能性は、産出ベクトルが財の投入ベクトルの(1+r)倍よりも大きいことと解釈し直すものとする。非代替定理も同様に再解釈すれば、利潤率ないし成長率が正の場合にも成立する。
最小価格定理は、古典派の経済学が正常価格が存在すると考えたことを正当化する。すなわち、同じ財を産出する技術が多数あっても、単純な技術という仮定が守られているかぎり、一定の労働量で可能な生産で、その純生産が正でかつ極大なものは、ある特定の技術系についての生産により実現できる。
新古典派経済学は、需要の構成が変化すれば、用いられる技術と費用が変化し、それにしたがって、価格も変化すると考えたが、単純生産の経済を考えるかぎり、そのような推論には根拠がない。技術集合に変化のないがきり、いかなる需要も、一定の技術系により効率的に生産可能であり、価格は一定にとどまる。
需要構成が変化すれば、価格が変化するというのは、新古典派経済学のイデオロギーにすぎない。新古典派は、その出発点において、限界原理を採用した。これは、関数間の変化を基礎にすべてを考えることを強制する。そのため、需要が変化すると価格が変化する、さらにはすべては価格の変化により調整されるという固定観念を発達させた。
生産規模の調整がすぐには効かない農業などを除いて、近代工業のほとんどの産業では、価格は上乗せ価格(mark-up pricing) により決定し、売れ行きの動きに合わせて生産数量を調整する数量調整経済となっている。これは古典派が正常価格、自然価格という概念で捉えていた事態に近い。
単純生産の経済であるという仮定は、食塩の電気分解により、苛性ソーダと塩素(と水素)を連産するような技術では成りたたない。森嶋通夫は、耐久資本財が存在する場合、一期古くなった資本財が主たる生産物とともに副産されると考えると厳密に扱えることに着目し、このような取り扱いを数学者のフォン・ノイマンが創始したことを記念してフォン・ノイマン革命と呼んだ。しかし、一定の期間、投入産出関係が不変で、その後、廃棄されるような場合には、最小価格定理は同じように成立する。
国際貿易論 第7回 補正
中間財貿易のあるリカード理論
2008.12.8 塩沢由典
(1)中間財とは
国際貿易理論においては、産出されない生産要素(本源財)と最終消費に廻る財を除き、すべての生産された財を「中間財」と呼ぶ。米のように最終消費財に使われる財で、食品工業の原材料となるものがある。これも、原材料となっている部分については中間財である。
古典的なリカード理論は、各国にただ一種類の生産要素である労働力があり、すべての財・サービスがその労働により産出される場合を想定している。根岸隆(2001、第4章)は、リカードが想定したのは、労働のみで生産される場合ではなく、労働と土地がともに用いられる場合の限界地における労働投入係数を考えているのだという解釈を打ち出している。しかし、本講義では(少なくとも工業製品については)土地の制約は少ないと考えて、労働投入のみが投入される経済を考えてきた。
しかし、労働のみが投入財である経済は、あまりにも制約が強い。そこで、原材料の生産と投入を含む場合に、理論を拡大することが必要となる。McKenzie(1954)は、もし原材料である棉花の輸入がなく、イギリス本土で棉が栽培されねばならなかったとすれば、イギリス・ランカシャーが綿工業地域となることはなかったであろうことを指摘して、中間財貿易の重要性を指摘している。
最近では、Samuelson(2001)が原材料を貿易することの利益を「Sraffa Bonus」と名づけて、その重要性を指摘している。(PTT参考図参照)
しかし、中間財貿易を含む理論、すなわちリカード・スラッファ型の国際貿易理論は、その難しさのために、数値例を用いた検討がなされてきた以外には、ほとんどなされていない。一般的研究に近い二つの例外があるが、次に分るように、じつはリカード理論の延長上に位置するものといえる。
(2)パジネッティPasinettiの方法
生産において原材料の投入は考えられているが、生産された原材料(つまり中間財)が国際的に取引されない場合は、次のようしてリカードの労働投入経済の場合に帰着できる。
すべての国がN種類の財を生産的に生産する技術集合をもっているとしよう。前回に続き、あらゆる生産に労働は不可欠と仮定し、労働一単位と原材料投入により可能となる生産を
a_j = (a_j1, a_j2, a_j3, ... , a_jN)
とする。各国Kは、このような技術jをM(K)個もつ。ただし、産出は正、投入は負の符号をもつものとする。単純生産を仮定すれば、生産係数ベクトルa_jはただひとつの番号h(j)においてのみ正となり、他の番号ではすべての係数は0または負である。
技術集合が生産的であるとは、当該の技術集合により可能な生産で、労働を除いて、すべての財が純生産される生産が存在することをいう。このとき、最小価格定理ないし非代替定理が成立する。すなわち、ある技術系γを選べば、その系の生産価格pが定まり、技術集合の任意の元a_jにつき、
≦ w
かつγに属する技術a_jについては、
= w
が成りたつ。
いま、技術を産出を1単位とするように表示することにして、γに対応する労働投入ベクトルをa0(γ)と財の投入係数行列をA(γ)とすれば、K国の最小価格は
p(K) =w(K)・(E−A(γ))^(-1)・a0(γ)
と与えられ、p(K)はw(K)に比例している。
そこで、このような賃金率w(K)と価格p(K)とに対し、各国Kが労働投入係数
tKi = pKi/wK
をもつ仮想的な労働投入経済を考えてみよう。この経済の賃金率と価格も、元の経済と同じく
w(K), p(K)
となる。したがって、この経済は最初に考えられた原材料投入をもつ経済とそれぞれの国で同じ価格ベクトルをもつ。原材料は、各国ごとに生産されて貿易において取引されないから、貿易が始まっても、賃金+原材料費用は変わらない。最終製品として、国際的に競争力のある技術による生産物だけと、その国で原材料として使われる財のみが生産される。したがって、この経済の競争関係は、仮想経済の競争関係とまったく同じとなる。
このような読み替えの可能性は、パジネッティ以前にMcKenzieなどにより指摘されているが、原材料投入経済を労働投入経済に読み替えることを方法的に用いたPasinettiに名前を借り、Pasinettiの方法と呼ぶ。
(3)ジョーンズJonesの方法
中間財は貿易されるが、そのことが本質的な問題を引き起こさない状況としてJonesは、すべての国が財について同じ投入係数行列をもつ場合を考えた。Jonesは、これを対称の場合と名づけている。
組み立て工業や化学工業を考えるとき、各国の労働生産性は大きく異なるが、部品や原料の投入組合せとその有効率は、あまり違わないと考えることができる意味で、Jonesの想定は、一定の妥当性をもっている。
いま、経済Eには、L個の技術があり、各国は、それぞれの技術で生産的であるとする。L個の技術集合の第j番目の技術が
a_j0, a_j1, a_j2, ... ,a_jN
としよう。これが第i財を生産する第K国の技術とするとき、対称性の仮定から、他の任意の第i財を生産する技術(それがK国のものであれ、他の国のものであれ)をhとするとき、
a_j = (a_j1, a_j2, ... ,a_jN) = (a_h1, a_h2, ... ,a_hN) = a_h.
このとき、a_j0のみからなる仮想的な労働投入経済Elを考えてみよう。世界の賃金率体系が
w=(w_A, w_B, ... , w_M)
とするとき、第j技術が競争的であるとしよう。この技術は、第i財を純生産するK国の技術であるとし、他の任意の第i財を生産する技術(それがK国のものであれ、他の国のものであれ)をhとする。このとき、
w_K a_j0 ≦ w_S a_j0
が成立する。ただし、Sは技術jの属する国の記号とする。
さて、いかなる形で世界価格が成立するにせよ、ある世界共通価格
p=(p_1, p_2, ... , p_N)
が成立したとすると、元の経済において、第j技術による生産価格p(j)は
p(j) = w_K a_j0 + ,
第h技術による生産価格p(h)は
p(H) = w_S a_j0 + .
ここで、対称性の仮定から
a_j = a_h,
したがって
= .
これより、もし
w_K a_j0 ≦ w_S a_j0
なら、
p(j) ≦ p(h).
この関係は、双方的であり、強い不等号は他の強い不等号を、等号は他の等号を導く。よって、経済Eと仮想的な労働投入経済Elとは、同じwに対し、まったく同じ競争関係を導く。こうして、経済Eの競争関係を分析するには、仮想労働投入経済Elを分析すればよいことがわかる。
補足的注意1.
Pasinettiの方法では、各国の内部で定義された生産価格p(K)は、それぞれw(K)に比例するものとなっている。輸出された財は、最終消費にのみ利用され、生産には投入されないから、結局、それが各技術に対する世界全体での生産価格になるともいえる。実際には、同じ財で最小の生産価格を与える技術により生産されたもののみが貿易において取引される。
Jonesの場合には、輸出した財が生産に投入される可能性がある。そこで、最終的な価格は、各国の内部で生産価格がw(K)に比例するとは限らない。しかし、財の投入係数の対称性により、賃金部分をのみを考えれば、世界での競争関係が分ることになる。
補足的注意2.
