総合研究大学院大学 グループ研究「新分野の開拓」
経済物理学と金融工学
ー複雑系経済学の視点からー
2001.2.18
塩沢由典(大阪市立大学)
話の流れ:梗概
- 経済物理学
- Mantegna&Stanley, 高安秀樹
- 金融時系列の統計的性質
- 金融工学
- H.Markowitz, W.Sharpe, F.Black, M.Sholes, R.C.Merton
- 金融技術 β、ブラック=ショールズ式
- 複雑系経済学
- 行動の進化、ミクロ・マクロ・ループ
- 第3モードの科学研究
経済物理学
- Mantegna&Stanley, Nature, 1995
- Okuyama,Takayasu&Takayasu, Physica, 1999
- 中島義裕『数理モデルと応用』1999
経済データ
- 金融時系列データ
- 経済マクロデータ 計量経済学
- 物理学者
日本の株価指数変動
ドイツ・マルク(対ドル・レート)
金融時系列の特性?
- 正規分布/対数正規分布
- log(p(t+1)/p(t))
- 金融工学の一般的前提
- Black-Sholes式:GWPを仮定
- 計算が容易(伊藤のレンマ)
- 正規分布にはならない。
- 高い頂点、厚い裾野 High peak, fat tail.
Levy安定分布
東証平均株価終値の下落率
- 年 月 日 平均株価 下落率
- 1. 1987.10.21 21910.08 14.90
- 2. 1953. 3. 5 340.41 10.00
- 3. 1970. 4.30 2114.32 8.69
- 4. 1971. 8.16 2530.48 7.68
- 5. 2000. 4.17 19008.64 6.98 下落率6%以上がこのほか4回
ダウ平均最近の下落率
- 年 月 日 下落幅 下落率
- 1987.10.19 508.00 22.6
- 1997.10.27 554.26 7.2
- 1998. 8.31 512.61 6.4
- … … …
- 2000. 4.14 617.78 5.7
- 2000. 3. 7 374.47 3.7
- 2000. 1. 4 359.58 3.2
- 下落率5.7は上位20位にも入らない。
Volatilityってなに?
- 定義:一年後の株価(指数)がもつであろう分布の標準偏差
- 一日の標準偏差σは?
定常ウィーナー過程とすると
- σ(t)^2=(σ(1)・t)^2.
- v=σ・√Tただし、T≒246. σ≒v/15.7
日経平均HV 株価指数先物オプション欄
- 2000.3. 3HV 13.4% σ=0.85%
- 2000.4.24HV 33.1% σ=2.11%
High peak, fat tail!
そんなに問題か?
- Yes!. 危機管理ができるかどうかの問題。
- B.Mandelbrotの例示
- Alcatel 1998.9 一日40%の下落
- 10σ以上の下落にあたる。
- 確率 7.62×10^-24
- 通常のσは1~2%。1987.12で7.7%。
大きな下落率の起きる確率
- −k・σ以上の下落確率(一日ごと)
- k 累積確率 平均間隔(年)
- 3.2 0.000687 3.98
- 3.4 0.000336 8.12
- 3.6 0.000159 17.2
- 4.0 3.16×10^-5 86.4
- 5.0 2.86×10^-7 9551
- 6.0 9.865×10^-10 2775393
正規分布なら起こり得ない事象が数年に一回起こる。
- 1987年10月19日のブラック・マンデイ
- 下落率 ダウ508ポイント下げ -22.6%
- プログラム・トレーディングの制限へ
- 1997年7月以降のアジア金融危機
- インドネシア-80%、タイ・韓国-50%、マレーシア-40%以上 7月から半年間の
- 最大下落率
- 1998年8月のロシア金融危機
Levy分布
- 安定分布
- Levy分布
- とすると、分散は発散する。
- ボラティリティの意味?
- 長期観測すれば?
