方法論のヒント随所に
どんな政策をとろうとも中央政府が1国の経済を制御し続けることは不可能だ。平等社会の夢を政府に託せば膨大な非効率が生まれる。さりとて、この夢を株主に肩代わりさせるわけにもいかない。残念ながらマクロ経済学もミクロ経済学もこの間隙(かんげき)を埋めるに足る答えを用意できてはいない。残るは第3の道だというが経済学的にその体系を説明したものはいまだない。
著者は「マルクス主義の伴走者」であり、フランスで複雑系経済学に傾倒し、現在はベンチャー育成に力を注ぐ。この3つのキーワードの間をどう埋めるか。そのパズルを解くのがこの本である。難解ではあるがヒントは随所にある。
読んでいると私自身パリに留学して、フランスの数学者ブルバギや構造主義をかじっていたころの記憶と重なってくる。人間は利潤極大化のために動くという経済学の前提がいかにおかしいか、その前提から出発する均衡論の盲点をつくにはどうしたらいいかさんざん議論した。その経験から見ると、この本の最終章はわが意を得たりの感がある。
経済は巨大な装置であり経済理論の実践の場だと見る考えはもはやあてはまらない。計画的にすべて運営しようとすれば中間的な実験が意味をもたなくなってしまう。マルクスは計画経済を望んだわけではない。変化に対して調整可能なシステムを追求したのだ。個人の自由度に基づくビジネスが民主主義の成長にとって必須条件だとしたら、行き着く先は単なる市場原理主義でも計画主義でもない。
中央集権システムからの脱出のために、著者が都市経営論という講座を作ろうとして断念したというくだりがある。偶然にもその講座名は私が東大で2年前から開設しているものと同じである。国と個人の間で経営単位を無数に作り、その中で経済と工学的な知識を用いて社会的実験を繰り返し、新しい経営システム論を作り出す。21世紀の経済学には格好のテーマだ。
◇しおざわ・よしのり=1943年、長野県生まれ。大阪市立大学教授。
藤原書店 5800円
●評者・竹内佐和子(都市デザインセンター長)