Jonesの方法を、Jones自身は「対称な場合」と呼んでいる。労働投入まで対称なわけではないが、財の投入係数行列が等しいことから、特別な扱いが可能になっている。Krugmanの貿易論について、対称性に依存しすぎると悪態をついた。Jonesの場合が示すように、対称性は、お話を構成するには有用な武器でありうるが、対称性を仮定しない一般の場合への手がかりには、ほとんど与えない。そのことは、中間財貿易の場合と同じである。
(5)中間財貿易のどこが難しいか。
中間財貿易がなされ、それが原材料として投入される場合には、生産価格が世界で一番安い投入財の価格に依存するため、ある国のある財の生産においても、その国の賃金率のみでは、世界最小価格がかならずしも決まらない。そのため、どのような組合せで生産するか、それは世界各国の労働賃金の体系に依存することになる。
一番簡単な例として、与えられた賃金率体系w=(w_A, w_B, ... , w_M)の近傍では、第2財と第3財とは、それぞれB国とC国で労働投入のみによって生産されるとしよう。(つまり、他の国でも生産することかできるが、費用面でB国とC国が最小の生産価格を与えるとしよう。)
いま、第1財は次の技術により生産されるとする。
(a0, a1, a2, a3, 0, ... , 0)
このとき、この技術jによる生産価格は
w_A a_j0 + w_B a_j2 + w_C a_j3
となる。もうひとつの技術hについての生産価格が
w_A a_h0 + w_B a_jh + w_C a_h3
であるとき、係数のあり方によっては、どちらが競争的となるかは、w_Aのみでは決定できない。この場合、少なくとも、3国の賃金率に関係して、もっとも競争的な技術が決定される。
事態は、もっと複雑でありうる。A国から輸入した財iで生産した財jがB国において財kの生産に使われ、それがさらにC国の財lの生産に競争的に使用され、それがA国の財iの生産に利用されるということもありうる。したがって、競争的な関係は、商品による商品の生産のすべての連関について考慮したものでなければならない。
(6)一般の場合と最小価格定理
パジネッティの仮定もジョーンズの仮定も満たさない場合でも、最小価格定理を使えば、各国の賃金率体系w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K) >0が与えられたとき、対応の競争パタンがただひとつ定まることが分る。
じっさい、1単位の労働投入に対応する生産係数ベクトルを
a_j/w_K = (1/w_K)・(a_j1, a_j2, a_j3, ... , a_jN)
とおき、世界のすべての国のすべての技術からなる技術集合を考えて、最小価格定理を用いれば、ある技術系γに対しひとつの世界価格pが定まり、技術集合の任意の元a_jにつき、
≦ wC(a_j)
かつγに属する技術ajについては、
= wC(a_j)
が成りたつ。ただし、C(a_j)は、技術a_jが属する国の記号とする。
K国が第h財につき、競争的であるのは、Kの技術a_jで財hを産出するものがあって
= wC(a_j)
満たす場合に限る。
少なくとも一つの技術系γについて、
= wC(a_γ(h))
がなりたつから、すべての財につき、それを競争的に生産する国が存在する。しかし、任意の国を取ったとき、その国の技術で競争的なものが存在するとは限らない。したがって、ある国が競争的な財をもつとは限らない。
(7)分担的な賃金率体系
賃金率体系w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K) >0において、すべての国が少なくとも一つ競争的な財(ないしその財を純生産する技術)をもつとき、賃金率体系wは分担的であるという。この言い回しは、賃金率体系wに対応する世界最小価格に関し、分担的な競争パタンをもつというということとを簡略に表現したものである。
次回は、賃金率Δの内部に、分担的な賃金率体系が少なくともひとつ存在すること、およびそれらの集合が世界全体の生産可能集合の形を決める重要な役割を果たしていることを説明する。
国際貿易論 第8回
中間財貿易の一般理論(Ricardo-Sraffa理論)
2008.12.15 塩沢由典
(1)仮定すべき設定
MとNを3以上の整数とする。M国N財の世界経済において財の貿易が行われ、輸出された財が自国で生産された財と差異なく投入される状況を考える。
生産技術については、以下を仮定する。
@各国は有限個の線形の技術をもつ。その技術により可能な生産は、係数ベクトルの正あるいは0の係数倍のものとする。
A技術はすべて単純生産の仮定を満たすものとする。すなわち、一つの技術によっては、ただ一つの財のみが純生産される。
B各国は、その技術集合のみによって生産的である(言い換えれば、各国は生産的な技術系をもつ。ただし、この言い換えは、数学の一定理であって、証明すべきことである。)
Cすべての技術において、労働投入は正である。
このとき、技術の数を世界全体でLとするとき、技術集合はL行N列の行列で表現される。
D各国は、一定の固定された労働力をもつ。
このような一般的な設定においては、Pasinettiの方法も、Jonesの方法も適用できない。まったく新しい数学的構成が必要である。
逆に、リカードの労働投入経済は、上の特殊な場合と考えることができる。したがって、Ricardo-Sraffa型貿易理論は、リカード貿易論の直接的な拡大理論となっている。ただし、M国N財の最小モデル(すなわち、各国が各財にひとつずつ技術をもつ場合)は、労働投入を1と基準化した表現を用いれば、ひとつのモデルはM・N行N列の非負行列で表される。すなわち、その自由度はM・N^2である。これに対し、労働投入経済では、M国N財の最小モデルはM・N個の正の係数で与えられる。3国3財の場合、労働投入経済の最小モデルの自由度が9であるのにたいし、Ricardo-Sraffa理論の最小モデルは自由度27をもつ。
(2)課題T(数学的に解決すべき問題)
このとき、以下のような一連の疑問=問題が生起する。
@賃金率体系w=(w_A, w_B, ... , w_K)が与えられたとき、世界全体ではどの国のどの技術が競争的となるか。
A適切な賃金率体系w=(w_A, w_B, ... , w_K)を取れば、すべての国が少なくとも一つ競争的な技術をもつようにできるか。(分担的な賃金率体系wは存在するか?)
B可能な競争パタンを与える賃金率の集合は、どんな形態をとるか。
C生産可能集合は、どのような形をしているのか。それは、賃金率・価格体系とどのような関係をもつのか。
D任意に与えた(0でない)非負ベクトルに対し、競争的な技術のみによって、財の純生産がベクトルのちょうど係数倍となるようにできるか。
E任意に与えた(0でない)非負ベクトルに対し、その係数倍を競争的に生産するような賃金率の体系は、存在するか。存在するとすれば、それはユニークか。あるいは、ある範囲で可変的であるか。
F一連の考察により、所与の技術体系と最終財の構成が与えられたとき、世界各国の賃金率の比率は特定されるか。ラフに言い換えれば、Ricardo-Sraffa理論により、世界各国の一人当たりGDPの差は、説明できるか。
Gリカード・スラッファ理論において、最終財の構成の変化と価格の変化とは、どのような関係にあるのか。
H大きなMやNについて、分担的集合や生産可能集合の極大面を求める適切なアルゴリズムはなにか。(Mathematicaなどを用いたプログラムをどう書くか。)
IMやNが大きくなるとき、計算に要する時間は理論的ないし実際的にどう変化するか。
(3)課題U(経済理論として考えるべき問題)
リカード・スラッファ型貿易理論は、どのような展開可能性があるのか。課題Tの応用として、可能と思われる議題を列挙する。
@比例的成長
利潤率=成長率の場合
利潤率≠成長率の場合
利潤率不均等の場合
貿易収支
A貿易の利益と不利益
実質賃金率の上昇
大国と小国
失業の発生可能性
事業転換の必要
雇用構造の転換
B技術進歩の影響
技術進歩による実質賃金率の上昇
技術的キャッチアップ
開発途上国の技術進歩と先進国の技術進歩
C加工貿易とフラグメンテーション
3国間加工貿易
フラグメンテーションの進行
D産業内貿易
産業とはなにか
商品の品目数
差別化
E輸送費減少の効果
(4)貿易政策
政策の議論をする前に必要なこと
@理論の現実適用可能性
価格と貿易
現実データでは
A政策の対象
関税と数量制限(クウォータ制)
幼稚産業論
先進国の貿易制限論
(5)リカード・スラッファ貿易理論の数学的側面
課題T(数学的に解決すべき問題)の多くの問題は、詳しくは、
Shiozawa 2007 "A New Construction of Ricardian Trade Theory," The Evolutionary and Institutional Eceonomcis Review, 3(2) 141-187.
塩沢由典 2007 「リカード貿易論の新構成/国際価値論によせてU」『経済学雑誌』(大阪市立大学) 107(4) 1-63.
を見てほしい。前者は、
http://www.jstage.jst.go.jp/article/eier/3/2/141/_pdf/-char/
から無料でダウンロードできる。
@任意の賃金率体系wに対応する世界最小価格
世界の賃金率体系w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K)と世界の技術集合が労働投入を1とするよう基準化された行列表現A=(a_j)=(a_jk)が与えられたしよう。このとき、
a0(w)=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K)
とおくとき、ある国にa0(w)とA=(a_j)とが与えられたと考えれば、最小価格定理から、その最小価格が存在する。その国の賃金率をw=1とした最小価格をp=(p_1, p_2, ... , p_N)とするとき、
w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K) と p=(p_1, p_2, ... , p_N)
がM国からなる世界の最小価格を与える。
技術jが与えられたとき、それが属する国記号をε(j)、財番号をβ(j)とするとき、任意のjにつき
w_ε(j) ≦ < a_j , p > (8-1)
が成りたつ。また、少なくとも各財iごとに適当な技術jが存在して
i = β(j) かつ w_ε(j) = < a_j , p >
となる。
上の関係は、M行L列の行列Iを、次の要素から構成されるものとするとき、行列を用い表現することができる。技術番号iが第k国の技術であるとき(k=ε(j))、
第j行の第k要素は1、他のすべて列の要素は0。これは
I = (δ(j, ε(j)))
と書いてもよい。ただし、δ(i,k)はi=kのとき1、i≠kのとき0をとる関数とする。このとき、(8-1)式は
Iw ≦A p (8-2)
と表される。このうち、いくつかの行については、不等式は等号で成立している。
賃金率体系w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K)は、つうじょう正のものを考えるが、すべてが0でないかぎり、0の要素を含んでもよい。たとえば、w_Aが0、他の賃金率はすべて正のとき、世界最小価格として
p=(p_1, p_2, ... , p_N)=0
と置けば、
A国のすべての技術jについて
w_A a_A0 = < a_j , p > =0
かつA国以外の任意の国Hの任意の技術jについて
w_H a_j0 > < a_j , p > =0
となる。
A競争関係
世界の賃金率体系w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K)が与えられたとき、対応の最小価格をp=(p_1, p_2, ... , p_N)とするとき、各技術jは、次の(1)(2)のどちらかを満たす。
(1) w_ε(j) a_ε(j)0 > < a_j , p >
(2) w_ε(j) a_ε(j)0 = < a_j , p >
不等号が<となる場合がないことは、最小価格の特性として保証されている。
これにたいし、次のように定義する。
(1) 技術jは競争的でない。
(2) 技術jは競争的である。
競争的な技術の集合を賃金率体系wに対応する競争パタンという。
もし、技術jが競争的であり、それがH国の第i財を純生産するものであるとき、H国は第i財について競争的であるという。おなじ「競争的」という修飾語が、技術についてと、ある国の財の二つについて定義されることになる。形式的に再定義すれば、次のようになる。
(1) H国の第i財は、H国の技術で第i財を純生産する競争的な技術をもつとき、競争的であるといわれる。
(2) H国の第i財は、H国の技術で第i財を純生産する競争的な技術をもたないとき、競争的でないといわれる。
H国が同じ第i財を純生産する技術で、競争的でない技術kをもっていても、別に競争的な技術jをもてば、H国の第i財は競争的である。
これにより、各国の各財が競争的であるかないかが区別される。競争的である国と財の組合せの集合を競争パタンという。たとえば、M=3, N=3のとき、
{(A,1), (A,2), (C,2), (C,3)}
は、(技術集合と賃金率体系を適当にとれば)ひとつの可能な競争パタンである。
競争パタンも、技術についてのものと、財についてのものと二種類が得られる。前者を技術に関する競争パタン、後者を財に関する競争パタンという。
最小価格定理から、各財iについて、少なくともひとつの国とその国の技術とが存在して、その技術は競争的である。したがって、各財に関し、すくなくとも一つの国はその財が競争的となる。したがって、上のようなパタンは許容されるが、
{(A,1), (A,3), (B,1), (C,3)}
といったものは許容されない。
特殊な賃金率体系については、競争パタンは簡単にもとまる。たとえば、3国3財の経済において、w_Aが0、他の賃金率はすべて正のとき、競争パタンは
{(A,1), (A,2), (A,3)}
となる。同様にw_Bが0、他の賃金率はすべて正のとき、競争パタンは
{(B,1), (B,2), (B,3)}
となる。
B同じ競争パタンをもつ賃金率体系の集合
上記Aから、M-1次元単体
Δ={w=(w_A,w_B,...,w_K) | w_A+w_B+...+w_K=1, w_A≧0, w_B≧0, ... ,w_K≧0}
の各点w=(w_A,w_B,...,w_K)に対し、ひとつの競争パタンが対応している。すなわち、
π(w)をwからそれに対応する競争パタンとするとき、
π: Δ −> Π
という写像が定義される。ただし、Πは、各国各財を元とする集合Γのすべての部分集合の集合である。技術に関する競争パタンについても、同様の集合が定義できる。(Πの中には、けっして競争的パタンとならないものも含まれている。)。言い換えれば、Δの任意の元wについて
π(w) ⊆ Γ.