- ±6σの外でも一致するか。
- 秒単位で観測しても、64年以上は必要。
金融工学
- 金融工学ブーム 1999-2000
- 吉本佳生『金融工学の悪魔』
- 石村貞夫・石村園子『ブラック・ショールズ微分方程式』
- 金融工学の講座開設
- 日米金融戦争
金融工学と危機管理
- 金融工学
- 1990年 H.マコービッツ、M.ミラー、W.シャープ ノーベル経済学賞受賞
- 1997年 R.マートン、M.ショールズ 同
- LTCM
- 1993年創設/M.ショールズ、R.マートンらが参加
- 1998年9月破綻 損失額 280
- 金融工学では危機管理はできない。
金融工学も分かっていた。
- ブラックのことば:
- 「わたしは、どうして人々が依然としてブラック=ショールズ式を使っているのか不思議だ
- と思うことがある。あの式は、非現実的ともいうべき単純化された前提条件のものと
- で成立しているわけですから。…」(大野1996からの引用)
メッセージを変えられるか?
- 「科学」としての金融工学
- 「数学化できないと、理論でない。」という雰囲気。パラダイムが、19世紀的。
- 正規分布仮説を抜け出ることは困難。
- 「工学」としての金融工学
- 市場過程内部の技術
- 逸脱増幅機構を解明する困難
- 市場心理や制度に関心が薄い。
複雑系経済学
- 状況における人間の判断
- 最適化の不可能性⇒定型行動
- 意思決定⇒主観確率・期待効用でなく
- 定型のレパートリーと学習
- ミクロ・マクロ・ループ
- 状況に規定された行動(効果・効率)
- 多数の主体の行動の変化が総過程を規定する。
- 自己組織化と共進化(環境と個体行動)
自己紹介:塩沢由典
- 『市場の秩序学/反均衡から複雑系へ』筑摩書房、1990、1998.
- 『複雑さの帰結』NTT出版、1997.
- 『複雑系経済学入門』生産性出版、1997.
- 編『方法としての進化』シュプリンガーV.東京、2000.
複雑系の定義
- 分解して得た要素の性質を組み合わせるだけでは、元の性質を推測することが
- 原理的にできないもの
- 機能的要素(ホロン)が、置かれている環境に応じてその性質を変える
- 各ホロンはその内部に複雑さを内包している。
- 清水博(1988)「バイオホロニクスの論理」『現代思想』1月号。
経済行動をどう捉えるか
- 最大化仮説は現実的でない。
- 動物行動学
- ユキュスキュル 作用環
- 3つの限界(視野・合理性・働きかけ)
- 定型行動・プログラム行動
C D 変 換
- 吉田民人『自己組織性の情報科学』
- パース、モリスの「解釈項」を再定式化
- C Cognitive Meaning 認知的意味
- D Directive Meaning 指令的意味
- CD変換 CをDに変換する命令
- Hollandのクラシファイアの基礎にも
- 遺伝的アルゴリズムと接点
- 通常、CD変換を支える仮説がある。
株式投資の世界
- 株式市場を構成するもの
- 投資家の「理論」
- 市場過程が「理論」に影響される。
予測手法のバライエティ(1)
- テクニカル分析
- 罫線法 チャート分析
- 根強い支持がある。
- 値動きを決めている可能性がある。
- ファンダメンタル分析(ミクロ)
予測手法のバライエティ(2)
- ファンダメンタル分析(マクロ)
- ニュース・動向分析
- シナリオ分析 G.Soros
- サミュエルソン法
テクニカル分析
- 過去の株価の時系列から近い将来の株価を予測して行動する。
さまざまな手法
- 日本では江戸時代から(罫線)。
- 田中勝博『テクニカル分析大全集』
- いまでも盛んに使われている。
- それぞれの「有効性」をどう考えるか。
エリオット波動理論
- 波動? 聞いただけで、いかがわしい?
- L.N.Elliott (1871-1947)
- H.Balton The Eliott Wave Principle ,1960
- 上昇5波下降3波、フィボナッチ数
Mandelbrotの経済物理学
- もともと、株価データに興味(1960年代)
- 金融データへの興味復活(1990年代)
- マルチフラクタルによるアプローチ
- 現象的にはエリオット分析とほとんどおなじ。
- オカルトと見るか、見ないか。
Multi-Fractalの形成(1)
Multi-fractalの形成(2)
効率市場仮説(1)
- 大多数の経済学者は支持。
- 無裁定状態仮説
- 「本物のお札は拾われている?」
- 金融工学の基本的前提(Black−
- Sholes式もこれを仮定)
- 確実に儲ける機会は残っていない。
効率市場仮説(2)
- 強い仮説
- 半ば強い仮説
- 公開情報はすべて織り込み済み
- ファンダメンタル分析は無効
- 弱い仮説
- 過去の価格・数量データは織り込み済み
- テクニカル分析は無効
効率市場仮説(3)
- イングランド銀行調査(1989)
- 真偽・正否の問題ではない。
- 人間の認知・意思決定の癖でもよい。
- テクニカル分析(罫線分析)
- 使われていれば、その影響が出る。
投資家の心理
- 人間の心理
- 正しくなくとも、傾向を読んでしまう。
- ジンクス、星占い、顔を読む
- 投資家の心理(基本は同じ?)