同じ競争パタンをもつ賃金率の集合は、M-1次元単体
Δ={w=(w_A,w_B,...,w_K) | w_A+w_B+...+w_K=1, w_A≧0, w_B≧0, ... ,w_K≧0}
の中で、どのように配置されているのだろうか。
まず、写像πは、連続ではありえない。(Δが連結、ΓおよびΠは離散的であるから、もし連続であれば、写像πは一定の値を取らなければならない。しかし、(0, w_B, w_C, ... , w_K)と(w_A, 0, w_C, ... , w_K)では上のAで見たように、同なじ値を取らない。)
しかし、写像πは、特別な種類の弱い連続性をもっている。それはΔに点列
w(1), w(2), ... , w(n), ...
を取るとき、もしこの点列がw (w∈Δ)に収束するなら、
limitsup π(n) = ∩{n=1 ∞} ∪{k≧n} π(k) ⊆ π(w)
が成立する。参照=> 第8回第1図。
(位相数学の言葉を用いるなら、Γが離散的であるので、Γの集合π(w)を包むすべてのΓの部分集合は、π(w)の近傍Vとみなすことができる。とくに、これらの最小の近傍として、π(w)自身を取ることができる。このとき、wの点の近傍Uを適当に取れば、Uの任意の点uにおいてπ(u) ⊆ π(w) と出来ることを意味する。これは、集合値写像において、写像が上半連続であることを意味する。集合値写像の「上半連続」という用語には、多くの定義があり、少しずつ概念が異なる[たとえば、田中環・清野達雄1996「On a Theoretically conformable Duality for Semicontinuity of Set-Valued Mappings」数理解析研究所講究録939]。しかし、競争パタン写像の場合、値が有限の離散集合であるので、さまさまな定義はほぼ同値となる。)
Cπの逆像
パタン集合Πの一点をPtnとするとき、
π^(-1)(Ptn)
は、Δのどんな集合であろうか。
[定理8-1]
Θ(Ptn)=∪_{T|Ptn⊆T} T とおくと、これはPtnを最小とする上集合の集合である。
このとき、
π^(-1)(Ptn) = π^(-1)(Θ(Ptn))−∪_{Ptn⊆UかつPtn≠U} π^(-1)(U)。
さらに
π^(-1)(Θ(Ptn)) = ∪_{T|Ptn⊆T} π^(-1)(T)
は、w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K)とp=(p_1, p_2, ... , p_N)とに関する(すべて≧あるいは=を用いる)不等式系の射影集合としてあらわすことができる。そのようなものとして、π^(-1)(Θ(Ptn))は閉凸多面体である。
(証明)いま、技術に関する競争パタンの集合Πからひとつの元Ptnを取ろう。技術集合を行列AとIとで表現するとき、変数
w=(w_A, w_B, w_C, ... , w_K) とp=(p_1, p_2, ... , p_N)
について、
Iw ≧ Ap, w≧0, p≧0 かつ w_A+w_B+・・・+w_K=1
Iw|Ptn = Ap|Ptn (8-3)
となる集合をSwp(Ptn)としよう。これは、場合によれば空集合かもしれない。ただし、
Iw|Ptn および Ap|Ptnは、Ptnに属する技術に関する行のみを抜き出して作るベクトルとする。
集合Swp(Ptn)は、w-p空間内のある集合であるが、(8-3)のすべての制限は、変数に対する有限個の線型不等式の解である。このような集合を多面体という。すべての不等式は≧あるいは=でなされているから、 これらは閉じた条件である。さらに、
w≧0 かつ w_A+w_B+・・・+w_K=1
という条件から、解は有界集合である。したがって、集合Swp(Ptn)は有界閉集合(コンパクト集合)である。さらに、もしSwp(Ptn)の2元{w(1), p(1)}と{w(2), p(2)}とが条件(8-3)を満たすとすれば、0<α<1に対し、第3の元
{α w(1)+(1-α) w(2), α p(1)+(1-α) p(2)}
も同じPtnについて条件(8-3)を満たす。したがって、集合Swp(Ptn)は、(空であるかも知れないが) w-p空間の閉凸多面体である。
集合Sw(Ptn)を次で定義する。
Sw(Ptn)={ w | ∃p p≧0 かつ{w,p}∈Swp(Ptn) }
これを集合Swp(Ptn)のw空間への射影という。フーリエ・モツキンの消去法(Fourier-Mitskin's elimination method)により、閉凸多面体の射影はw空間内(すなわちΔ内の)の閉凸多面体である。[フーリエ・モツキンの消去法については、ここでは紹介しない。直感的に正しいと認めてもらっておおけばよい。]
このようにして得られた集合Sw(Ptn)を一つ取ろう。(8-4)より、w∈Sw(Ptn)およびj∈Ptnとするとき、
Iw ≧ Ap, w≧0, p≧0, w_A+w_B+・・・+w_K=1 かつ Iw|j = Ap|j.
ただし、
Iw ≧ Ap
のうちには、Ptnの元以外にも等号を満たすものがあるかもしれない。そのうち、解が実際あるものについては、あるパタンT をもつが、TはPtn⊆Tを満たすから、
w∈π^(-1)(T) すなわち w∈π^(-1)(Ptn).
したがって、Cの最初に導入した記号を用いれば
Sw(Ptn) ⊆ π^(-1)(Θ(Ptn))
が成立する。
逆に、π^(-1)(Θ(Ptn))の元wを一つ取ってみよう。最小価格定理より、ある非負の価格ベクトルpが存在して
Iw ≧ Ap, w≧0, p≧0, w_A+w_B+・・・+w_K=1
を満たす。ここで
w ∈π^(-1)(Θ(Ptn))
は、上のw,pについて、その競争パタンは少なくともPtnを包む、すなわち任意のj ∈ Ptnについて
Iw|j ≧ Ap|j
を満たす。したがって
π^(-1)(Θ(Ptn)) ⊆ Sw(Ptn).