- 儲かるならば、理屈は問わない。
- 「わらをも掴む」。多少いかがわしくても。
- ファンダメンタル分析の心理的基礎
- ⇒値動きの傾向を見て判断する。
金融市場とエディプス効果
- 自己実現的予言
- 円高予想=>円買い、ドル売り=>円高
- 逸脱増幅効果、自己強化過程
- 人々の世界に対する予想・認識
- 世界の一部でもある。
- 観念世界を離れて自然で客観的な
- 事実はないかも知れない。
- 内部観測論と同型?
ファンダメンタル分析
- 企業、経済の実勢を示す諸指標により、適正な価格水準・指数水準を推定し
- 、乖離を解消する方向に行動する。
- 統計の整備・企業情報の公開にともなって発達。テクニカル分析よりも、基
- 本的と考えられている。
- 多くは、同業他社・過去との比較による。
投資尺度にはやり廃り
- (日経2000.3.12)
- 配当利回り 1950〜1970
- 株価収益率PER 株価/1株利益
- 米平均 30倍程度 日本では90前後
- 1970〜1995 PBRも
- Qレシオ 株価/1株当り実質純資産
- 株主資本利益率ROE 1990〜1998
- 株価売上高倍率PSR株価/1株当り売上高
- 成長段階にあるベンチャーの指標
- 1999〜 米国で台頭
無効だけれども、有効?
- テクニカル分析
- ファンダメンタル分析
- 一定の理論はあるが、現実には標準との比較。
- 何がファンダメンタルかに関する社会意識の変化。
- みんなで信ずれば真になる?
定型行動はなぜ有効か
- 環境(経済状態)の定常性
- 均衡としばしば混同される。
- 時間的なパタンが認められればよい。
- 行動と環境の共進化
- ミクロ・マクロ・ループ
ミクロ・マクロ・ループ
- 定義(ミクロとマクロの円環的規定関係)
- ミクロの行動 ⇒ マクロ過程
- マクロ過程⇒ミクロ主体の環境⇒行動の進化
- 例:戦後の日本的経営
- 終身雇用、年功序列、労使協調
- 高度成長、企業規模の拡大
テクニカル分析と市場の変化
- 「かならず儲かる手法」
- デイトレーダー:初め値の±1%の注文
- 取引費用の急速な低下(0.2%もある。)
- 市場は新状況に適応していない。
- 予想される事態
- 一日の値動きは、ほとんどの場合、取引費用(往復)の範囲内に収まる。
- あるとき、突然、飛躍する。
- 有力な手法が現れると、市場の振る舞いが変化する。
真偽で語れない事実
- 行為が事実を作り出す。
- 人々が「間違った」認識に基づいて
- 行動しても、その結果は一つの事実。
- CD変換 Cならば、D。
- 有用か否か、問うことはできる。
- 真でも偽でもない。論理学に乗らない。
- 新しい真理観と科学観とが必要。
なぜ希なことが起こるのか(1)
- 外部の変化の現れ?
- 独立な要因が多数重なって起きる?
- Yes.⇒正規分布になるはず。
- ニュースの大きさに構造がある?
- 方法論的全体主義では扱えない。
- 個人主義の強み=経済行動を分析
- 旧来の経済学:均衡と最適化の罠
- ミクロ・マクロ・ループ
なぜ希なことが起こるか(2)
- 予言の自己実現効果(E効果)
- ゴールデン・クロス/デッド・クロス
- みなが信じて行動すれば、正しくなる。
- ポジティブ・フィードバックの働く場合
- 株価上昇→買い注文→さらなる上昇
- 株価下落→売り注文→さらなる下落
- 逸脱増幅機構、自己強化機構
まとめ:市場は多主体複雑系
- ミクロ・マクロ・ループが存在する。
- 方法論的個人主義は支持しえない。
- 方法論的全体主義も支持しえない。
- 主体(agent)は仮説形成をし、行動と進化させる複雑な存在。
- 社会科学の方法としての複雑系
- 旧来の経済学 数学に囚われている。
- 対象にふさわしい科学研究法が必要。
第3モードの科学研究法
- 科学研究の3モード
- 経済学の場合
- 複雑系の真の意義?