これより
Sw(Ptn) = π^(-1)(Θ(Ptn))
となることが分る。
これより、π^(-1)(Θ(Ptn))=Sw(Ptn) は閉凸多面体である。 証明終わり。■
定理8-1は、Ptn⊆Tを満たす任意のπ^(-1)(Θ(T))についても適用可能である。したがって、
π^(-1)(Ptn) = π^(-1)(Θ(Ptn))−∪_{Ptn⊆UかつPtn≠U} π^(-1)(U)。
は、閉凸多面体から、その境界上にある閉凸多面体を取り除いたものである。凸多面体に関する一般理論から、π^(-1)(Ptn)は閉凸多面体π^(-1)(Θ(Ptn))を包む最小線型空間内の開集合(つまりπ^(-1)(Θ(Ptn))の相対内部)となる。
ここにも、凸多面体の一般理論を用いているが、その要点は、閉凸多面体の任意の境界は、それを含む閉凸多面体が存在するということである。
D賃金率Δのモード分割
条件
w≧0 かつ w_A+w_B+・・・+w_K=1
で定義される賃金率Δは、互いに素な閉凸多面体の相対内部の集合の和に分解される。これを賃金率Δのモード分割という。
E賃金率Δのモード分割の具体例
賃金率Δのモード分割の具体例は、第8回第3図で与えられる。
国際貿易論 第9回
リカード・スラッファ貿易理論/より広い文脈から
2008.12.22 塩沢由典
(0)補論:非代替定理とケインズ理論
新宅公志さん:「非代替定理より、需要構造が微小に変化しても同じ技術のまま、数量調整ができるとありましたが、これはケインズ理論の短期モデル(企業はマークアップ率により生産する)と関係があるなら、どのように関係があるか、興味があります。」
この質問は、国際貿易論とは関係がないが、経済学全体にとっては、大きな影響のある問題なので、説明を加えたい。
@ケインズ革命の核心
ケインズ理論には、その後の学説展開を考えると、二つの側面を区別する必要がある。
(1)政策思想の側面
金融危機が引き起こした大不況に、どう対処したらよいか。このまま、長期の不況が続くことが望ましくないとすると、財政出動などいわゆる「ケインズ政策」が再度、脚光を浴びる可能性が強い。少なくとも、景気循環は、技術的ショックで起こると暢気なことは意っていられなくなるだろう。
1970年以降のハイエク復権に見られた経済不介入という原則にも、修正が必要と思われる。しかし、これが1950年代のケインズに戻ることであるなら、経済学は50年間なんの進歩もなかったことになる。1930年代にケインズが行ったと同じ程度の経済学思考の大きな革新が必要であろう。
(2)経済分析の側面
ケインズ理論には、従来の価格調整モデルとはことなる思想が盛り込まれている。ふつうそれは、賃金率の固定性(固執性)と表現されており、賃金率が変わらないために、失業が解消しないという形で受け止められている。しかし、価格固定性は、失業が生ずる原因であるか否かとは異なる次元で、経済の新しい見方を示している。
ケインズの一般理論(1936)とほぼ同時にオックスフォード経済調査が現れた。これは、企業の価格設定行動を明らかにしたもので、原価に(1+上乗せ率)を掛けたものを定価とする価格決定方式を明らかにした。
これは、日常的経験からひじょうに広範に見られる事実である。ほぼあらゆる小売店での値付け、卸売り店での販売価格、ほとんどすべての工場からの出荷価格などは、需給関係の影響を受けないわけではないが、多くの商品は建値による定価販売による。(需給関係を含む)さまざまな力関係で、商品の価格が交渉で決まることはあるが、いったん決まった後は、一定期間はその価格が維持されるのが通例である。
このような価格決定方式とはっきりと異なるのは、株式市場・荷受市場などでの証券や生鮮食品等であり、これらの市場では、需要・供給が一致する点に価格が決められる、しかし、このような市場はむしろ例外的である。
学説史的には、このような固定価格経済をJ.R.HicksはFixprice Economyと名づけ、従来型のFlexprice Economyに対比した。森嶋通夫なども、このような固定価格経済における数量調整過程を研究した。このような考えは、1970年代前半までは強かったが、その後、マクロ経済学のミクロ的基礎付けという主題が生まれ、Arrow & Debreu流の一般均衡モデルが中心的な価格理論に復帰している。
固定価格経済といっても、価格は永遠に固定されるわけではない。技術変化・原材料価格の変化などによる原価の変化・競争関係の変化などにより、価格改定が行なわれる。これがどのような水準で行なわれるにせよ、一定期間は価格が固定され、その間、数量調整が行なわれる。
・短期には、企業/小売店は売れるだけ売る。
・短中長期的には、小売店/メーカーは、自社製品がより多く売れるよう、市場に働きかける。(製品プロモーション、宣伝、店頭面積確保、など)
管理会計の基本となる損益分岐点分析(CVP分析、Cost Volume Profit Analyis)は、このような事態を想定している。企業の営業努力のおおくも、売り上げ拡大を目的としている。
A独占競争と収穫逓増
Arrow & Debreuモデルが想定する完全競争モデル(純粋競争モデル)では、企業は市場価格で売りたい限度量をもち、それがつねに実現されると考える。これは、このような行動は、CVP分析の前提する事態や営業活動・マーケッティング活動が必要とされる事態と矛盾する。
完全競争モデル・純粋競争モデルが非現実的であることは経験的に明らかだが、これを修正しようとする理論は、不完全な形でしか得られていない。それが完全競争モデル・純粋競争モデルが現在に至るまで、経済理論の標準理論とされてきた一番大きな理由と思われる(Cf. Hanson: 理論は理論によってのみ打倒される。)
1930年代には、J.Robinsonの不完全競争理論、Chamberlainの独占競争理論が現れた。不完全競争理論は、任意の価格に対し(少なくとも現行価格の近傍の価格に対し)(期待できる)販売数量が想定でき、その想定に基づいて価格決定・数量決定が同時的になされると考える。この伝統は、Sweesyや根岸隆により、屈折需要曲線として修正拡大されたが、従来の価格理論の尻尾が切れていない。
アメリカでは、1940年代後半から50年代初めにかけて、限界費用論争が展開された。工事長などへのアンケートにより、費用関数の形を調べた。その結果、工場長などは@限界費用を認識していない、A平均費用は、U字型というより、右下がり型であることが確認された。これにより、伝統的な純粋競争モデルには、実証的な根拠がないことが明らかになり、なんらかの独占競争理論への転換が必要となった。しかし、限界理論の支持者たちは、理論を維持すべく様々な反論を展開した。
もう一つの重要な主題として、アダム・スミス以来の収穫逓増がある。Arrow & Debreuモデルは、生産可能集合が(擬)凸であるという仮定によって、収穫逓増を排除している。収穫逓増のもとでは、完全競争の枠組みでは、解が求まらない。経済学は、スミス以来、収穫逓増の主題(ピン工場)と競争均衡(見えざる手)との葛藤として展開してきた。
D. WarshのKnowledge and Wealth of Nations(2006)は、この歴史を第1部で、第2部で1980年代以降の収穫逓増をマクロ経済モデルに取り入れようとする研究者たちの試みを紹介している。収穫逓増を経済理論に統合しようとする試みは様々になされてきているが、成功したとは言いがたい。これはいまだ残された理論問題であり、若い研究者たちの挑戦を待っている。
塩沢の自主ゼミでは、D. Warshの第1部を読んできたが、来年度は、より直接的に収穫逓増問題にアプローチする予定である。参加者を募集する。shiozwa@gsm.kyoto-u.ac.jpへ。学部学生も歓迎する。
B非代替定理あるいは最小価格定理
この定理は、最初、Samuelsonにより発見され(正確には予想され)、KoopmansやArrowなどが厳密な証明を与えた(1950年前後)。しかし、定理の内容は、きわめて反新古典派的である。
一次同次の技術を想定するとき、非代替定理と最小価格定理は、労働量を所与とするとき、一定の価格と一定の技術系において、すべての(非負の)最終需要構成に対する極大純生産が得られることを保証している。これは、(i)価格調整が有効に機能しないこと、(ii)数量調整が経済的に効率的であることを含意している。
新古典派の価格理論は、価格が変化してすべてを調整することになっているが、この理論枠組みは、価格しか目に見える経済量がなかった古典派の時代からの古い固定観念に基づくものである。この枠組みは、@Aに見たように企業の現実の行動からも、また理論的な考察からも指示されない。ただ、Aに見たように、独占的競争理論と収穫逓増をも包摂するより有力な理論枠組みが示されるまでは、現在の完全競争モデルは打破されない。しかし、新しい理論枠組みへの有力な手ががりは得られつつあり、非代替定理あるいは最小価格定理は、その重要な一つである。
Cスラッファの原理とケインズ
ケインズが描写しようとした失業や不況の世界は、全面的均衡の世界ではなく、短期的に価格の固定される数量調整経済とみると理解しやすい。ただ、いくつかの点で、修正が必要であろう。
ケインズは有効需要を総需要に絡めて説明したために、後に混乱が起こった。ケインズの一般理論以前に、P. Sraffa(1926)は、企業が生産量を増大させようとするときの(もっともしばしば、それに制約されるという意味で)もっとも重要な制約は、企業の製品の販売数量に限界があることであると指摘した。これを「スラッファの原理」という。これは、自由主義的・資本主義的市場経済において普遍的に観察される事態である。
ケインズの有効需要概念は、スラッファの原理により解釈すれば、総需要ではなく、各企業単位で成立する事態である。ここに、ケインズの有効需要概念や総需要不足による非自発的失業概念を再構成する鍵があると思われる。
均衡理論は、価格さえ十分修正されれば、すべてが均衡すると考える。そのような状態が存在するかも知れないが、どうすればそこに移行できるがが示されないかぎり、現実的な意味を持たない。数量調整経済では、すこしばかりの価格変化では補えない、各企業が期待できる販売数量の変動があると考える。この変動の一番鍵となるものは、企業の(独立)投資である。景気が悪くなれば、各企業は、売れ行きの停滞・下落を想定するので、投資計画を縮小させる。経済には
y(E-A) = I + C + G +(Ex-Im) [これは、各財ごとのベクトル等式]
という産業連関がある。輸出入差Ex-Imが一定と考えても、消費ベクトルCがよほど数量的に拡大しないかぎり、投資Iの減少を補うことはできず、生産yは縮小し、それは賃金総量をも減少させる。賃金と価格が変化し、実質賃金率が下落するとしても
≦ (1-σ)・w・
という関係があるので、投資Iが回復しない限り、実質賃金率の下落(p/wの上昇)は、むしろ消費数量Cを縮小させる。もちろん、貯蓄性向σが大きい経済で、不況でσが大幅に縮小すれば、消費そのものが増える可能性はあるが、それはきわめて非現実的想定である。輸出主導の景気回復が期待できないとき、政府支出Gの増大によって、景気悪化を防止し、景気回復の呼び水としようということには十分な理由がある。一般均衡理論では、投資という重要な経済活動が見落としているか、少なくとも十分に分析されていない。
Dマクロ経済学のミクロ的基礎付け
1960年代以降、ケインズ経済学をミクロ的に基礎付けようとした試みが現れた。Malinvau, Benassy, 根岸隆などである。しかし、これらは一般均衡理論に数量調整を接木したために失敗した。代わりに現れたのは、1970年代以降の反ケインズ的なミクロ的基礎付けだった。そのひとつがPrescotらの実物景気循環論である。
すべては、経済理論の根底的な革新を要求している。その革新は、理論の中核に非代替定理ないし最小価格定理をおき、固定費として収穫逓増を取り込む独占競争の過程分析理論の方向であろう。
以上の諸論点の解説>>進化経済学会編『進化経済学ハンドブック』概説参照。
Eリカード・スラッファ貿易理論との関係
リカード・スラッファ貿易理論は、均衡理論を枠組みとしない貿易理論である。その点が、理論的には、HOS理論と一番大きく対立するところである。HOS理論とリカード・スラッファ理論とは、貿易の発生理由や技術の捉え方などに対立があるが、もっとも大きな違いは、経済の調整機構をすべて価格に帰着させようとするか、どのように調整が進行するか、その過程を分析しようとするか、という態度の違いにある。
リカード・スラッファ貿易理論は、大きな流れの中では、ケインズ経済学(有効需要の理論)、固定価格経済=数量調整経済、独占競争の理論などと同じ側に立ち、新古典派的・均衡理論型の枠組みと対立している。
(1)前回の整理
前回は、以下の@ABについて考察した。
@賃金率体系w=(w_A, w_B, ... , w_K)が与えられたとき、世界全体ではどの国のどの技術が競争的となるか。
A適切な賃金率体系w=(w_A, w_B, ... , w_K)を取れば、すべての国が少なくとも一つ競争的な技術をもつようにできるか。(分担的な賃金率体系wは存在するか?)
B可能な競争パタンを与える賃金率の集合は、どんな形態をとるか。
その要点は、以下の3点である。これにより、中間財貿易がある場合でも、賃金率Δのモード分割が得られる。
(1)賃金率Δの各点にただ一つの競争パタンが定義される。
(2)競争パタンを指定する集合値写像πは、上半連続で
x(1), x(2), ... , x(n), ... -> y
なら、
limitsup π(x(n)) = ∩_{n=1, ∞}∪ π(x(n)) ⊆π(y)
(3)賃金率Δは、あい異なる競争パタンをもつ多面体の相対内部の集合に余すことなく分割される。
労働投入経済と中間財貿易のある経済との違いとして、以下の2つがある。
(1)前者のモード分割が基本的に分岐頂点とΔの頂点とを結ぶ線分ですべての領域が画されたのに対し、Ricardo-Sraffa型経済では、各領域を区画する線分は、必ずしも直線状にならんでいない。
(2)労働投入経済では、Jonesの定理により「完全特化のパタン」はただ一つが可能であるのに対し、Ricardo-Sraffa型経済では、複数の領域が(しかも、飛び離れて)出現する。
=>8-4図
(2)課題T(数学的に解決すべき問題)の続き
次の大きな課題としては、賃金利率Δのモード分割において、分担的なものがかならず現れるかどうかである。これは肯定的である。塩沢由典(2007)およびShiozawa(2007)では、この定理が3つの方法により証明されている[定理3.1およびTheorem 3.3]。もっと別の方法も可能であるかもしれない。
☆対応関係☆
賃金率Δの各要素(点ではなく、多面体の相対内部である集合)のうち、分担的なものの全体を分担的集合という。これは上の定理により、空集合ではない。
生産可能集合の極大フロンティアは、凸多面体の一般理論により、極大フロンティアを構成するひとつの多面体の相対内部たちの互いに交わらない(互いに素な)集合の和集合に分割される。
このとき、分担的集合の各要素に、生産可能集合の極大フロンティアを構成するひとつの多面体の相対内部が対応する。これを生産可能集合の極大フロンティアのモード分割という。ひとつの面には、ひとつの競争パタンが対応している。この対応は、一対一上への対応である。また、このとき、賃金率Δのモード分割の要素Sと生産可能集合の極大フロンティアのモード分割の要素Tとが互いに同じ競争パタンをもつものとして対応しているとき、
dim(S) + dim(T) = N-1.
また、各国の労働力量ベクトルをqとするとき、wをSの、yをTの任意の元とするとき、賃金率wに対応する価格pが存在し、
Iw ≧ Ap かつ =
という関係が成立する。(定理5.2およびTheorem 5.7)
参照>>第9回 PTT 参考図
☆極大フロンティアからの考察☆
極大フロンティアのN-1次元境界面をなす多面体(の相対内部の点)では、対応する賃金率Δのモード分割の要素は、上の次元定理から0次元である。(こんな定理を持ち出さなくても、N-1次元面に含まれるN-1多面体の法線方向が唯一つであることは、ほとんど自明ともいえる。)
F一連の考察により、所与の技術体系と最終財の構成が与えられたとき、世界各国の賃金率の比率は特定されるか。ラフに言い換えれば、Ricardo-Sraffa理論により、世界各国の一人当たりGDPの差は、説明できるか。
これも、上からほとんど言えている。最終財の構成、各国の労働力量が変われば、競争関係も変わらなればならないが、それらを所与とすれば、自国の経済発展を図るには、(労働生産性を引き上げることをも含む)技術進歩が最重要な課題として浮上してくる。
(3)今後の予定[訂正]
☆前回、「1月5日が最終回」と予告したが、1月19日も講義を行なう。
12月24日 貿易の利益と不利益
○Rodrik vs. Mankiw
Ricardo vs. Hecksher-Ohlin
Mankiwの見落とし
○貿易の利益と不利益(リカード・スラッファ理論)
実質賃金率の上昇
大国と小国
失業の発生可能性
事業転換の必要
雇用構造の転換
1月5日
○貿易の利益と不利益(続き)
○加工貿易とフラグメンテーション
1月19日(最終回)
○価格比と貿易量(柳田・塩沢の結果)
○産業概念
同一商品群の多様性
○産業内貿易
○結語
国際貿易論 第10回
貿易の利益と不利益
2008.12.24 塩沢由典
(1)貿易の政治経済学
○Rodrik vs. Mankiw
2007年4月に行なわれた論争(参考=>配布資料1)
Ricardo理論 vs. Hecksher-Ohlin理論という構図(参考=>配布資料2)
理論の違いが貿易の政治経済学にまで影響
Hechscher-Ohlin-Samuelsonの理論では、典型的には貿易により、要素価格の間に
wA/rA < w/r < wB/rB
という変化がおこる。ここで、A国はB国より、資本/労働比率が小さいとする。要素価格の変化だけを見ると、資本/労働比率が小さい国の労働者と、資本/労働比率が大きい国の資本家が貿易の利益を得、他の立場の人たちは不利益を蒙る。
Mankiwの見落とし=>従来のリカード理論には、貿易される原材料なし
(2)リカード理論(労働投入経済)における貿易の利益
○リカードによる「貿易の利益」
毛織物 葡萄酒 労働力
イギリス 100 120 6000万人
ポルトガル 90 80 720万人
イギリスでの交換比率 12:10
ポルトガルの交換比率 8: 9
国際貿易での交換比率 1: 1
10/12 < 1/1 < 9/8
このとき、第10回参考図 第1図のように、ポルトガルが葡萄酒の生産に完全特化して、その一部xを輸出し、同量(同額)の毛織物を輸入すると考えよう。イギリスにとっては、これは毛織物をxだけ輸出し、葡萄酒をxだけ輸入することを意味する。
簡単のために、価格が変わっても、イギリス・ポルトガル両国の毛織物対葡萄酒の消費構成は、1対1であるとしよう。(第1図ではこの比率は毛織物を多くしてある。)
貿易前の可能な消費量を調べてみよう。
ポルトガルの場合
貿易前
90y + 80y = 720 すなわち 170y = 720 あるいは y = 4.235...
このとき、可能な消費量は、毛織物・葡萄酒ともに4.235...である。
貿易後
80y = 720 すなわち y = 9 ここで4.5単位を輸出し、毛織物4.5単位を輸入すると
可能な消費量は、毛織物・葡萄酒ともに4.5となる。
労働力一人当たりでは 5.88/1000 から 6.25/1000 へと増大する。
イギリスの場合
貿易前
消費量=生産量を毛織物yと葡萄酒yとおくと、
100 y + 120 y = 6000 すなわち y = 27.2727...
よって、可能な消費量は、毛織物・葡萄酒ともに27.2727...である。
貿易後
毛織物の生産量をy1、葡萄酒の生産量をy2とする。
100 y1 + 120 y2 = 6000 かつ y1 - 4.5 = y2 + 4.5
これより
100 y1 + 120 (y1 - 9) = 6000
すなわち y1 = 32.1818... かつ y2 = 23.1818...
このうち、毛織物の4.5を輸出し、葡萄酒を4.5輸入するので
消費量は、毛織物・葡萄酒とも27.6818...を消費できる。
労働力一人当たりでは、 4.545/1000 から 4.613/100 へ増大する。
☆注意☆
この状態は、イギリスでは、毛織物と葡萄酒の双方が生産されながら、国際貿易では1:1という交換比率が成立する場合である。もしこれが国内価格になるとすると、葡萄酒生産では、欠損が生ずる。すなわち、葡萄酒生産は、この価格では競争的でない。
このことから、もう一つの帰結は、両国合わせて毛織物と葡萄酒が31.508...だけ生産されているが、これは生産可能集合の極大境界にはなく、生産可能集合の内点にある(新古典派的な言い方をすると、この生産は非効率ということになる)。じっさい、世界全体ではイギリスの消費をxE、ポルトガルの消費をxPとすると、
100 xE + 120 (xE - xP) = 6000 かつ 80 xP = 720
第2式からxP = 9. これを第1式に代入して、
220 xE = 7080 よって
世界全体では毛織物・葡萄酒とも 32.1818...単位の生産が可能である。これより、両国合わせて毛織物と葡萄酒が31.508...という生産は、生産可能集合の極大点ではない。
○3国3財の場合
3国3財の労働投入経済を考える。各国の労働投入係数を
A = 「 tA1 tA2 tA3
tB1 tB2 tB3
tC1 tC2 tC3 」
としよう。いま、これらの置換積に厳密の最小のものがあるとし、対応の置換を
「 A B C
1 2 3 」
とする。Jonesの定理から、ある賃金率体系w=(wA, wB, wC)と対応する価格p=(p1, p2, p3)とが存在して、
wA tA1 = p1, wA tA2 > p2, wA tA3 > p3
wB tB1 > p1, wB tB2 = p2, wB tB3 > p3 (10.1)
wC tC1 > p1, wC tC2 > p2, wC tC3 = p3
という関係を満たす。
これより、貿易前のA国の価格をwAに対するpA=(pA1, pA2, pA3)、B国の価格をwBに対するpB=(pB1, pB2, pB3)、C国の価格をwCに対するpC=(pC1, pC2, pC3)とするとき、
p ≦ pA, p ≦ pB , p ≦ pC
かつ自国が競争的でない2財については<が成立する。
これより、賃金率体系w=(wA, wB, wC)と対応する国際価格をp=(p1, p2, p3)とするとき、少なくとも2財については、実質賃金が上昇する。
このとき国際価格で取引して、各国がすべての財の消費量を増大させることができるが、それは世界の総需要が、完全特化パタンの要求する特定の比率以外の場合、けっして「効率的」ではない(生産可能集合の極大境界には入らない)。
○大国のパラドックス
各国の生産可能集合を比べるとき、ひとつの国Aの生産可能集合が他に比べて非常に大きいとき、Aは大国であるという。このとき、生産可能集合を見るとき、世界の総需要dがA国がすべての財において競争的であることが起こる確率が高い。じっさい、生産可能集合の極大境界において、すべての財がA国において競争的であるようなファセットは、大きな面積を占めている。もし、世界需要dがこのファセットを通るものであれば、上の場合となる。
このとき、A国の貿易前の価格pAと世界価格pとは等しくなる。したがって、極大な生産にこだわる限り、A国の労働者にとって、貿易は(損にはならないが)何の利益ももたらさない。
☆注意☆
文献では大国の定義が与えられていない場合が多い。上の考察に用いたようにすべての財がA国において競争的であるようなファセットの大きさが問題であるので、人口がおおくても、生産性が低く、生産可能集合が小さければ、貿易理論上の大国とはいえない。
(3)リカード・スラッファ理論における貿易の利益
○価格調整と数量調整とがどのように進むかにより、異なるストーリーが展開される。
以下では、
(1)国際価格が国内価格と別に並立する場合
(2)価格は国際価格に調整されるが、需要を含めた数量関係の調整が遅れる場合
(3)価格も数量もすべて調整の済んだ場合。
新古典派=HOS理論では、基本的に(3)を想定するが、摩擦の問題はむしろ(1)(2)の場合から生じていると思われる。
○極大貿易解の存在
任意の需要構成dに対し、ある賃金率体系w=(wA, wB, wC)と対応する価格p=(p1, p2, p3)とが存在して、このwとpに関し、以下の性質を満たす生産y=(yj)が存在する。
@すべての国のすべての産業は、競争的なもののみが操業している。つまり、
wσ(j) = のときのみ、yj>0.