- 微分方程式では記述できない世界。
- 新しい方法:MACSの計算実験。
- U-Mart計画
最近の研究の紹介(1)
- 和泉潔・植田一博(1998-2000)
- 為替ディーラーへのインタヴュー
- 認知科学 現場観察⇒個人の情報処理
- 人工市場モデルの構築
- ファンダメンタルズ17系列をコード化
- 1996,7の2年間の学習(GAによる)
- シナリオ分析 1998年のバブルを再現
- V市場研究の模範とすべきもの
バブル期の出現
高い頂点・厚い裾野
最近の研究の紹介(2)
- 中島義浩(2000)「経済のゆらぎとフラクタル」
- TOPIX 1983.1~1997.11データ数3885
- Takensの埋め込みによる相関次元を測定
- ホワイ・ノイズ、TOPIXなどを比較
- GARCH、ランジュヴァン方程式とも異なる特性。
飽和しない相関次元(中島義裕、1999)
U‐Mart計画
- 経済・市場研究のための共通テストベッドの形成を目標。
- 経済学者と工学者の共同作業。
- 現実には存在しない株価指数( J30)の先物市場をPCネットワーク、
- インターネットを使って作る。
仮想先物市場の考え方
仮想市場実験環境
取引所サーバの画面例
機械エージェント・エントリー
2000年8月富山での実験
- 徳島大学 小野研究室グループ
- 北海道大学 大内研究室グループ
- 京都大学 出口研・松井研グループ
- 東工大 福本力也・山村研グループ
- 筑波大 寺野研グループ
- 大阪府立大学 森 直樹
- 大阪産業大学 谷口和久
- 防衛大 佐藤浩
U-Martのこれまでの歩み
- 1998夏: 創発シンポジウムでの塩沢講演(複雑系と経済)
- 1999春: 進化経済学会でのパネル
- 1999春-夏: U-Mart協議会スタート
- 1999秋: SVMP・サーバ仕様確定
- 1999秋: SICE情報系合同シンポジウムで構想+α発表
- 2000春: U-Martシステムの公開デモ
- (SICE知能システムシンポ、進化経済学会
- 2000年6月:U-Martキットの公表
- 2000年8月:U-Martプレマッチ
- 2000年秋: 毎日新聞からのJ30指標データオンライン提供
- 2000年秋: サーバ試験公開
- 2001年春: GUIの整備、ネット化実験の継続
- 2001年夏: ファンダメンタルズ・データ供用開始
- 21世紀初頭: 経済実験システムのプラットフォームになる?
U‐Martの特徴(1)
現実の市場との異同
- 現実の市場としても機能する。
- 金融庁の許可、執行・安全面をのぞく。
- 参加者の行動により値が付けられる。
- 人と機械が対等に参加できる。
- 必要悪:現物市場との裁定なし。
U-Martの特徴(2)
純粋なコンピュータ・シミュレーションとの差異
- 現実との接点がある。
- 現実指数の終値を用いて清算する。
- 人間と機械とが同一基盤で競争。
- 将来は、機械エージェントのみで加速実験・再現実験をも目指す。
- セキュリティを考えなければ、そのまま現実の取引市場になる。
U-Martに期待できること
機械エージェントのみで加速実験・再現実験ができる。
さまざまな仮説の検証に使える。
例:テクニカル分析たちの評価と変化
複雑環境下の意思決定の研究
制度設計へのヒントが得られる。
学際的協力の新しい模範
社会科学におけるロボカップ
極私的まとめ
経済物理学
>
- この方法の有効な現象が限定されている?
- 金融工学
- 市場を物理的現象とみている。
- 複雑系経済学
- 最適化と均衡の枠組みを否定。
- 当事者視点と全体過程の統合。
- 進化の視点の導入。
- 第3モードの科学研究法。
もどる
トップ・ページ
ページ・トップ