Aすべての国で労働力が完全雇用されている。つまり任意の国Kにつき
買ミ(j)=K = LK
Bすべての国の純生産を総計すればs・dとなっている。(ただし、sはある正の実数)
Cすべての国は、生産物を国際価格で適当に輸出入して、自国の需要dKをまかなえる。
D貿易収支は均衡する。すなわち = 0.
○雇用されている労働者にとっての実質賃金率
世界の総需要dの係数倍がすべての財がA国において競争的であるようなファセットを通るとき、dは一国領域にあるという。このとき、A国では大国の場合と同じく、実質賃金率にはなんの変化もない。
それ以外の場合、少なくとも、自国で生産される財(競争的な財)を除いては、賃金率あたりの国際価格は低下している。
さらに、自国で生産される財についても、その生産に自国が非競争的である財を投入しているとき、その財の価格piは、貿易前の価格p(K)iより小さい。
このようなことは、労働投入経済では起こりえない。
☆注意☆
これはSamuelsonがSraffa Bonusと名づけた貿易の利益を価格面で見ていることにあたる。
○完全特化の場合
リカード・スラッファ経済において、どの財もある1国においてのみ競争的であるとき、「完全特化」という。このような競争パタンをもつのは賃金率Δの開領域となるが、その任意の一点をw=(wA, wB, wC, ... , wM)とするとき、wと対応する国際価格p=(p1, p2, p3, ... ,pN)とについて(10.1)と類似の関係を満たす。
このとき、国際価格pで取引して、各国がすべての財の消費量を増大させることができる。ただし、それは世界の総需要が、完全特化パタンの要求する特定の比率以外の場合、けっして「効率的」ではない(生産可能集合の極大境界には入らない)。完全雇用の場合でも、そうである。
(4)リカード・スラッファ理論における貿易の不利益
○失業する労働者
貿易開始により、各国の消費需要が増大する必要がある。
もし、各国の需要が貿易前と変わらず一定であるなら、世界需要が一国領域にある場合を除き、K国の貿易前価格をwK, pKとするとき、賃金率体系wと国際価格pにおいて競争的である財を除き
pK ≦ p かつ pK ≠ p.
K国の需要dKが変わらないとき、その需要を競争的に純生産するに必要な生産ベクトルをy(K)としよう。このベクトルy(K)は、K国の技術のみを用いるとは限らない。
さて、このような生産をすべての国の需要に対し行って、各国の雇用労働量をλ(K)としよう。これは生産可能集合の内部ないし境界の点であるから、
λ(K) ≦ LK.
さて、需要はすべて労働者の稼いだ賃金から購入されるので、賃金率体系wと国際価格pとにおいて、
λ =(λ(A), λ(B), λ(C), ... , λ(M)) = y(K) I
かつ
y = 煤@y(K)
とするとき、
<λ, w> = < y I, w> = =
ところで、pK ≦ p かつ pK ≠ pという関係より、
≦ < dK, pK> = LK wK
ただし、dKが自国の非競争財を含まれるとき、< dK, pK> との間の≦は厳密な不等号<となる。よって、ただし書きの場合、
λ(K) wK = <λ, w> = < < dK, pK> = LK wK.
これより、すくなくとも一つの国で、失業が生まれている。
失業する労働者にとって国際貿易の開始は、収入の途絶を意味する。したがって、実質賃金が低下しても、かれにとってはなんの意味もない。失業の不利益のみが降りかかってくる。
○産業資本家
産業資本家にとっては、
@操業規模を縮小せざるを得ない。
A競争的でなくなる産業資本家にとっては、貿易は、操業すれば損失が発生する。
などの理由によって、規模縮小ないし廃業、事業転換が必要となる。このような資本家にとっても、貿易は摩擦の原因となる。
小島清は、これを企業経済に関する貿易の不利益の主要なものと考えた。
○産業転換を迫られる労働者
産業資本家とおなじく、貿易により、産業構造に大きな変化が起こる。このとき、労働者が摩擦なく産業間を移転できればよいが、各産業には固有の知識・熟練があり、産業転換は、自分の中に蓄えられた人的資本を捨て、新しい産業での必要知識・熟練を欠く読しなければならないというコストがかかる。現実には、これも貿易摩擦を生み出す大きな要因となろう。
国際貿易論 第11回
国際分業と貿易収支、およびその動態
2009.1.5 塩沢由典
今回は、Ricardo-Sraffa理論のさまざまな展開可能性について、概略を示す。
(1)中間財貿易/加工貿易と垂直分業
日本は、古くから加工貿易を立国の基礎としてきた。ロシアや一時期のアメリカ合衆国などを除いて、みずからの国土で産出される資源のみを基礎として、すべての商品を生産できる国はほとんどない。その意味では、ほとんどの国は加工貿易を行っている。最盛期のイギリス(19世紀のイギリス)も、綿工業の原料である綿花は輸入し、綿糸・綿布に加工して輸出していた。
中間財貿易の比率増大、垂直的生産構造の深化、海外へのアウトソーシング、三角貿易の進展などは、理論的にはすべて中間財貿易とみなすべきものであり、それらの貿易なしには成立しない事象である。
労働のみを投入する原型Ricardo理論や貿易されない生産要素のみを理論化したHeckscher-Ohlin-Samuelsonの標準理論には、中間財貿易が入り込む理論的位置がない。これは、これら理論の大きな欠落である。
第9回参考図による解説(本日配布の3枚)
・分担的集合の7つの頂点(0次元面)に対応する領域で、非負象限を被覆している。
・分担的集合では、A国はつねに第1財を生産している。
・182は、非負の領域には入らない。したがって、この賃金率は実現しない。
・領域12を例に取ると、A国は第1財、B国・C国は第2財・第3財を生産する。
・領域2では、B国が第2財を生産し、それを用いてA国・B国・C国がみな第3財を生産している。
・領域83では、B国が第3財を生産し、B国・C国がそれを用いて第2財を生産している。もし、これが最終消費財でもあるなら、それらはA国に輸出されているはずである。
・領域11では、B国・C国が第2財を生産し、A国はそのどちらからか第2財を輸入して第3財を生産している。
・領域14は、A国がすべての生産をする。B国・C国は第2財生産に特化している。
・領域69では、C国が第3財を生産し、B国はそれを輸入して第2財を生産している。
□学説史的補注□
学部レベルの標準的な教科書として、以下の3つを見てみよう。
@W.J. イーシア『現代国際経済学』多賀出版、1992年。
AP.R. クルグマン、M.オブズフェルト『国際経済 第3版 T国際貿易』新世社、1996.
BR.E. ケイブズ、G.A. フランケル、R.W. ジョーンズ『国際経済学入門T国際貿易編』日本経済新聞社、2003年。
@第7章「国際要素移動」
索引に「中間財」という見出しがあるが、レオンチェフの産業連関表の説明に用いられているだけ。
A第7章「国際要素移動」
移動するのは労働(力)か資本。多国籍企業に関連して、垂直統合が語られるが、生産された財を投入財として貿易という観点はない。「中間財」という言葉なし。
B第9章「中間財および生産要素の貿易」
中間財貿易の重要性が指摘されるが、中間財を分析する理論枠組みは提示されていない。「一部の生産投入物」が身軽にもっとも高いリターンが得られる国にひきつけられる場合が考察されるのみである。これは、生産される財の貿易ではなく、生産要素が国際的に移動する場合を分析しているに過ぎない。
そのほかの追加的考察
大学院レベルの教科書
CR.C. Feenstra 2004 Advanced International Trade/Theory and Evidence.
実証的研究の整理に詳しい。第4章"Trade in Intermnediate Input and Wages" 単純労働と熟練労働がInputとして代表されて、それらの国際間移動も考えられているが、生産された投入用貿易財という観点はない。
2つの専門書
DR. Jones 2000 Globalization and the Theory of Input Trade
Chap.2 An Internationally Mobile Productive Input
国際的に移動する投入物を分析するもっとも簡単な方法は、「増補されたリカード・モデル」の枠組みである。
Chap.5 Produced Mobile Intputs: Middle Products
Two-Tier Approach(Input TierとOutput Tierとに分け、その中間で貿易が行なわれる)
EJ.R. Markusen 2004 Mutinational Firms and the Theory of International Trade.
Chap.9 "Traded Intermediate Inputs and Vertical Mutinationals"
ここには"produced and traded intermediate input"(p.212など)という概念はあるが、最初から貿易パタンが指定されている。
☆簡単なまとめ☆
中間財を扱う本格的な理論が存在しないため、中間財貿易の重要性が認識されながらも、要素移動の考えで代替されるか、生産パタンを特定した枠組の中で、議論されるに過ぎない。歴史的説明・状況説明は多いが、理論的な扱いに欠け、理論の不在が糊塗されている。その結果、加工貿易、中間財貿易の比率増大、垂直的生産構造の深化、海外へのアウトソーシング、三角貿易の進展なとのテーマは扱われないか、あるいは事態の説明のみに終わっている。研究論文でも、この事情はほとんど変わらない。
(2)貿易収支
2-1.賃金率の国際間の相対比率
特定の賃金率関係にないかぎり、あらゆる国がすくなくともひとつの競争的商品(それを生産する技術)をもつとは、いえない。
もっとも簡単には、ある国の賃金率があまりにも低いと、すべての財においてその国の商品が競争的となり、他国は損失なしには生産できない。
□補論□
どの国も「全面的には売り負かされることはありえない」という心安まる教義は、グローバルな完全雇用という前提から引き出される。
J. Robinson (1970) The Need for a Reconsideration of the Theory of International Trade. Reprinted in J.Robinson (1978).
J. ロビンソンは、Heckscher-Ohlinの流れを汲む新古典派貿易理論をこう批判した。これは新古典派貿易論が完全雇用を前提とする均衡理論に基づくものという批判としては正しいが、Ricardo-Sraffa理論においては、ある国が「全面的には売り負かされる」ことは十分ありうる。
2-2. 賃金率が分担的な場合
賃金率体系w=(w1, w2, ... , wM)が分担的で、それに随伴する価格がp=(p1, p2, ... , pN)であるとしよう。これにより競争的となる技術集合をΓ(w)とする。任意の国mは、競争的技術の集合Γ(w, m)をもつ。すべてのmにつき、Γ(w, m)は空ではなく、それらの和集合はΓ(w)である。
このとき、m国の労働力量をtmとするとき、
買ム sτ aτ
がm国が純生産可能な財となる。ただし、τはΓ(w, m)に属する技術で、sτは 把(τ)=m s aτ0 ≦tm を満たすものとする。
これらを世界各国にわたり総和を取ったものが、世界全体での純生産となる。これが世界全体の消費需要(+投資需要)に等しいとしよう。
このとき、@各企業の利潤はすべて0であり、A労働者は賃金をすべて消費(+投資)に振り向けるとする:
< dm , p > = wm.
ただし、dmは、m国労働者の消費財バスケットを表す。
このとき、各企業および各個人は、予算制約式を等号で満たすから、国全体を取っても、予算制約式が満足される。よって、各国労働者がdmを消費し、必要に応じて貿易をしても、各国の貿易収支はつねにバランスする。
2-3. 資本投資のある場合
これまで利潤率0の場合のみを扱ってきたが、投入係数を
aτ/(1+r) および aτ0/(1+r)
とすれば、要求利潤率が正の場合が、これまでと同じように扱える。
このとき、各企業は利益の全額を資本家に配当するとし、資本家はそれを自家消費および国内投資にまわすとしても、各国の貿易収支はつねにバランスする。
2-4. 海外への投資・海外からの投資
資本家(および労働者)が国内に十分な投資機会がないと考え、国外に資金を移動させて投資する(あるいは外国で消費する)とき、もし逆の資金移動がないならば、その投資総額に等しいだけ、貿易黒字が生ずる。
いわゆる貿易恒等式が成りたつ:
S −DI = Ex - Im = netOI.
貯蓄以上に国内に投資するとき、貿易赤字が生ずる。国際収支がバランスするためには、海外から国内への資金移動(純投資)が必要となる。
このあたりは、塩沢由典(1985)に説明されている。
2-5. 不完全雇用状態でも
以上のことは、労働やある産業の生産容量が不完全雇用である場合にも成立する。ただし、失業者は食べず、遊休生産容量の維持のために費用が掛からないとする。失業者が食べなければならないとするなら、国の制度としての税金や社会保証を考えてもよい。書く経済主体の予算制約がつねに等号で満たされる場合、2-2〜2-4と同様の考察ができる。
2-6. 貿易赤字は、なぜ摩擦の原因になるのか
競争関係が変わるとき、以下のストーリーが生まれる。
A国のi産業が競争力をまし、B国に輸出攻勢かける。このとき、B国のi産業は、減産ないし撤退を余儀なくされる。他の条件が一定ならば、B国は損失を出しつつ生産するか、撤退せざるをえない。B国i産業の労働者は失業する。A国i産業は、(利潤率が一定でも)利潤量を増大させ、労働者は、労働時間延長などにより、通常以上の賃金を獲得する。これらが貯蓄に回り、生産容量の増強以外に資金主要がないと、資金はB国に向かい、B国の新産業投資などに用いられる。このとき、A国は貿易黒字、B国は貿易赤字となる。
貿易収支の正負は、競争関係の変化と産業盛衰の象徴となりうる。それは同時に、失業や産業衰退の原因とも考えられるため、通常は原因ではなく、結果であるが、貿易による不都合の総合指標として機能する。
これは貿易理論というより、貿易の政治経済学の領域に属する。
(3)需要変化および労働力の変化と賃金率
(2)で考察した競争関係では、競争的技術のみをもちいては世界需要(の構成比率)を純生産できない場合がある。このとき、賃金率を変化させることにより、競争パタンが変化して、世界需要を純生産することができるようにできる。このような変化が常に起こるとは限らないが、解のひとつではある。(新古典派理論では、これを解の一つとは見ず、均衡条件として早急に成立するとかんがえる。)
(4)経済成長と労働力
4-1.各国の労働力成長率が同一値gをもつ場合
各国がすべて同じ要求利潤率rをもち、各国の労働力成長率が同一値gをもつとしよう。もし、
g < r
かつ(w, p)による競争的技術により、世界最終需要が純生産可能であるとする。
このとき、各国・各産業が一定比率gで成長する経路が存在する。
4-2.各国の労働力の成長率が等しくない場合
各国の労働力の成長率が等しくない場合、各国一定率の成長では、失業の出る国・人手不足になる国が生ずる。完全雇用を保とうとすれば、競争的に生産可能な領域が移動する。
このとき、世界需要が同一の生産可能領域にとどまるかぎり、賃金率と価格体系は不変にとどまる。ただ各産業ごとの生産規模が変化し、労働力成長率の高い国がより多くの生産を担うように数量が変化する(可能性がある)。
4-3.世界需要が元の生産可能領域の外に外れてしまう場合
世界需要が元の生産可能領域の外に外れてしまう場合、賃金率・価格体系が変化して、各国・各産業の競争関係が変化する。
(5)技術進歩
5-1.歴史の変化・進歩
歴史の変化・進歩を論ずるには、技術進歩を扱わざるをえない。労働生産性の上昇は、労働投入係数を変化させるという意味で、技術進歩である。
技術進歩なしには、一人当たりの実質賃金率の永続した上昇は不可能である。経済成長とは、一人あたりの所得の伸びであるという(W. Arthur Lewisの)定義によれば、技術進歩なしには経済成長はありえない。
5-2. 技術進歩はランダムに生ずる
Hicks中立性などの仮定は、第一義的には計算の簡単さのためにある。事実としてそのような進歩があるとは考えないほうがよい。
技術選択が扱える枠組であって、はじめて技術進歩が理論的な考察の対象となる。
技術進歩がランダムに起こるとして、実質賃金率がどのように上昇するか、閉鎖経済では簡単に実験できる。
ただし、Mathematicaを利用する。
5-3. 国際的な技術移転が行なわれる場合。
もし、(多国籍企業などにより)労働投入係数まで含めて賃金の低い国へ技術移転が出来るならば、賃金の安い国に生産拠点を移すことで、企業としては製品の競争性を維持できる。
技術移転が完全でなくても、賃金率が大幅に低いときには、労働生産性の低さや、投入財係数がすこしぐらい悪くても、賃金が低いことで相殺できる。
(6)輸送コスト
輸送コストは、実際的にも興味ある問題である。輸送コストの全般的低減が、世界貿易の拡大をもたらしているともいえる。
貿易理論において輸送コストは、氷山モデルで扱われることがおおい。このモデルでは一国から他国に輸出する場合、商品が一定パーセント溶融して失われると考える。しかし、これは不十分な扱いといわざるを得ない。
Ricardo-Sraffa理論では、仮想的な運輸国を想定すればよい。燃料などの消費と荷造り作業などの運搬にかかわる費用を、仮想国における生産と考えればよい。各国の貿易財は、すべて国別のしるしが付けられ、別の財として識別する。輸送は、A国のi財を投入して、他の輸送費用をかけて、B国のi財を産出する技術とみなす。仮想国で働く労働力のみ、いくつかの国から移動するというアドホックな仮定を入れざるをえない。
(7)関税
A国からのB国への輸入に対し、比率cの関税が掛かるとしよう。関税が従価税であり、製品価格の一定パーセントcが徴収されるなら、価格に関する不等式の一方に(1+c)をかけるだけでよい。これにより、競争パタンが変化する可能性がある。ある国が関税をかけた結果、世界全体としてある財の価格が上昇することがありえる。与えられた関税体系において、賃金率体系にかならず分担的なものが存在するだろうか。
(8)暫定的結論
以上に見てきたように、伝統的な分析問題は、ほとんどの場合、Ricardo-Sraffa貿易理論の枠組み内で処理できる。ただし、計算はきわめて煩雑になるかもしれない。
次回、1月19日は、理論と現実との接合の問題を取り上げる。
国際貿易論 第12回最終
国際貿易理論 理論と現実
2009.1.19 塩沢由典
(1)理論は、どのくらい現実を説明するか
予測能力
未来の事象を予見するだけでなく、過去の事実でも、精度よく再現できれば、その理論 は高い予測能力をもつといえる。
物理学の歴史
@理論と実験の共進化
理論が予測可能な事実を提起、実験がそれを確証・反証。理論の 訂正・発展を促す。A20世紀初頭の物理学の革命
量子論の起源 炉内のエネルギー分布=>量子仮説(M. Plank, 1900)
光速度の恒常性(M. Morley)=>相対性原理(A. Einstein, 1905)
B現在の物理学
益川・小林・南部のノーベル賞受賞(1960年代から70年代初め)
「ひも理論」 1975年以降、4半世紀に渡り、理論は実験から切り離されている。
(Lee Smolin『迷走する物理学』The Trouble with Physics)
経済学と科学方法論(1970年代のパラダイム論)
@1960年代->70年代前半
資本論争、数理経済学への疑問、「高度な批判の10年間」(M. Dobb)、「経済学の第2の危機」(J. Robinson)
A科学哲学
パラダイム論(T. Kuhn)、事実の理論負荷(N.R.Hanson)、K. Popper/M. Friedman 反証理論、P.K. Feyerabend:知のアナキズム論(確立した方法なんてない)
B現実の経済学史
マクロ経済学のミクロ的基礎付け(ケインズ派から反ケインズ派へ)
根岸隆 本当に必要なのは「ミクロ経済学のマクロ的基礎付け」
国際貿易論 W.Leontief 直接的データ採取、Leontief paradox
(2)経験的証拠(Empirical evidence)1 リカード・モデル
2-1. 英米の比較
MacDougall, G.D.A.(1951)"British and American Exports: A Study Suggested by the Theory of Comparative Costs," Economic Journal 61(December), pp.697-724.
Balassa, Bela (1963) "An Empirical Demonstration of Classical Comparative Cost Theory," Review of Economics and Statistics, 4(August), pp.231-238.
配布資料p.1-2 図1および図2. Cf. §4.1 W.J. Ethier(1988)第2版日訳、p.35.
2-2. 日本での研究
行澤健三(1979他)、柳田義章(1994、2002)、西出満昭(2007)
★追悼★松田和久(1967)『労働生産性測定論』、神戸大学教授、阪神淡路大震災で死亡。
2-3. 最近の評価
@Deardorff (1984) Handbook of International Economics Vol.1 Chap.10
"Odly enough, the consensus today seems to favor a generalized version of the Heckscher-Ohlin model over the Ricardian model, even though in these early applications the latter seemed to perform far better than the former."
AKrugman & Obstfeld (1988) 『国際経済』T(第3版)、日本語版1996.
「リカード・モデルは実際の貿易の流れを性格に予測するものなのだろうか」(p.38)
「その答えは多くの条件付きでイエスである。」留保条件:1.極端な特化、2.国際貿易は 国内所得分配に影響、3.各国の資源賦存状況の違い、4.規模の利益の無視
「リカード・モデルの基本的予測は、・・・長年にわたる多くの研究で強く支持されてい る。」(同所)
BLeamer & Levinsohn(1995) Handbook of International Economics Vol.3 Chap.26
Ricardo modelについて
"a mathematical toy"と考えるべきである。"the one factor modle is too simple."
(3)経験的証拠(Empirical evidence)2 HOSモデル
3-1. 確証・反証の試み小史
@Leontief Paradox (W. Leontief, 1953)
アメリカ合衆国の輸出と輸入の資本集約度(/労働集約度)を調べた。
アメリカは、資本に富んだ国と見られるのに、輸出品は輸入品より労働集約的だった。
1970年代には、この傾向は消えた。(Krugman & Obstfeld, 1988, pp.103-4.)
A要素価格均等化定理(Samuelsonの定理)
2国の要素賦存比率が一定の範囲内にあると、2国の要素価格は均等化する。
各国の賃金率には明らかな格差がある。(一定範囲外にあると考える?)
B貿易の方向
Bowen, Leamer, & Sveikauskas(1987) 27カ国12生産要素。
「約3分の2の生産要素について、予想された方向で貿易が行なわれていた国は70%以下」(Krugman & Obstfeld, 1988, pp.103-4.)
「12の要素のうち、統計的に有意であったのは、たった1つしかなかった。」(Caves, Frankel, & Jones, 2002, 日訳p.143)
3-2. 評価
@Krugman & Obstfeld (1988)「純粋なヘクシャー=オリーン・モデルについてはいまのところ経験的に強い反証が存在する。」(p.102)
ADavis & Weinstein (2001)"What role for Empirics in International Trade?" NBER Working Paper. U."Our summary is that, at a deep level, the fild has a quite limited empirical understanding of interantional trade pattens."
3-3. Estiamte, don't test.
Leamer & Levinsohn(1995) Handbook of International Economics Vol.3 Chap.26
貿易統計は、他の経済統計に比べて長い歴史と詳細さとをもっている。国際貿易の実証研究は、なぜもっと影響力をもちえないのか。
第1のメッセージ:"Don't take trade theory too seriously."
第2のメッセージ:"Estiamte, don't test."
なかばあきらめ?
@要素価格均等化定理 "Perhaps FPE is so obviously violated that economists feel it doesn't merit scrutiny."
FPE isn't true. なにがこの事態を招くのか。Is it increasing returns to scale, or technological differences, or multiple cones, or inertia, or what? Again, estiamte, don't test. (WP p.18)
AHeckscher-Ohlin定理(相対的に豊富な要素を輸出する)
Bowen, Leamer & Sviekauskaus (1987) 27国12要素の研究。符号では35%、ランクでは50が予測はずれ。"The Heckscher-Ohlin model does poorly, but we do not have anything that does better."
Bまとめ
"The voluminous and complex literature on testing and/or estimating Hechscher-Ohlin models may appear to have the framework battered and beaten, but nontheless it remains entirely healthy."(WP p.34)
"Give it a chance."(Wood, 1994) 技術格差、ホームバイアス、複数錐(multiple cones)
3-4.モデル修正の試み
HOS理論に適当な修正を加える。
Trefler(1993, 1994) HOVモデルが適応可能だとして、各要素の生産性の強度を調整し、それを相対要素価格と比較する。
"he(Trefler) finds that the H-O-V model with neutral technological differences "`performs remarkably well`"(Leamer & Levinsohn, 1995, WP p.26)
Cf. 配布資料p.2 第3図 Labor Productivityは単にGDP/Capitaを計算している(Gabaix, 1999) それが賃金率とほぼ比例するのは当然。相関係数0.9
(4)すべての貿易理論で前提されていること
4-1.リカード理論、HOS理論、特殊要素理論、その他に共通する前提:
ある商品は、それをよりやすく(よりやすい費用で)生産できる国から、より高い費用のかかる国に輸出される。生産価格が同一であるときには、数量の調整が行なわれる(一国の需要と生産容量との差異が輸出入となる。)。
その条件に影響するものとして、
@リカード理論 技術格差と賃金率
AHOS 要素の賦存比率
B特殊要素理論 特殊な要素の存在
などが考えられている。
4-2.リカード理論について
リカードの場合、生産費用は関係しないという解釈があるが、国際価格が成立する以前はともかく、国際価格が成立したときには、
(5)価格と貿易数量の関係
5-1. 価格と貿易シェア
経験的検証(W.J. Ethier(1988)第2版、日訳、p.35の意見)
「MacDougallは23のうち21の産業で、より低い輸出価格を持つ国が第3国市場でより大きなシェアをもつことを発見した。」
「相対輸出価格と相対輸出量との間の明確な関係は検出されていない。(マクドゥーガルはそのような関係を見出したが、その後の研究には現れていない。)」
「それがなぜ相対労働生産性について現れ、相対価格では見られないのかわからない。」
5-2.相対価格と関税引き下げ
Glejser, J. (1972) "Empirical Evidence on Comparative Cost Theory from the European Common Market," European Economic Review, 1972.
EEC発効以前の1958年の相対価格とかなりの関税引き下げが行なわれた1966年のフローとを比較。低い相対価格とより大きな市場シェアとに相関。
5-3. 日本とアメリカ合衆国
配布資料p.3-4 図1〜図3 (データ提供:柳田義章氏)
(6)同一商品、同一産業という概念
6-1. 紳士・男児用毛編みジャケットとブレザー
このような商品分類でも、1994年の日本は19の異なる国へ輸出し、31カ国から輸入した。2大輸出国は、イタリアと中国(価額順)。
イタリア製ジャケットの単価は中国製のそれの約7倍であった。
Davis & Weinstein (2001) V D. 3枚目。
Cf. 配布資料p.5 Davis and Weinstein(2001) Table 1.
6-2. 産業内貿易
Kojima(1964)"The pattern of international trade among advanced countries," Hitotsubashi Journal of Economcis, pp.16-34. >>最初の指摘
Grubel & Lloyd(1975)"Intra-Industry Trade: The Theory and Measurementof International Trade in Differentiated Products," London: Macmillan.
Krugman(1979)"Increasing Returns, Monopolistic Competition and International Trade," Journal of International Economics, 9(4), pp.469-479.
6-3. Krugmanの主張への反論
@Davis & Weinstein (2001)"Much of what we call intra-industry trade is simply a data probelm that reflects the failure of our industrial classification system to capture the fact that very different goods are being lumped together." VD
Cf. 配布資料 p.5
AKrugmanは、産業内貿易は、収穫逓増と独占的競争によってのみ説明されると主張した。しかし、同一産業内にも、多くの異なる商品が生産されることを考えれば、収穫逓増による産業内生産特化を考えなくても、リカード・スラッファ理論で十分説明できる。
6-4. なにが必要か:価格帯需要分布
製品差別化を前提。価格の高低がどのような需要量の分布をもたらすか。
ここになにか「一般的法則」が見つけられれば、為替レート変更に伴う輸出入変化を分析できる。とくに多国間産業連関分析が可能になろう。
(7)講義全体のまとめ
7-1.リカード・スラッファ型貿易理論(vs. HOSモデル/HOVモデル)
理論として、深い整合性をもつ。
"malleable"な資本概念を使わない。
資本財も生産と貿易の対象
理論の枠組みとして技術格差を重視。
7-2.実証的には
リカード・スラッファ理論を直接、検定に掛ける研究はない。
現実適応度の高いリカード・モデルを継承している。
7-3.まだ、多くの領域が残されている。
-数値解析/計算理論
-新しい数学的対象(賃金率Δ、生産可能集合の極大面>>凸多面体論)
-収穫逓増への理論展開(>>固定費+比例的費用)
-予測するモデル(たとえば、為替変動の貿易収支への影響)
7-4.一緒に研究してみませんか。
(8)質問
7-1.リカード・スラッファ理論に関する質問
7-2.国際貿易理論全般に関する質問
国際貿易論 期末レポート課題
期末レポート課題
経済学研究科・経営管理大学院・経済学部
塩沢由典
提出期限 2009年1月19日
提出先 総合研究2号館3階東側 研究補助室
形式 A4 2枚以上(枚数制限なし)
所属・各席番号・氏名を一枚目トップに明記すること
以下の各題のうち一つを選び、討論すること。(1)〜(4)の一問と(5)とを合わせて回答する場合は、先の一問に適切に加点する。
(1) リカード貿易理論とヘクシャー・オリーン・サミュエルソンの貿易理論(HOS理論)を比較検討せよ。(最低限、HOS理論の資本概念の批判的検討と、リカード理論に資本概念を取り入れるにはどうしたらよいかの考察が要求される。)
(2) 貿易理論において中間財(国際的に取引される原材料)を理論化することの意義について述べ、これまでの研究状況を検討せよ。
(3) 最小価格定理と非代替定理とは同値であることを示せ。(一方の定理を仮定して、他方の定理が証明されること、およびその逆が可能であることを示せ。)
(4) 3国3財のリカード・モデル(労働投入のみの場合)の数値例をひとつ取り、すべての国が少なくともひとつ競争的な財をもつ可能な競争パタンをすべて求めよ。(賃金率体系がいかなるとき、どのパタンが得られるかを図示するとともに、その考え方について説明せよ。)
(5) 講義および配布資料の説明に論理的間違いがあれば、指摘せよ。
以上。
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